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語り、歌い継がれる音楽(ZARD)


「大阪でZARDのライブあるって」

そう夫から聞いたときに思ったのは、
「ZARDの……ライブ?どうやって?」ということだった。
なぜなら、ZARDのボーカルである坂井泉水さんは2007年に亡くなっているのだから。

坂井さんの訃報はあまりに突然だった。
当時、私は18歳。高校3年生。ニュースのことはぼんやりとしか覚えていない。
ZARDの曲は、母親がよく聴いていたのをきっかけに私も中学生の頃に聴いていた。
そうでなくとも、アニメの主題歌だったりテレビ番組だったりで度々耳にしてきた音楽で。
熱心なファンと言えるほどではないかもしれないけれど、大人になった今でもふとした瞬間に思い出して懐かしんだりする、特別な音楽のひとつになっている。

夫は、私よりも深いZARDのファンだ。
今でこそGALNERYUS(ガルネリウス)などのメタルバンドを好んで聴く夫だけれど、夫にとっての音楽のルーツはZARDなのだと、本人から今までに何度も聞いている。

「行きたいなぁ」と夫が溢す。
めずらしい、と思った。
夫は人混みが苦手で、大好きなアーティストのライブでも滅多に行こうとしない人なのだ。
その夫が、「行きたい」と言っている。これはチケット申し込むしかないっしょ!というわけでチケットを2人分申し込み、当選の知らせが届いたのが10月初旬。
ライブは2月4日。その頃には、今より状況も良くなっているはず……という希望も込めて。

実際、ライブやイベントなどの制限は少しずつ緩和され、感染症の拡大も落ち着いてきているように見えていた。
個人的には、昨年12月にサカナクションのライブ(大阪公演)にも友人と参加している。
ライブに行くよ、行ってきたよ! ……なんて話をすることに後ろめたさを感じなくてもいいんだ、そしてこれからもっと状況は良くなっていくんだ…… そんな希望が大きくなっていた。

けれど、ちょうどその頃を境に感染力の強いオミクロン株が登場し爆発的に感染拡大。ライブに行くとか行ってきたなんてことを公に言いづらい雰囲気が、またしても立ち込めるようになってしまっていた。

行くべきか、行かないべきか。
家族や、職場、ネットを通じて繋がっているフォロワーさん…… いろんな人の顔(顔、知らない人も多いけど)が浮かんだ。
自分や他人のいろんな立場、状況を思えば「行かない」という選択がベストに思えた。
知らないうちに感染を広げてしまいたくない。批判だって怖い。
きっと、私ひとりなら「行かない」という選択をしたはず。
でも、結果的に私たちは「行く」という選択をした。

前置きが長くなってしまったけれど、これはその選択によってもたらされた2022年2月4日(とその後)のとても個人的な記録。


 今回のライブ『What a beautiful memory 〜軌跡〜』は、ZARDの30周年を記念して大阪と東京の2会場でそれぞれ2/4、2/10に行われた。
坂井泉水さんの歌声と映像に、生のバンド演奏がシンクロする形のライブとなる。
さらには、ZARDにゆかりのあるゲストアーティストたちの参加も告げられていた。
このような形での有観客ライブの開催は、6年ぶりとのこと。
また、さまざまな理由でライブへ行けない人、行かない選択をした人たちのためにも、2/10の東京公演においてはライブの生配信も行われることに。


 大阪公演の会場となったのは、グランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)
私たちも大阪に住んでいるとはいえ、生活圏内からは少し離れた場所である。
到着したのはすっかり日が落ちた頃……。立ち並ぶビルや夜景は既にもう、私にとっては非日常だった。

私と夫は、音楽の専門学校で出会った。当然お互いに音楽が好きなわけだけれど、一緒にライブに行くのはこの十数年で初めてのことだったりする。
(当日、子どもたちはお義母さんが見ててくださいました。本当にありがとうございます)


 グランキューブ大阪の自動ドアをくぐり、エレベーターでメインホールのある階へ。
入場時、布の手袋をしたスタッフさんからブルーの透明な袋が一人ひとりに手渡されていく。
それを受け取って進むと、ホール内はたくさんの人で溢れていた。
40代〜60代と思しき人、私たちと同じ30代くらいの人、20代、学生服を着た高校生(?)と客層も幅広い。

