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選択するということ

「一体いつまでここにいるつもりなのですか? シティは今、大変な状況なんですよ?」


 ゴーストのサクラが、薄紅色のシェルをクルクル回しながら、そう尋ねた。カイ4は、目の前に広がる星々を目にしたまま、何も言わなかった。


 太陽系の外縁に広がるオールトの雲。太陽から十万AU離れたこの場所で、カイはただ、小惑星に膝を抱え込むような形で座っていた。


 彗星はここから生まれ、太陽風に吹かれながら氷や塵などの尾を引いて飛んでいく。地上から見ればキレイなのに、ベールを剥がせば不揃いな岩の塊だ。


 地球から見た太陽はあんなに大きいのに、ここから見れば恒星の一つでしかない。


 四回のリセットを経て、さらに何百回も死んで、生き返るというサイクルを続ければ、全てが虚しく思えてくるのも仕方のないことだった。


「ベックスの影響は、未だシティに深刻な影響を与えています。あなたも見たでしょう?」


 サクラは最高の相棒だが、時々説教くさいのが玉に瑕だった。


「まさか、自分には関係ないとか言うんじゃないでしょうね?」
「そんなこと、言ってないだろ」


 そう言いながら、カイはおもむろに手のひらにステイシスの塊を生成した。冷たいが、本物の氷の結晶とは性質が異なる。

 ソーラーやアークが、実際の炎や雷とは異なるのと同じだ。この結晶から感じる冷たさは、物理的なそれとは明らかに違っていた。


 それから結晶を虚空に向かって投げると、次第に結晶は小さくなって消えてしまった。


「あなたが何をするのも自由ですけど、せめてここから離れましょう。ここは何だか恐ろしい場所です」


 水星、火星、衛星タイタン、そしてイオがこの太陽系から消えてしまってから、サクラは宇宙空間を怖がるようになった。星々は暗黒に飲まれてしまったのだと、人は言う。サクラは、それを直感的に感じ取っているのかもしれなかった。


 カイはふと目の前に浮かぶサクラを指で突っついてみた。一瞬驚いたように後方に漂うと、シェルを中央に寄せて怒りを露わにした。


「何するんですか! 宇宙ゴミになるなんてごめんですよ!」
「今の俺たちと何が違うんだ?」
「せめて進行方向を決めることができます」


 負けたよ、と首をうなだれると、再びサクラの方を見て言った。


「分かった。じゃあ行くか」
「どこに行きます?」
「エウロパ」


 その答えに、サクラはげんなりとした様子だった。

◇◆◇

 エウロパ。氷に閉ざされた木星の衛星の一つ。そしてカイたちエクソの生まれた場所。この星に降り立つと、本能に刻まれた何かが目を覚まそうと頭の中を動き回る気がするのだ。


 それにここは、他のガーディアンと同じように、カイがステイシスと出会った場所だった。カイはもともと、光の力を扱うのがさほど得意ではなかった。あるウォーロックが言うには、それは自分自身の問題らしいが、カイにはそれが何かわからなかった。


 しかしステイシスは違った。自分の理想通りに、思った通りに力を発揮することが出来た。戦場を支配し、あらゆる敵を打ち砕く力。その力に魅了されるのに、さほどの時間はかからなかった。


 降下軌道に入ろうとしたとき、サクラが何か通信をキャッチしたようだった。


「待ってください……これは、救難信号です」
「どこのか分かるか?」
「シティの船舶が使うものに94パーセント一致しています」


 カイは、その言い方がどこか引っかかった。


「残りの6パーセントは?」
「フォールンが使うコードの名残があちこちに見られます。罠だと思いますか?」
「どうかな。直接降りられるか?」
「いえ、発信地域付近は酷い嵐ですね」


 カイの視覚に、衛星から取得した周囲の天候情報が表示される。エラミスとの一件の後、エウロパでのハウスオブサルベーションの影響力が弱まった。それを機にバンガードはエウロパに監視衛星を配置したのだ。


 主にピラミッド船を見張るために。


「なら、近くに降りてスパローで向かうぞ」
「え、本当に行くんですか? 罠だったらどうするんです?」
「罠から抜ける一番の方法は、罠を壊すことさ」
「うまくいけばいいですが」


