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ウォーク・アウト・トゥ・ウィンター

 暗い倉庫のような場所、彼女の隣にある小さなロウソクの火が揺れる。彼女の周りには、屈強な戦士たちが囲んで座っていた。皆待っているのだ――彼女の物語を。
 彼女は、金属の指を組むと、静かに語りだした。
 それは遥か昔の話だ。複数の種族が、お互いを知らなかった頃、文明の頂点を極めた繁栄の時代の前。
 神話の時代だ。空に現れた天の箱舟から、神の尖兵たちが送りこまれてきた。鋼鉄の船と、鉄(くろがね)の巨人を引き連れて。尖兵たちもまた、神の加護を受けた鋼の鎧を身にまとっていた。
 すぐさま地上には死の風が吹き荒れた。

 戦争。

 そう、大きな戦争。尖兵たちは怒りの鉄をまき散らし、巨人たちは森を、住処を、家を、踏みつぶしていった。
 ご先祖様たち、複数の種族も果敢に立ち向かったが、勝利を掴むことはできなかった。ある日、大陸で一番大きな街に、今までで一番大きな怒りが落とされた。それは毒の炎と風をまき散らし、生命が存在することのできない、死の街となってしまった。
 それを見たご先祖様たちは、負けを悟った。神に勝つことはできない、と。
 そして戦争は終わり、神々の子らと、ご先祖様たちによる、黄金の繁栄の時代を迎えた。
 これは、まだ私が神の尖兵の一人だったころの話。

 私たちのドロップポッドは、飛竜(ワイバーン)たちの攻撃を受け、予定していた着地点よりも大きく外れた場所に落下してしまった。
 私はハーネスを外すと、うなじ部分にある拡張脳――首の周りを囲むように装着された首輪(チョーカー)のようなもの――にアクセスしてパワードスーツのシステムチェックを行った。全てのシステムに問題なし。拡張脳が告げる。
 私は満足したようにうなずいて、腕に抱えたアサルトライフルを見た。弾倉を外し、弾が入っているのを確認すると、再びもとに戻してレバーを引いた。拡張脳とのシステムリンクも確認済み。残りの弾薬が視界にマージされる。
「本隊とだいぶ離れてしまったようだ。急いで合流するぞ。移動にはスラスターを使って、屋根から屋根に移動するんだ。奴らの使う『魔法』はなかなか侮れん。優位な位置を保て」
 隊長のアルミニウスが言った。数年前の事故で、体が完全に機械に置き換わってしまっているが、むしろ身体能力は上がっている。おまけに指揮能力もずば抜けて高い。信頼できる隊長だ。
『了解』私はそう返した。
 アルミニウスは小さく頷くと、背中のスラスターを点火して大きくジャンプした。ほかの分隊員に続き、私もスラスターで簡素な民家の屋根の上に昇った。栄華を極めていたであろう城壁都市も、今は炎に包まれていた。あちこちから煙が昇り、空ではワイバーンと戦闘機が熾烈な戦いを繰り広げている。頭上を、大きな影――ドロップポッドを積んだスポア・シップだ――が通り過ぎる。
 その時、地震に似た地鳴りが起きた。今までで感じたことのない大きな揺れ。地面に亀裂が入り、私と分隊を境に大きく広がった。私は想像以上の揺れに耐えることで精いっぱいで向こう側に飛び移ることができず、一人取り残されてしまう。そして、亀裂から高さ数十メートルの炎の壁が立ち上がり、周囲を赤く染めた。それに驚いた私は思わずしりもちをつく。
「これが、魔法……」
『そこから飛び移るのはムリだ。お前は迂回して本隊と合流しろ。付近はほとんど制圧済みだが、伏兵に気を付けるんだ。分かったな』
「りょ、了解」
『健闘を祈る』
 アルミニウスからの通信が途切れ、私は短くため息を吐いて立ち上がった。
(やるしかないみたいね)
 私は亀裂に沿うように、街を進んでいった。屋根から屋根へ。幼い頃見たウサギのように。あの時私はガラス越しに見ていた。白い箱の中を飛び回るウサギ、父が私の小さい肩に手を置いて――その瞬間、私は何かに吹き飛ばされ、民家の裏に落ちた。
「ああ、クソッ」
 私は悪態をついて起き上がった。昔のことなんか、思い出すべきではなかったと反省する。シールドが守ってくれたようだが、回路が過負荷によって焼き切れてしまったようだ。もう使い物にならない。
 私は壁に隠れながら様子を窺った。石畳の上に、黒いローブを着た男が一人。こちらに向かって手をかざすと、白いエネルギーのようなものを放出した。私は急いで壁に頭をひっこめた。エネルギーは壁の一部を破壊して消えた。
 私は意を決して壁から姿を現し、男に向かってライフルを撃った。ダダダダダ、と連続した銃声。空薬莢が地面に落ち、カラカラと鳴る。だが、男もシールドのようなものを展開して銃弾を弾いてしまった。
 私は再び壁の影に隠れた。装弾数はまだ半分を切っていない。さっきまでの私は魔法というものを少々過小評価しすぎたのかもしれない。だが、次はそうはいかない。
 背中にマウントされたプラズマキャスターを起動させ、再び影から出る。もう一度ライフルを撃つ。相手はシールドを展開する。愚かな奴だ。心の中でトリガーを引くイメージをすると、肩のプラズマキャスターから高密度のプラズマが発射された。シールドを貫き、男の胸を焼く。周囲にイオンの匂いが立ち込める。
 私は男に近づき、腿のハンドガンを引き抜くと、男の額に二発撃ちこんだ。乾いた音が二つ響く。背後では炎の壁がゴウゴウと燃えている。
 すると再び大きな揺れ。しかも今度はスーツの姿勢維持機能を使っても立っていられないほどの大きな揺れだった。地面に亀裂が入り、パックリと開いた。私の足元で。
「――!」
 気づいた時には、もう遅かった。手がかりすら掴む暇もなかった私は、そのまま虚空へと真っ逆さまに落ちていった。
 