着席してステージに目を向ける。
深いブルーのライトが、とても静かで心落ち着く空間を演出していた。なぜだか少し懐かしいような気もする。
中央のスクリーンにはライブのタイトルと、坂井泉水さんの横顔を模したロゴが。

ステージの左右に立つ大きな柱や、球状のライトなどのモチーフも目立つ。 
それらに囲まれるようにして、今回のバンド演奏を担うメンバーの楽器たちが、いよいよ始まるライブに向けてそれぞれの持ち場でスタンバイ。

その背後に、おそらくHughes & kettner(ヒュース&ケトナー)のアンプがずらりと12台も並んでいる様は圧巻だった。
しかも、本来ならケトナーのロゴが特徴的なブルーのネオンで浮かび上がる真空管の部分が、すべて『ZARD』という文字に変えられていたのだ。
特注かな?って、ケトナー好きの夫がそわそわしていた。

……ふと、ステージの中央に置かれたスタンドマイクに気付きハッとする。あそこはきっと、坂井泉水さんの場所なのだろう。


後で知ったのだけれど、このセットは2004年に開催されたZARDにとって初で唯一の全国ツアー『What a beautiful moment Tour』を再現したもので、当時を知るファンにとってはこの時点でいろいろな思いが込み上げる粋な演出となっていた。


開演まで、入り口で受け取ったブルーの袋の中身を見てみることに。
まずは来場者プレゼントであるZARDの作品の軌跡を記した冊子(全52P)
これは家に帰ってからゆっくり見よう……。


そして、何が棒状のもの。ボールペンかな?と思ったら、サイリウムライトだった。
添えられているチラシに目を通すと、どうやら今回のライブの某曲で演出に使うためのものらしい。
サイリウムやペンライトの類を振るライブは初めてなため、なんだかワクワクしてきた。

そうこうしていたら、ほぼ定刻通りに会場が暗転。

「ZARDのライブにようこそ。今日は最後まで楽しんでいってください!」
そう告げる坂井さんの声に、場内の意識が集中する。


開幕を飾ったのは『きっと忘れない』

きっと忘れない 眩しいまなざしを
信じたい 信じてる
あなたが変わらぬように


坂井さんの、空を突き抜けるように凛と澄んだ歌声が響き渡る。

中央にセッティングされたスタンドマイクにスポットライトが当てられると、まるでそこに坂井さんが現れたかのような錯覚を覚えた。

今にも笑顔であなたが現れそうで

この歌詞に坂井さんの面影を描いた観客も多かったのでは。

ちなみにこの日のマイクは2004年のライブで実際に坂井さんが使用されたものであることが、後に司会進行の中田有紀さんによって告げられた。
これまた、ファンの胸を熱くする粋な演出だ。

音にも圧倒された。
12月に行ったサカナクションのライブでは全身を音で包み込まれるような音響を味わったけれど、今回は地面からダイレクトに音が響く感じ(1階席だったからかもしれないけど)
ひとえにライブと言ってもさまざまで、面白い。
いずれにしても、足元がビリビリきて、心臓にドラムがドン!と響く感覚は生演奏ならでは。
自分は間違いなく「ライブ」へ来たのだと実感する。


2曲目は、『もう少しあと少し』
1曲目とはガラッと雰囲気の変わる坂井さんの歌声に、ボーカルとしての表現力の高さを改めて感じた。

つづいて『雨に濡れて』でも、哀愁の漂う歌唱に引き込まれる。

乱用しないで そのやさしさが
誰かを傷つける

サビでメジャーに転調?して一気に明るい印象になるけれど、歌詞の内容は別れや、人がとらわれがちな「たられば」といったやるせなさを詰め合わせて攻めてくるので、油断してると抉られるかも。