 フッ、と口角を上げたカイは、レバーを降ろして大気圏への降下シークエンスに入った。

◇◆◇

 衛星の情報通り、地上は酷い嵐だった。エクソの体でも、これは少々堪えた。おまけに視界は最悪だ。

 人間ならスパローで全速力で向かうのは自殺行為だが、エクソの目に搭載された広域スペクトルアレイが、嵐の向こうの様子をはっきりと映し出してくれていた。


 すると、視界の奥に墜落したスキフらしきものが見えてきた。やはりフォールンか、と思うと同時に、なぜフォールンがシティ式の救難信号を発したのだろうと不思議に感じた。


 そしてさらにレーダーは、このスキフの向こう側で戦闘が起こっていることを告げていた。嵐のせいで妨害されていたのが、今になって息を吹き返した形だった。


 カイはスキフの陰になるようにスパローを止めると、その残骸から向こう側をうかがった。すると確かに戦闘は起きているのだが、どういうわけかフォールンで争っているようだった。


 ショックピストルのアーク弾があちこちに飛び交い、サービターの放つボイド榴弾が爆発して氷の大地に小規模なクレーターを作る。


「恐らくスキフ側のフォールンたちはハウスオブライトのフォールンです」


 サクラがクロークのフードの中で囁くように言った。


「なら、助けるべきなんだろうな」
「当然です! 彼らは救いを求めているんですから!」
「それは、サルベーションの連中だってそうだろう」


 そう、ハウスオブサルベーションは、エラミスは、自らを救済する力を欲し、ステイシスにそれを求めた。その結果、エラミスは自分の力に溺れ、ハウスの統率は失われた。


 自分たちだってそうだ。トラベラーの言葉を伝える預言者はもういない。トラベラーが一体何を考えているのか、もう分からないのだ。そんなよく分からない力を使うガーディアンと、それに頼るシティの市民は、彼らとは違う存在だと言えるだろうか。


 返す言葉を失ってしまったサクラに、すまない、と謝罪する。


「これは意地悪な質問だったな」
「いえ……それはある意味正しいと思います。ですが私たちは光を選びました。そして、目の前で懸命に戦っている彼らも」


 そうだ。選んだ。選んでしまった。だからこそ、その道を進まなければならない。でなければ、本当の意味での宇宙ゴミになってしまう。


 カイはホルスターからハンドキャノンを引き抜いて、スキフの陰から飛び出した。サルベーションの白いスカーフを巻いたドレッグたちの頭を正確に打ち抜きながら、ライト側の遮蔽物に身を隠す。


 ライトのフォールンたちは、急に現れたガーディアンに一瞬怯えるような様子を見せたが、こちらに攻撃の意思がないとわかると安堵したようだった。


「数は?」ハンドキャノンの弾倉を交換しながら、カイは言った。「こちらの生存者の数は?」


 しかしフォールンたちは互いに顔を見合わせただけで、その問いに答える者はいなかった。言葉が通じていないのか、はたまた正確な数が分からないのか。


 そして小さく悪態をついたカイの隣に、テレポートしたキャプテンが現れた。突然の出来事と、その体躯の大きさにぎょっとしたのもつかの間、キャプテンは「十人だ!」と流暢な発音で答えた。


 しかしライトのドレッグが一人、ラインライフルの弾で撃たれて倒れてしまうと、「九人だ」と訂正した。


「ほかに助けは来るのか?」
「いや、先ほど通信機が完全に壊れてしまった。お前が来ただけでも幸運だ」


 そう言って遮蔽物から身を出すと、榴弾ランチャーの弾丸を敵に向かって乱射し始めた。


「俺の船になら多分全員乗れるはずだ。乗り心地は保証しないが」


 榴弾ランチャーのマガジンを取り換えながら、キャプテンはこちらをしばらく見ていた。


「本当に助けになってくれるのか?」
「でなければわざわざ来るもんか」
「分かった……ではその言葉に甘えさせてもらおう」
「船はスキフの後方にできるだけ近づけておくから、お前たちは先に行け」


