七時雨
米帝による支配下の日本、首都シカクワ・シティに現れた謎の怪物「アザーズ」、ある日アザーズに殺された神崎龍斗は「クラーケン」として蘇り、アザーズたちに戦いに挑む! 不定期連載のSFアクション小説「アビス・コンプレックス」をまとめたマガジンです。
強い毒性を帯びた青い雨が、群青色の傘を叩いている。 その持ち主である、同じく青いドレスを着た女性が空を仰いだ。金糸のような髪が顔の輪郭に沿って重力のままに流れ落ちる様は、まさに金色の滝のようだった。 かつてこの場所を覆っていたであろうドーム状のガラスは割れ、そこからは世界を押し潰してしまいそうな黒い雲がひしめき合っているのが見えた。 雨はしばらく止みそうにない。 女性は嘆息を漏らし、青以外の色を失った世界を歩く。その正面には、手足の生えた金属の揺籠(クレイ
第一章「砂漠と高校生」 赤茶けた大地が延々と広がるこの荒野で、ぽつんと一人で歩く人影があった。白いシャツを着た少年は、両手で制服のジャケットを屋根のように掲げながら、ただひたすらに歩き続けていた。 何時間も歩き続けたせいで、時間の感覚はほとんどなくなり、風景はどれだけ歩いても変わることはなかった。肩に食い込んだリュックの痛みと、汗で張り付いたシャツの感触が、呪いのように体力を奪い続ける。 水筒を持ってくれば良かったと後悔するが、そもそもこの状況では家に帰れるかどう
「一体いつまでここにいるつもりなのですか? シティは今、大変な状況なんですよ?」 ゴーストのサクラが、薄紅色のシェルをクルクル回しながら、そう尋ねた。カイ4は、目の前に広がる星々を目にしたまま、何も言わなかった。 太陽系の外縁に広がるオールトの雲。太陽から十万AU離れたこの場所で、カイはただ、小惑星に膝を抱え込むような形で座っていた。 彗星はここから生まれ、太陽風に吹かれながら氷や塵などの尾を引いて飛んでいく。地上から見ればキレイなのに、ベールを剥がせば不揃いな岩
オオオォーン…… 夢見クジラの鳴き声で、アレンは目を覚ました。簡易ベッドに腰かけて寝ぼけ眼をこすると、溢れだした涙が頬を伝っていった。 きっと操舵手が無理な進路変更をしたに違いない。クジラの鳴き声は文字通り悲鳴で、そこに込められた悲哀の感情がアレンの頭を貫いていった。 共感(エンパス)アレルギー持ちは、これだからキツイのだ。頭にカチューシャ型の抑制装置をつけていても、これだけ巨大な意思に包まれていれば効果も薄い。 交代の時間にはまだ早いが、アレンは整備士らし
「アライクニヒコ。お前を第一級損壊と選択権の永久的はく奪の罪で現行犯逮捕する。お前には黙秘権があり……」 警察官がクニヒコの権利を義務的に読み上げているが、その言葉は全く耳に入ってこなかった。綺麗に掃除されていた自室は無残に荒らされ、その中心には人型の鉄塊が転がっていた。 やってないと言おうとしたが、喉はキュッと締まってしまったように動かず、顎は僅かに開くだけだった。後ろ手に回った手首には手錠が掛けられ、跪いていたクニヒコを警官が無理やり立たせる。 そうしている間
宇宙とはどういう場所だと思いますか? 最初にそう聞かれた時、俺は『死の世界』だと答えた気がする。空気がなく、生き物が生きるための暖かさもない。身一つで一歩出れば、死の抱擁が待っている。後にも先にも宇宙軍に入る人間でこう答えたのは自分だけだろう。 そして今も、それは変わっていない。 震える手で握った拳銃の先には、白い人影が黒い宇宙を背景にくっきりと浮かび上がっていた。その金色の防眩フィルターには小さな孔が空いており、そこから彗星の尾のように噴き出しているのは凝固した水分
※この小説は𝕗𝕚𝕩𝕣𝕠𝟚𝕟(ふぃろ)@お仕事募集中(twitterID:@fixro2n)氏のイラストを元に書いたものです。本人から許可を得て掲載しています。この場を借りて、掲載の許可を頂いたこと、そして何よりもこの素晴らしい世界観を生み出してくださったことに感謝します。 一際大きな揺れに襲われて、エイミーは目を覚ました。 トラックの荷台にある幌に身を預けるようにしてしばらくまどろんだ後、防弾ベストのポケットに手を
暗い倉庫のような場所、彼女の隣にある小さなロウソクの火が揺れる。彼女の周りには、屈強な戦士たちが囲んで座っていた。皆待っているのだ――彼女の物語を。 彼女は、金属の指を組むと、静かに語りだした。 それは遥か昔の話だ。複数の種族が、お互いを知らなかった頃、文明の頂点を極めた繁栄の時代の前。 神話の時代だ。空に現れた天の箱舟から、神の尖兵たちが送りこまれてきた。鋼鉄の船と、鉄(くろがね)の巨人を引き連れて。尖兵たちもまた、神の加護を受けた鋼の鎧を身にまとっていた。 すぐ
ここは、酸性雨降りしきるメガロポリス、ヴァル・サ・シティ。 高さ二〇〇〇メートルを超える巨大なビルが乱立するこの街で、人々はその足元を這うように生きていた。上を見上げれば、街を覆う思考雲の黄緑色の閃光が迸り、その下を宇宙船がサーチライトで雨を切り裂きながら飛んでいる。 増築に増築を重ねたビル群はその高さゆえに、他のビルへと枝を伸ばさなければ自重を支えきることが出来ない。一本でも倒壊すれば、他のビルもドミノ倒しめいて倒れていくだろう。 かつて町中に張り巡らされていた道路
私はランウェイを歩くモデルのごとき優雅さで、リノリウムの床を歩いていた。しかしこの頭痛が、波のように押しては引いていく痛みが、口元に歪んだ笑みを浮かばせる。 もちろん本物のモデルなど知らないし、興味もない。だが今は、そういう気分だったのだ。 身に着けた簡易服は血に汚れ、髪から垂れる赤い水滴が歩いた道に点々と印をつける。 長い通路の先に銃を構えた男たちが集結し、一斉に銃口をこちらに向けた。それと同時に頭痛がピークを刻み、思わずその場にうずくまった。 どうしてこ
リメンバー・グリーン 七時雨こうげい 一際大きな揺れに襲われて、エイミーは目を覚ました。 トラックの荷台にある幌に寄りかかるような形で眠っていたエイミーは、肩に担いでいたカラシニコフを抱えなおした。 他に乗っているのは拠点に運ばれる物資と、端っこの方で眠っている少女だけだった。 幌をめくって、外を見る。 月夜に照らし出されたのは、荒れ果てた道路と、樹に侵食されたビル群だった。 夜に外出するのは
ここは人間とぬいぐるみが共に生きる街、ドリーミング・シティ。 いつもは明るいこの街も、あいにくの大雨によっていつもとは違う、暗い雰囲気が覆っていた。濃い雨でぼんやりと光る広告群が睥睨する中、黒いブルゾンを着た少女が走っていた。 腕に抱えられた白いユニコーンのぬいぐるみが、持ち主の少女を不安そうに見上げる。 その時、正面を三体の黒い熊のぬいぐるみが行く手をふさぐ。右足首には『BLACKBEAR』のタグが付けられていた。 「その『ノータグ』は違法です。すぐに明け渡してくだ