 故郷のことを、思い出していた。と言っても、どこで私が生まれたのは定かではないが。物心ついた頃にはすでに宇宙にいた。父が言うには、元の星では生きていけないと。動物園に行った。白い清潔な廊下、ガラスの向こうでは、奇妙な生き物が歩き回ったり、寝ていたり、ご飯を食べていたりした。ウサギについては、今でもよく覚えている。小さい箱の中をピョンピョン走り回るその姿を見て、大いにはしゃいだものだった。私は隣の父に尋ねた。「もっと広い場所で走れないの?」と。父が言うには、この船にはそんな余裕がないのだと。「私たちと同じだね。狭い箱の中……」
 でも、今は違う。少なくとも、今の私は自由だ。そう、自由なんだ……

 はっ、と目が覚めた。立ち上がって上の裂け目を見る。かなり遠そうだ。スーツの推進器を使っても、届きそうはない。周りを見渡す。何も見えない。どうやらこの城壁都市、地下に大きな空洞があるようだ。もしかしたら上に昇るためのはしごや、階段があるかもしれない。視覚に妙なノイズを感じる。拡張脳の機能が故障したのだろうか? 使えないものに意味はない。私は拡張脳を半ば無理やりうなじから引き抜き、放り投げた。拡張脳がカランカランと音を立て、闇に消えた。
 ライフルのフラッシュライトを点灯させ、前に進む。拡張脳を失った私は、ひどく矮小に思えた。データベースからのリンクの喪失、繋がりの喪失が、そう思わせているのかもしれない。
 フラッシュライトが、壁を照らした。どうやら行き止まりらしい。だが、待てよ……?
「……顔?」
 ライトで照らしていた部分が開かれ、瞳と、目が合った。
「あ……」
 胃の中に冷たいものが宿るのを感じた私は、一目散にもと来た道を引き返していった。その後ろを大きな手がかすめる。
 壁だと思っていたアレは、考えられないくらい巨大な、巨人の体だった。
(クッソ……まさか、こんな……!)
 通信機から、ノイズ混じりの声が聞こえる。
『オイ! 聞こえるか!』
「た、隊長!」
『今から亀裂にワイヤーを垂らすから、スーツに固定しろ。俺が引き上げる』
「了解!」
 炎の壁が亀裂に光を投げかける。そこに一本のワイヤーが光る。私はフックを急いでスーツに固定した。
「お願いします!」
 巨人はすぐそこに近づいてきている。私は頭部に向かってライフルを撃つが、焦りで中々照準が定まらない。
「拡張脳がなければこんなものなのか! 当たれよぉ!」
 巨人が高く跳んだ。が、私にはあと少し届かない。着地して、もう一回。今度は、亀裂に掴まった。強靭な握力だった。
「い、急いでください!」
 私は声を荒げた。巨人は亀裂を昇ってくる。掴まる、そう思うのと同時に私は無事に引き上げられた。アルミニウスがフックを外す。
「急げ。ここはまずい」
 アルミニウスは私の手をとって走り出した。亀裂を昇りきった巨人がその全身を露わにした。体長は二十メートルほどあり、全身を強靭な筋肉が覆っている。その口からは、絶えず蒸気が吐き出されていた。
「まさかあんなのがいるなんてな……跳べるか?」
「あ、はい」