4曲目、眩しくきらめくギターのイントロが印象的な『世界はきっと未来の中』

あなたが疑う 私のココロは
きっと 私の迷いなのです

伸びやかな坂井さんの歌声が、観客のテンションをどんどん引っ張り上げていく。


曲が終わったところで、司会進行の中田有紀さんが登場。
この後の楽曲で登場するゲストアーティストや、楽曲にまるわるエピソードをその都度紹介する形でライブが進行していく。

最初に招かれたゲストは、作曲、編曲家の葉山たけしさん。
葉山さんが奏でるスライドギターの音色が眩しくさわやかな『君に逢いたくなったら』は、いっぺんに会場の空気を明るくした。

君に逢いたくなったら
その日までガンバル自分でいたい
青く暮れかけた街並み
また思いきり騒ごうね


私にとって、子どもの頃から聴き馴染みのある曲でもある。
けれど、会いたい人になかなか会えない状況がつづく「コロナ禍」を経て改めて聴くと、この部分の歌詞にハッとさせられる。

時を超えて、また新しい意味をもってこの曲が響いている事実に音楽の無限の可能性を見たようで、感動してしまった。
あと、この曲での坂井さんのほんの少しざらついた低音の響きが好きだな。


2人目のゲスト、FIELD OF VIEWのボーカル 浅岡雄也さんを招いて、葉山さんとともに披露された6曲目は、『突然』

突然君からの手紙 あの日から途切れた君の声
今すぐ逢いに行くよ 夏が遠回りしても


歌詞を見れば、もしくはワンフレーズ聴けば一気に頭の中で音楽が再生されるこの感じがうれしい。自分の中のZARDの記憶が、どんどん開いていく。

突然の風に吹かれて 旅人は行く先を知らない
でも僕らの愛は 二度とはぐれたりしない
あの青い空のように いつまでもそばにいる 

ZARDの楽曲も、時を重ねながらいつまでも私たちのそばにいる。そんなふうにも聴こえた。


つづいて7曲目も、葉山さん&浅岡さんとともに『DAN DAN心魅かれてく』

この曲も、中学生の頃よく聴いた好きな曲。
キャッチーなメロディーが、耳に心地良い。

少しだけ 振り向きたくなるような時もあるけど
愛と勇気と誇りを持って闘うよ
きっと誰もが永遠を手に入れたい


永遠を手に入れることは叶わない。
ここに、坂井さんがいないという事実も変わることはない。
それでも、こうして歌い継いでくれる人がいる限り、聴き続ける人がいる限り、楽曲もその人の思いも誰かの中で生きつづけるのだなぁと、そんなことを考えた。


葉山さんと浅岡さんがステージを去り、新たにゲストとして招かれたのは、大野愛果さん。
大野さんのコーラスを携えて、大野さん作曲の『かけがえのないもの』が演奏される。

かけがえのないもの
君と話していると
伝染してくるよ 嬉しい事も
君の悲しみも 全部受けとめたい

そんなふうに思える人や、「かげがえのないもの」に出会えることは、きっと幸福なのだろう。

大野さんはとても凛とした出立ちで、黒の衣装(スーツ?)がとても映えていた。そして、歌声があまりに美しくて、聴き惚れる……。


3人目に招かれたゲストは、ロックバンドdoaより 徳永暁人さん。
大野さんとともに、フルバンドでは初となる『瞳閉じて』を演奏した。
私にとって、この日のライブでとても好きになった曲のひとつ。

1番のAメロまでは、内向的な歌詞をピアノの音色とともにしっとりと、しんみりと歌う坂井さん。
けれど、サビ終わりの〈雲の色が違うわ 雲の色が 今日は明るい〉から、文字通り楽曲がぱあっと晴れてひらけるような感覚になるのだ。

〈私だけが孤独なの?〉
〈時々逃げ出したくなる 臆病者〉

そんな不安を時折のぞかせながらも、徐々に明るく展開していくのが爽快で気持ちいい。

瞳閉じて 君の感じてるものを
私に 伝えてほしい
不思議な力が この世にあって
君が笑うと嬉しい
君が笑うと とても眩しい

最後には転調して、どこまでも上へ上へと空高く駆け上がっていくようなイメージへ。
アルバム『止まっていた時計が今動き出した』に収録されているこの曲、『瞳閉じて』というタイトルではあるけれど、まるで視界が拓けるような、まさに止まっていた時間が動き出したような疾走感で溢れた曲だと思う。
この曲を聴くと、よし今日もがんばるぞ!と自然と心が上を向く。


