うつになって気づいた100のこと|その記憶は消えない
休職に入ってからしばらく経つけれど
今でも仕事中のことを思い出すことが多い。
自分はなぜうつになったのか。
傷病手当申請書の、医師が記入する
「発病原因」の欄はいつも「不明」だ。
一般的に、うつ病の原因を
はっきりと特定することは難しいらしい。
原因は一つではなく、
様々なことが起因している場合が多いという。
なぜうつになったのか、自分でも
はっきりとした原因は分からないけれど、
不眠の原因はよく分かっている。
寝ようとすると仕事中に起こったアレコレを
頭の中で反芻してして、眠れなくなる。
些細なことから、
胸がギシっとなるようなことまで。
何度も同じシーンを繰り返すこともあれば
そう言えばこんなこともあったと
数ヶ月以上前のことを突然思い出したりして、
背中に嫌な汗を感じる。
***
「はぁ?」
私は彼女がこう発した一瞬を
いつまでも鮮明に思い出してしまう。
転職先に初めて出社した日だった。
「〇〇さん(上司)が、
あまり一度に詰め込まず、
ゆっくり落ち着いて教えてあげて、だって。
はぁ?」
彼女は私の目の前で、
彼女の隣にいた同僚にそう言った。
その同僚の方は私の方をチラッと見た後、
気まずそうな苦笑いをしていた。
どうやら、甘やかしてんじゃないわよ
というようなことを、私に聞こえるように
言ったみたいだった。
彼女が今後、私とペアを組んで、
一緒に働いていく先輩だった。
その道10年のプロフェッショナルだ。
30歳手前で、未経験業界・未経験職種の会社に
思い切って転職しようと選択したのは自分自身だ。
だから苦労は覚悟していた。
自分なりに、努力と工夫はしたつもりだった。
社内用語と業界用語が飛び交い、
次々と分からないことが出てくる。
見るもの聞くもののほとんどが、
知らないことで溢れかえっていた。
分からないことは極力自分で調べるようにした。
みんな常に忙しい。
一つ一つ聞いて回っていたら、誰の時間も
足りなくなってしまう。
それでも分からないものは分からない。
特に彼女と連携して進める仕事は
右も左も分からないことが多かった。
私は彼女に質問する。
私はいつも怖かった。
彼女にチャット一つ送るのも、
メールを一通送るのも、勇気がいった。
電話あるいは直接話しかけるのは
至難の業だった。
彼女は頭がよく、仕事がとても早い。
そしてとても早口だった。
私は彼女が言っていることを
一度では理解できないことが多かった。
「すみません..分からなかったので
もう一度よろしいですか?」
電話の向こうで、
彼女の大きなため息が聞こえる。
「本当に申し訳ありません」
私は1日に何度、彼女に謝っていたのだろう。
私は聞き返すのも怖くなり、
彼女との電話は全て録音するようになった。
後から聞き返しても理解できないこともあった。
在宅勤務中のある日、
急に彼女から電話がかかってきた。
私用で急遽家を出なければならないため、
対応中の業務を一件引き継いで欲しいとのことだった。
彼女の複雑な説明は10分ほど続いた。
聞き返す間もなく、相変わらず早口だった。
あとは宜しくお願いします、
と言って彼女は電話を切った。
何を頼まれたのか、半分も理解できなかった。
私は録音した音声を聞き返す。
何度聞き返しても、7割ほどしか理解できない。
彼女の説明に相槌をうつ自分の声は
まるで他人の声のように感じた。
何かに怯えているような、頼りない声だった。
自分は無能だと思った。
このチームには必要ない存在だと思った。
録音した会話を聞くたびに、
胃がキリキリとし、吐き気を覚えた。
何とか理解しようと、紙にメモを取りながら
図解して整理してみたが、結局何をすれば良いのか
分からなかった。
どうしたものか、涙が溢れてきた。
情けなさと不甲斐なさで、手が震えた。
この日のことも、私はいまだに何度も思い出す。
デスクに目をやると、PCの前で頭を抱えながら
うつむいて泣いている自分が見える。
床には、何度も書きなぐったメモが散らばっている。
今思えば、私が心療内科の予約をしたのは
あれから1週間ほど経った頃だった。
日に日に、前は普通にできていたことが
できなくなっていた。頭が回らず、
人の言っていることがすぐに理解できない。
メールを読んでも、内容がなかなか入ってこない。
見間違えや読み違えが極端に多い。
見たことのない自分の姿に、パニックになり、
毎日手が震え、汗が止まらなくなった。
私は誰かの助けが必要だった。
それに気づくのに随分と時間がかかってしまった。
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