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無貌

 宇宙とはどういう場所だと思いますか? 最初にそう聞かれた時、俺は『死の世界』だと答えた気がする。空気がなく、生き物が生きるための暖かさもない。身一つで一歩出れば、死の抱擁が待っている。後にも先にも宇宙軍に入る人間でこう答えたのは自分だけだろう。
 そして今も、それは変わっていない。

 震える手で握った拳銃の先には、白い人影が黒い宇宙を背景にくっきりと浮かび上がっていた。その金色の防眩フィルターには小さな孔が空いており、そこから彗星の尾のように噴き出しているのは凝固した水分と血液だ。
 一昔前の宇宙服のようにも見えるそれは、宇宙開拓時代初期の戦闘宇宙服だ。少し前までその腕に抱えられていたライフルも、元々は地上で使われていた物を宇宙で使えるように改造したというだけの代物だった。今は持ち主のストラップに引っ張られ、傷だらけの黒い銃身を虚しく輝かせていた。
 俺は宇宙船の外側にある手摺を握り、手元を見ながら胸のホルスターに拳銃を仕舞った。そこにはたった今殺した相手とは真逆の、マットブラックに塗装された装甲が頼もしそうに存在感を発揮している。しかしその奥にある心臓は、今にも爆発してしまいそうなほど、強く高鳴っていた。
 それから空を仰ぐようにして見上げると、細かくなった宇宙船の残骸の向こう側に、曳光弾の光があちこち飛んでいるのが見て取れた。光が描く進行方向は大雑把に二方向あり、一方は円環状の構造物から、そしてもう一方はその構造物を狙うように放たれている。
 その時突然誰かに肩を掴まれ、俺はぎゃっと悲鳴を上げた。後ろを振り返ると、そこには同じ隊の仲間がいた。細身の、漆黒に染め上げられた宇宙服はステルス戦闘機と同様な機能美を感じさせる。光の反射を出来るだけ減らした銅色の防眩フィルターからは顔を窺うことは出来ないが、HUDに表示された情報から隊長であることが分かった。
 隊長は自らのヘルメットを俺のヘルメットに接触させ、振動で自らの肉声を伝えた。
『大丈夫だ。まだ奴らには気づかれてない。俺たちはこのまま連中の背後を突く。遅れるなよ』
 俺はまださっき人を殺したというショックと、急に驚かされてしまったせいで親指を立てるだけで精一杯だった。しかしまだ顔の表情が見えていない分だけでも幸いだろうか。
 隊長もサムズアップをして離れると、腰についた四基のスラスターを器用に使って上昇を始めた。そして他の隊員たちも宇宙船の陰から次々と現れ、俺はそれに続くようにスラスターを操作した。
 目的地に向かいながら、自らの宇宙服にあるストラップについていたライフルを抱え、マガジンを抜いて弾が入っていることを確認してから装填した。
 聞こえるのはスラスターのゴーッ、という音と、ライフルのレバーを引いた時のくぐもった無機質な音だけだ。空気のない宇宙では、音を伝えるものはない。太陽から放射される熱も、留まることなくどこかへ霧散していく。
 そんな死の世界を、顔の無い者どもが驀進する。自他を区別するのは、宇宙服から発信される信号だけ。死ねば、遺体が回収されることは滅多にない。記憶だけが残り、遺体のない墓が立つ。この宇宙に比べれば、人の一生とはなんと矮小なものかと、そう思わざるを得なかった。
 IFF(敵味方識別装置)が正体不明の信号をキャッチし、赤い三角を視覚情報にマージした。そのどれもがさっきの時代遅れな白い宇宙服を着ている。青の三角形は友軍だ。
 俺はライフルを構え、進行ベクトル上の一人に狙いを定めた。アイトラッカーが視線を感知して、宇宙服の照準アシスト機能を作動させる。目標は移動しているが、練度不足からか動きは単調だ。簡単に仕留めることが出来るだろう。
 そして他の隊員とタイミングを合わせて、引き金を絞った。数発に一発の割合で込められた曳光弾が、光の尾を引いて飛んでいく。多少のタイムラグを経て命中した弾丸が、相手の体を踊らせたかと思うとそれ以上動かなくなった。妙なポーズのままゆっくりと漂う死体を尻目に、次の目標に狙いを定める。
 ようやく自分たちが攻撃されているらしいと気づいた目標が、くるりと反転してこちらを向く。よくも、という殺意が無機質なヘルメットから放たれたような気がしたが、それでも構わずライフルを撃った。
 撃たれた敵が溺れるようにもがいては、動きを止める。それが俺の目の前で数度繰り返され、全滅は時間の問題のように思えた。味方は誰一人欠けることなく、淡々とその命を奪っていく。
 現代アートのようなポーズをした死体が視界を埋め尽くしたかと思った頃、円環の構造物に一隻の宇宙船が迫ってきていた。IFFは友軍機だと伝えていたが、何か様子がおかしいように思えた。速度が速すぎる。
 隊長の方を見やると、構造物に向けて猛然と加速をかけていた。間に合わない、そう思った時には何もかもが崩壊していた。
 宇宙船と構造物の両者が激突し、穴の開いた浮き輪のように破片をまき散らしながら、気圧差で内部から引き裂かれるように自壊していく。
 虚空に飛びだした金属片は宇宙の星々めいて輝き、進行方向上のあらゆるものを貫通していった。
 俺はただ、それを見ていることしか出来なかった。そして気づいた時には、巨大な残骸が目の前に迫っていた。

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