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私が文章を書く理由

思えば、私が文章を書き始めたのは、他でもない私のためだった。

物事を深く考え込む性格ゆえ、高校生の頃から色々と考えあぐねては苦しんでいることが多かったからだ。

高校3年生の春、私は軽度のうつ病になった。
様々な人間関係を通じて絶望したからである。

今思えば、若いから経験するすべてのことが初めてで、どうしていいかわからなくて、とにかく自分の頭の中で考えて考えて、そのときの最適解を探していた。

大人になった今考えると、世界はもっと広かったし、当時悩んでいたことなんてもう忘れてしまうくらいには些末なことだったんだろうと思うが、当時は私にとっての世界は「学校」「家族」「塾」くらいしかなくて、とても狭い世界で生きていたんだなと思う。

毎日充実していたとはいえ、元々感受性の強い私にとっては、その時々の結果に一喜一憂して、刺激の多すぎる日々であったことは間違いない。
頭の中は常に何かの思考で埋め尽くされていた。

きっかけは、ひとりの友人との恋愛関係のトラブルから発展した仲違いである。
トラブルを通じ、結果として私も彼女も互いに絶望し、互いに病んでしまった。

4月。新学期。新しいクラス。
しんどさを抱えながらも、新しい環境は待ってくれない。
だが、幸いにもクラスメイトは皆優しくいい人たちばかりで、私のしんどさも幾分か和らいだ。

しかし、時々顔を覗かせるのだ、不安が。
その当時、私は自分自身を含めた人間という生き物が信じられなかった。
何を言ってるんだと思われるかもしれないが、当時の私は本気で悩んで苦しんでいた。

結果、授業にも出られたり出られなかったり、クラスメイトにも変な態度をとってしまったり、挙げ句の果てには訳もわからず授業中涙が流れてくることもあった。
この時すでに私はうつ症状を発症していたので、自覚はしていたが、湧き起こってくる感情と思考になすすべもなく、ただただその状況に耐えるしかなった。

ある日、そんな私を見かねた母が言ったのだ。
「頭の中で考えていることを紙に書き出してみたら?」

これは私の中で世紀の大発見であった。
母に言われたその日から、私は紙に自分の思考と感情を吐き出す事を始めた。

すると驚くことに、授業中辛くて涙が流れそうなときでも、書き出すことで自然と気分が落ち着いてくるのである。
家に帰ってからも紙に書くことを続けた。とにかくとにかく書き続けた。何枚も何枚もルーズリーフにびっしりと文字を書き続けた。
書きすぎて腕が痛くなっても、手が真っ黒になっても、ただひたすら書き続けた。

そうして、私は自分の思考と感情を「書き出す」ことを覚えた。

その後も現在に至るまで、私は私のために文章を書き続けてきた。
この習慣のおかげか、自分のことを客観的に見られるようになってきたし、
過去に自分が書いた文章で救われることもあった。


大学院在学中、担当の教員に言われたことがある。
「青都さんは論文じゃなくて、エッセイとか書かせたらうまいんじゃないかな。日本文学の○○先生も青都さんの文章を褒めてたよ。」

きっかけは些細なことである。
でも、私の中に確実にこの言葉は意味を持って蓄積された。

社会人となった私は考える。
ずっと自分のために文章を書いてきたけど、誰かのために書いてもいいんじゃないかと。

私が言葉を綴ることで、過去の私が私を救ったように、ちょっとでもいい、誰かの救いになれたらいいななんて大それたことを思ってしまった。

自分の意見を広いインターネットの世界に晒すのは怖い。
でも、何か、どこかで、苦しんでいる誰かのために、私ができることはあるんじゃないか。

別に今まで文章を世界に向けて発信したこともないし、ライティングの技術を学んだわけでもない。実績といえば、私のために書き殴った文章と、死にそうになりながら何とか書き切った修士論文くらいしかない。
どちらかというと、イラストを通じて交流をしていたぐらいだ。

でも、やってみたいと思った。
面白そうだと思ったんだ。

27歳、アラサー街道まっしぐら。
頑張って色々とはじめてみようと思う。

こんな私の文章を読んでくれる人がいたら、とても嬉しい。




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