 アルミニウスは私の手を放し、屋根に上る。私もそれに続いて屋根に上った。巨人がこちらを見た。怒りの体現者か。地獄から現れた悪魔か。その背後を、戦闘機の一機が襲う。ホバー能力を発揮し、その場に留まりながら巨人に機銃とミサイルを浴びせる。だが、機銃は弾かれ、ミサイルはその表皮に傷一つ付けられていなかった。巨人は腕を振り、戦闘機を叩き壊した。機体は二つに裂け、炎に包まれながら落下していった。
「あんなの……勝てるんですか?」
 私は茫然とした様子で、そうつぶやいた。
「勝つさ。そのための援軍も呼んだ」
「え?」
 大きな足音。右の方から、白い巨体が走ってくる。あれがアルミニウスの言った援軍か。人型パワーローダーを軍事用に改造した機体、「サキモリ」だ。
 それに気づいた巨人が、腕を横に振るう。それを姿勢を低くして避けると、腰のスラスターを噴射して、大きく跳んだ。私たちの上を通り越して、石畳の上に着地する。背中からブレードを取り出す。サキモリのモノアイがこちらを向く。
「さ、行動開始だ。まずは奴の気を引くぞ」
 私はうなずいて、「了解」と返した。
 アルミニウスに続いて、屋根から屋根へと飛び移り、頭部にライフルを撃つ。こちらに気づいた巨人が目を細め、こちらを向く。こちらに手を伸ばしてくるが、それをサキモリがブレードで引き裂いた。巨人は地鳴りにも似た叫び声を上げた。
「よし、これなら……」
 巨人の意識が自分の腕を切裂いたサキモリへとむけられる。私とアルミニウスは肩のプラズマキャスターを起動させて、その眼に向かって放った。眼球に直撃したプラズマが、脆い組織を焼いた。
 巨人は再び叫び声を上げて、よろよろと後ずさった。後ろに回り込んでいたサキモリが飛び上がり、その胸にブレードを突き刺した。巨人は唸り声を上げながら胸をかきむしり、地面に倒れこんだ。そして、数回痙攣した後、動かなくなった。
 アルミニウスがサキモリにサムズアップすると、サキモリもサムズアップで返してくれた。腕のいいパイロットだ。
 空を見上げると、ワイバーンたちの姿はなくなり、その代わり大型の収容船とその護衛機が飛んでいくのが見えた。
『主要施設、及び軍事施設の占領を完了。作戦は成功した』
 通信が入る。どうやら、勝ったらしい。自由のための第一歩だ。

 私は物語を話し終え、手を膝の上に置いた。物語を聞いていた人々のまばらな拍手が聞こえる。その中の一人、若い男が立ち上がり、握手を求めてきた。私は快諾し、その手を握る。名をマクシミリアンという。
「ありがとうございます。まさか昔にそんなことがあったとは……今では考えられません。それはあなた自身の体験ですか?」
 私はかぶりを振った。
「正確には違います。私は第二百三十分岐(ブランチ)のコピー精神(ゴースト)ですから、これはオリジナルが体験した記憶です」
「そうでしたか……今日ここを発つんですか?」
「ええ、物語を語るためにね」
 私はゆっくりと立ち上がり、横に立て掛けていたフュージョンカノンを腰のアタッチメントに取り付けた。
「革命が成功することを願います」
 ドアを開ける。外は雪が降っている。
「では、ごきげんよう」

 彼女の姿は雪にかき消されるようにして消えた。その先には、空白だけが残されていた。

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