ステージを去る大野さんを、「もっとお声を聴いていたい……」と惜しむ気持ちで見送る。
徳永さんを残しての10曲名は、ファンにも人気の高い曲『遠い星を数えて』

ある時 偶然わかったの
自分を出していたつもりが
肝心な事 Yes No を避け 逃げていた
自分の中に いろんな自分がいて
「優しいから 苦しむのよ」と
時には前向きな自分が 弱気な自分を叱ったりする
涙より遠い星を数えて
カッコいいことって カッコ悪いよ
醒めてるよりも 感情で生きてる人
熱い君を見てると 嬉しくなる

人気が高いというのも頷ける。
大人っぽい雰囲気の中に、素直な感情が見え隠れしていて。歌詞のひとつひとつに何度も心の中で頷きながら聴き入った。


つづいても、徳永さんとともに。
ZARDのスタンダード・ナンバーのひとつ、『永遠』

「坂井さんなりの大人の恋愛を詞にしてほしい」と依頼され作詞したというこの曲。
切ない歌詞とゆったりしたメロディーに、身体を揺らして浸る。

ストリングスとコーラスの壮大な盛り上がりを経てのラスサビは圧巻。
まるで何かが「降りてきた」かのような坂井さんの歌声に、全身を包み込まれるような心地になった。


ここで4人目のゲスト、DEENの池森秀一さんが登場。
『瞳そらさないで』をボサノヴァ風のアレンジで。
池森さんのまったりとした歌声も相まって、一気に南国で過ごす休日のような雰囲気に。

でも歌詞の中身はなかなか抉られる感じ。

「今のままでは視野が狭くなるし…」
「何かが終わってしまいそう」と彼女が云った
その方が君にとって夢があるのなら
僕はそうしよう
“約束だから海に来た”って感じが
一緒に居るのに淋しいよ

人と人が、すれ違っていく様が切なく描かれている。坂井さんが書く詞の解像度の高さに改めて驚いた。


つづく13曲目は、『翼を広げて』
まるで、『瞳そらさないで』のその後のような歌詞が胸を打つ。
すれ違いの末に旅立つ「君」に、それでも〈そっとエールを送ろう〉……
そんな、切なくも確かな決意が伝わってくる。



そして、ここにきて『こんなに側にいるのに』を演奏しながらのバンドメンバー紹介へ。
それぞれのメンバーをモニターにアップで映し出し、名前と演奏にクローズアップ。
もともとの曲の雰囲気も相まって、この演出がとてもカッコイイ。

中でも個人的に印象に残ったのは、時に穏やかに、時に弾ける笑顔でキーボードを弾く北川加奈さん。

それから、コーラスの神野友亜さんは声質が坂井さんに似ていてハッとさせられた。
後で知ったのだけれど、神野さんは2月9日にZARDのトリビュートアルバムをリリースしたロックバンド SARD UNDERGROUNDのボーカル。
ZARDと坂井泉水さんをとてもリスペクトしていることが伝わってくるパフォーマンスだった。 


そして、エレキギターの2人。
Sensationの大賀好修さんと、WWEEZZの森丘直樹さんによるギターセッションには熱くなった。

大賀さんは、貫禄と余裕を感じさせる大らかな演奏。そんな大賀さんを信頼し、のびのびと演奏する若手のギタリスト、森丘さん。
坂井さんを挟んで、ステージの中心で度々顔を向かい合わせながらプレイする2人の姿は、この日のライブを精神的な意味でもどっしりと支えてくれていたように感じた。

余談だけれど、私たち夫婦は森丘直樹さんのことを個人的に応援している。
森丘さんは、本人もインタビューで語っているようにGALNERYUS(ガルネリウス)のギタリスト SYU さんに憧れてギターを極めてきた。
そして、夫も同じくGALNERYUSのSYUさんに憧れてギターを弾いているファンの一人。

