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始まりと、終わりと。

何にも始まりがあって、終わりがある。

終わりがなければ、始まりもないと思う。

何にでも終わりがある。当たり前のことだけれど、終わりが近づいてくる足音におびえて、昨日の夜を過ごしていた。

正確に言うと今日も想い出すたびに考えが止まらなくなるから、昨日のnoteで書いたことを愚直に実践して、静かに過ごした。

「このまま過ごしていっても、何も起こらない。」

そう宣告を受けたような日だった。

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以前「私は結婚するのだろうか?」というnoteを書いたのだけど、そのマインドは変わっていなくて、「結婚するのか、しないのか」という視点で考えていたから、必ずしも結婚をしたいと思っていたわけではない。

でも、いざ結婚するのかというような話が話題にのぼって、期待した答えが返ってこなかったときに、どうしてこんなに落胆してしまうのだろう。

そんな自分にも落胆してしまう。

結婚はゴールではないのに、なぜかゴールのように感じて、目の前にあるのか確認したくなってしまう。

だからといって「結婚したい」と迫ったりはできない。迫るほど、結婚が一番いい答えだとは思えていないのだと思う。やっぱり私には結婚していない理由があると実感した。

目的が「その人といること」なのか、「結婚すること」なのか、曖昧になると答えも出にくくなる。それぞれしかるべき行動をしていかなければならないのに、どちらも選べずにしっかりと決められずに、なぜか苦しくなっている。

その答えをきちんと考えて行動するべきだ、と言われた気がした。

相手の言い分を理解したくて、理解しようとして型にはめた言い方になってしまったり、自分の痛みに耐えられなくなって相手の傷には気づけなかったり。冷静になればわかるのに、どうしてそのときにはわからないのだろう。

なんだか話がこじれてしまって、終わりが近づいてきていると思えて、感傷に浸ってしまった。「たのしかったなぁ」とか、「もっと私にできたことがあったんじゃないかな」とか。そうなると、思い出すたびに泣けてくるし、体に力が入らなくなる。

37歳の判断は難しい。まだ戻れるけど、これ以上行ったら戻れなくなるかもしれない。間違いなく、今後の人生を決める時だ。

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終わりがあれば、始まることがある。終わってしまえば、始めればいいし、何かを始めたくなったら、終わりにすればいい。

自分の人生は一度きりなのだから、大切なことを選んで生きていきたい。間違えたら戻ればいいし、行ってみたければ目指せばいい。

でも、それを見極めるには、今日はまだ気持ちに自信がない。

明日からまた日常に戻って、判断できる自分に戻ろう。

ここまで読んでいだだき、ありがとうございました!もっとすてきな記事をお届けできるように、頑張ります!