 カイは背中に背負っていたスナイパーライフルを腕に抱えると、マガジンに弾が入っていることを確認してからコッキングレバーを引いた。


「本当にいいのか?」
「俺はガーディアンだぞ。死んだってここを通すものか」


 そして遮蔽物から身を乗り出すと、スナイパーライフルでサービターの弱点を破壊し、面倒なバンダルたちも何体か黙らせた。


「さぁ行け!」


 カイの言葉にキャプテンは頷き、生存者たちを集めてスキフの後方へと移動させ始めた。


「聞いたな? 船の状況はどうなってる?」
「正直、かなり無茶だと言うほかありませんが、何とかさせてみせます」
「なら、こっちもなんとかしないとな」


 サクラが、カイ、と何か言いたげに呟いたが、カイはあえて聞こえなかったようにした。


「久々に、ガーディアンらしいあなたを見た気がします」
「……余計なお世話だ」


 弾切れになったライフルを背負うと、左手にグレーシャーグレネードを握りつつ飛び出した。


 そして右手で持ったハンドキャノンを撃ちまくって敵の奥深くに入り込んだカイは、グレネードを投げると同時に高く飛び上がった。


 グレネードが着弾し、ステイシス結晶の柱を乱立させる。それからそこに急降下して柱を破壊すると、飛び散ったステイシスの破片がフォールンたちを引き裂いた。


 数がまばらになり、残存したフォールンたちが撤退していく中、カイは安堵のため息を漏らした。


「よし、これで――」


 その時、背後にあったスキフの残骸が、上空からの砲撃を受けてばらばらに吹き飛んだ。爆風に煽られながら、サクラが敵の増援が来たことを告げた。が、その時には上空からスラスター炎を瞬かせて降下してくる人型の巨大な影が見えていた。


「フォールン・ブリッグ……」


 ずんぐりとした図体を持つ、フォールンの巨大機動兵器の名を、カイは無意識のうちに呟いていた。


 かつてシティのボッザ地区にて、ケルスコージが作り上げたインサレクション・プライムを元に、サルベーションが複製した兵器だ。


 しかしこのブリッグは、カイが今まで見たことのない兵器を左肩に装備していた。おそらくさっきスキフを破壊した一撃はあそこから放たれたのだろう。


 ガーディアンであるカイにとって、相手がたとえブリッグであっても倒せないことはない。ステイシスで簡単に撃破できるだろう。


 だが、本当にそれでいいのだろうか。背後を見やれば、必死に逃げているフォールンたちが見える。彼らはサルベーションに追われることになると知っていながら、ライトに加わることを選んだ。


 それは決して容易な決断ではなかっただろう。それでも、彼らは光を、希望を選んだのだ。


 それに比べて自分はどうか。光が上手く扱えないからといって、容易な道に走ろうとしている。確かにそれは正しい選択なのかもしれない。


 しかし、カイはガーディアンなのだ。トラベラーに選ばれ、光の戦士として戦うことを選んだのだ。


 だから今こそ、その光を取り戻すべきだった。


 自分の内に眠るソーラーの力を呼び覚まし、掲げた右手に集中させる。そしてそれは黄金に輝く銃という形を伴って顕現した。


 闇を払う光。その名もゴールデンガン。


 ブリッグが放つボイド弾がすぐ横で爆発する中、カイはしっかりと狙いを定めた。


 一発だ。たった一発でいい。当たりさえすれば、あんな金属の塊など敵ではない。


 そして、引き金を引いた。


 解き放たれたソーラーエネルギーは、一筋の光となってブリッグの胴体を貫いていた。動力源を失い、もはや鉄塊と化したブリッグはそのまま後ろに倒れて動かなくなった。


「見つけたみたいですね。自分が進むべき道を」


 サクラが、カイの周りを飛びながらそう言った。


「あぁ、だいぶ時間がかかったがな」


 身体中を光が駆け巡った感覚は、鮮烈な印象を持って脳に焼き付いていた。これでもう、ステイシスに頼ることもなくなるだろう。


 それが正しいことかは分からないが、少なくとも光の戦士なら、そうあるべきだと強く感じた。

◇◆◇

 救助したフォールンたちをシティのボッザ地区に降ろしたカイは、その光景に驚いていた。シティにフォールンを住まわせているという話は聞いていたが、実際に見てみるとやはり驚くべきことだった。


 そしてそんな中でたった一人だけフォールンではないと、どこか居心地が悪かった。


 そしてそろそろ帰ろうかと自分の船に向かって歩き出そうとした背中に、待ってくれ、とあの時のキャプテンが呼び止めた。


「ありがとう、ガーディアン。おかげで我々は冷たい雪の中で死なずに済んだ。お礼といっては何だが、これを受け取って欲しい」


 そう言って彼は、自分の榴弾ランチャーを差し出した。キャプテン用だけあって、自分にとっては大きすぎたが、受け取らないのも失礼だと思った。


「いいのか? 大事なものだろう?」
「私は義理を重んじる。私に与えられるのはそれくらいしかない」
「そうか。そこまで言われたら、仕方ないな」


 ずっしりとした重みは、それが経験してきた時間の重みを体現するかのようだった。


「それでは、ガーディアン。達者でな」
「そっちもな」


 交わした言葉は少なかったが、これで十分だったと思う。そして託された榴弾ランチャーを抱えながら、船へと向かう。その足取りは決意に満ち溢れていた。


「さて、次はどこに向かいますか?」
「そうだな。ガーディアンらしく、人類を助けに行くか」
「えぇ! 大賛成です!」

 サクラが機嫌良さそうにシェルを回転させる。カイのガーディアンとしての真の戦いは、まだまだ始まったばかりだ。

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