夫は、森丘さんがまだ事務所に所属せず YouTubeに SYUさんの演奏のコピー動画を投稿していた頃から彼のことを知っていて、その巧さを絶賛していた。
そして、そんな彼がついに世間に見つかり、デビューして活躍していく様を見てきた。

だからこの日は夫にとって、“自身にとって音楽のルーツであるZARDのライブに行ける”のと同じくらい、“尊敬するギタリストの演奏を間近で見られる”という貴重な意味もあったのだ。

とても楽しそうに演奏する森丘さんの表情と、ライブ後に「やっぱり森丘くんはカッコイイなぁ」と溢した夫の言葉が印象に残っている。

これからも、私たち夫婦はギター・ヒーロー 森丘直樹さんを応援していきます。


メンバー紹介を終えて次なる曲のイントロが鳴った瞬間、客席のあちこちで「パキッ」という音とともに白い光が灯りはじめた。
私も、事前に配られたサイリウムライトを折って光らせる。

『My Baby Grand〜ぬくもりが欲しくて〜』
楽曲とリンクした「白い雪の世界」を創り出すための、白いサイリウムライト。
ゆったりと揺れる白い光はとても綺麗で、今でもその光景が記憶に焼き付いている。
有観客のライブだからこそ叶った演出だ。

スクリーンには、ファンから寄せられたお花の写真と坂井さんへのメッセージが。

ぬくもりが欲しくて そっと手を伸ばす
雪の夜は そばにいて
遠い街の灯 夢をみる人
あなたへと届け

サイリウムの演出と合わせて、「坂井さんに想いを届けよう」という一体感に心が温かいもので満ちていく。
この瞬間、ファンと坂井さんは確かに通じ合っていたんじゃないかなと感じられた。

好きなアーティストのライブに初めて行くと、「わぁぁ本当にいるんだ実在してる!」という気持ちになることがある。
坂井泉水さんは、実際には目の前にいない。けれど彼女は実在して、たくさんの人に愛されていたこと、そして今もなお愛されて続けていることをひしひしと感じ入るひとときだった。


そして再び、ゲストアーティストの登場。
川島だりあさんとともに、『あの微笑みを忘れないで』

孤独な時間抱きしめて
人は大人になるから
心の冬にさよならして
走り出そう 新しい明日へ

まわりに馴染めないことに負い目を感じて、個性が埋もれてしまいそうになっている人。そんな人の肩をたたいて、「それもあなたの良さでしょ?」「君ならできるよ」と励ましてくれるような曲……かな。

間奏のギターソロがかっこよくて好き。
(ZARD、なかなかサウンドが暴れているというか、ギターが激しい曲が多いことにもこの日気付いた。夫が、ZARDをルーツにメタル街道へ突き進んでいったのも納得したり)

川島だりあさんと言えば、アニメ「地獄先生ぬ〜べ〜」のオープニング曲『バリバリ最強No.1』を歌っていた人…… と聞くとイメージが湧く人もいるかもしれない。
記憶の中のパワフルな歌声そのままに、ダイナミックな動きで会場を盛り上げる川島さんは一気に会場の注目を集めた。

ノリノリで楽しそうに歌って踊る姿に、元気をもらえる。笑みがこぼれる。
川島さんに応えるように、観客の動きも大きくなっていくのを感じた。


そしてついに最後のゲストアーティスト、大黒摩季さんが登場。
生前には叶わなかったという、坂井さんとの共演がこの日果たされる。
ステージに現れた大黒さんは、中央のマイクを愛おしそうに見つめて坂井さんへ向けて投げキッス……。

さまざまな想いを携えて演奏されたのは、ZARDのデビュー曲Good-bye My Loneliness』

モデルやタレントなど試行錯誤をしながらアーティスト(歌手)への夢を追い続け、ついにその夢を叶えた坂井さんが初めて自ら作詞した曲だ。

心の奥を あなたに のぞかれそう
瞳をそらしても 気づかれそうで


坂井さんが書く詞に度々見受けられる「心の揺らぎ」や「葛藤」
それはデビュー当時から変わらず描かれてきたのだなぁと、しみじみ浸る。

ゲストの大黒摩季さんといえば、『ら・ら・ら』などの楽曲のパワフルで伸びやかな高音と、圧倒的なボーカル力のイメージがある。
けれど、この日はあくまでも坂井さんの歌声に「寄り添う」ような歌唱が印象的だった。


つづいて、大黒&川島ペアによる『愛は暗闇の中で』はかなりロックテイストな曲。
2人のパワフルなコーラスと坂井さんの歌声が溶け合って会場を震わせる様に、ZARDの新たな一面を見た。


明るいオーラを振り撒きながらステージを去る川島さんを見送り、19曲目は『揺れる想い』

すべてを見せるのが 怖いから
やさしさから逃げてたの

運命の出逢い 確かね こんなに
自分が 変わってくなんて
揺れる想い体じゅう感じて
このままずっとそばにいたい
青く澄んだあの空のような
君と歩き続けたい in our dream


タイトルからして心の揺らぎ全開な曲だけれど、そんな不安定さもすべて抱きしめて歩んでいこうとするような、清々しさにあふれている。

歌詞の「体じゅう」が「体中」ではなく「じゅう」とひらがな表記になっているのは、坂井さんの作詞におけるこだわりらしい。
(2/5 NHK BSプレミアムにて再放送された番組『ZARDよ永遠なれ 坂井泉水の歌はこう生まれた』より)

体の“中”だけでなく、外側も含めて「揺らぎ」をまるごと感じている様子が、坂井さんの歌い方も含めてとても伝わってくる。

この日は、そんな坂井さんの「想い」をまるごと受け止めて、「寄り添う」ように歌う大黒さんの歌声が最高に頼もしくて、心地良かった。


ここで、大黒摩季さんもステージを去る。
再びバンドメンバーと坂井さんの歌声で進行する流れに。
ライブはまだ終わらない。そのことに嬉しさが込み上げる。まだまだ、聴きたい曲がたくさんあるのだから。


そして演奏されたのは、『If you gimme smile』

自分の人生なんだから自由に生きてみたいね!と呼びかけるように、軽やかなトーンで歌い上げる。
爽やかな風のような坂井さんの歌声が、会場に吹き抜けた。


つづいて、坂井さんもお気に入りだという印象的なピアノのイントロが響き渡る。
今回のライブで、個人的にいちばん「聴けるといいな」と期待していた曲…… 『心を開いて』が聴けることに心の中で小さくガッツポーズした。

私はあなたが想ってる
様な人ではないかもしれない

この、出だしのフレーズから好きで。
一般的なイメージや、一面だけで(良くも悪くも)評価されることに対するささやかな抵抗もとれるし、こんな自分を見せたら嫌われてしまうかもしれない…… という不安を表しているようにもとれる。
いずれにしても、他者とのつながりを求めながら距離感を模索する人の心模様が、手に取るように伝わってくるフレーズだ。

さらに、2番の出だしの歌詞にも耳を澄ませて聴き入る。

人と深くつきあうこと
私もそんなに 得意じゃなかった
でも あなたを見ていると
私と似ていて もどかしい
そういう所が たまらなく好きなの

私も人と深くつきあうことは得意じゃないから、とても響いてしまう。

その後につづくサビでは、人付き合いが苦手な者同士が肩を寄せ合う姿が描かれる。
坂井さんの詞の登場人物たちは、どこか「弱さ」を抱えた人が多くて。

他人に自分を見せるのは、怖い。
でも、ほんの少し心を開いたら、見える世界が変わることだってある。
人付き合いに臆病な人々の心にもそっと寄り添う、そんな温かさを内包しているこの曲がやっぱり好きだなと改めて思う。


そして22曲目、『Today is another day』
『心を開いて』からこの流れは、個人的なハイライトだったと言える。

ある日の夜中、夫と一緒にZARDのライブDVDを鑑賞したことがあって。
その際、初めて聴いた曲の中でもこの曲のフレーズが特に心にひっかかったのだ。

きっと心が淋しいんだ
他人(ひと)に期待したい あてにしたい 信じていたい
きっと心が淋しいんだ
他人(ひと)に期待しない あてにしない 信じたくない

引用した歌詞は、上が1番サビ。下が2番サビ。
心境の変化が描かれている。
一見すると2番はネガティブな印象だけれど、諦めや投げやりな気持ちからではなく、これからは自分の力で歩んでいこうという決意にも聴こえる。

そしてそれは、その後につづく歌詞でほぼ確信に変わるのだ。

悲しい現実をなげくより
今 何ができるかを考えよう
今日が変わる


ライブ当日、そしてこの文章を書いている現在……と、日々自分も世の中も変わっていくけれど。
いろいろなことに思いを馳せながら、この歌詞を噛みしめてしまう。

個人の力ではどうにもならないこともある。
でも、自分の小さな世界は、自分次第で変えられるはず。
まずは自分の「今日」から変えてみよう…… と、目の前の大切なことに意識を向かわせてくれるこの歌詞は、今だからこそお守りにしたい。


つづく『君がいない』では、アコースティックギターのアップピッキングによる裏打ちリズムが軽快で、思わず身体が揺れる。
けれども歌詞の内容は、失恋や別れを想起させるもので。
あえて明るく、悲しみを蹴散らしているような印象を受けた。


そして24曲目、『マイ フレンド』
これも大好きな曲!

あなたを想うだけで 心は強くなれる
ずっと見つめてるから 走り続けて

夢を追いかける人と、それを見つめ応援する人……という関係性が見える歌詞。
この関係性や距離感を言い表すのにぴったりな言葉は何だろうと、私はずっと分からずにいた。

でもある日、TwitterでMicaさんとこの曲について話していたときに「それだ!」という言葉を教えていただいた。

それは、「友愛」

どんなに不安がいっぱいでも
真っすぐ自分の道を信じて
飾らない素顔のあなたが好き
変わってしまうことが哀しい

まっすぐに「あなた」の夢を応援する言葉が並ぶ中、ふと現れる〈変わってしまうことが哀しい〉というフレーズに揺さぶられる。

ずっと見つめ応援し続けるということは、「あなた」が変わっていく様を目の当たりにするということでもある。
「あなた」にとって喜ばしいはずのことも、素直に喜べない時だってあるかもしれない。
でも、それでもやっぱり「あなた」のことを応援しているよ。
……そんな、揺るぎない思いをこの曲は表現しているように感じた。そして、それはやっぱり(私にとっては)「友愛」という言葉がぴったりで。
とても、深い感情のひとつなのだろうなと思う。

(この言葉に気づかせてくださったMicaさん、ありがとう)


いよいよ本編最後を締めくくるのは、ドラゴンボールGTのエンディングにもなった『Don't you see!』

モニターで流れる映像では、くるくる巻き髪の坂井さんや、バッチリ釣り目メイクの坂井さんなど、今まであまり見たことがなかったようないろんな坂井泉水さんの姿が映し出されていく。
観客のテンションも最高潮で、サビの〈Don't you see!〉に合わせてあちこちでサイリウムが頭上高く突き上げられた。

信じることを止めてしまえば
楽になるってわかってるけど

Don't you see!
願っても 祈っても 奇跡 思い出
少しは気にかけて
ちょっと醒めたふりをするクセは
傷つくのが怖いから


会場が一体感に包まれたところで、本編は終了。
すぐに、アンコールを熱望する手拍子が巻き起こる。
すると、それまで手拍子やサイリウムを振ったりなど一切せずにライブに参加していた夫が、急に辺りに響き渡るほどの大音量でパーン!と手を鳴らし始めたのでびっくり。
でも、アンコールへの熱意はとても伝わってきた。

そんな手拍子に応えてのアンコール1曲目は、〈私の存在どれくらい?〉と問いかけるバラード、『Oh my love』

音のひとつひとつが優しくて、バンドメンバーの一人ひとりがとても丁寧に大事に演奏しているのが伝わってくる。

一緒にいる時の
自分が一番好き
あなたといる時の
素直な自分が好き

恋のはじまりのような、初々しさがあふれる歌詞。
けれど、引用した歌詞では恋に限らず、「誰かを好きになること」や「自分を好きになること」の真理が描かれているように思う。


アンコール2曲目も、ゆったりとしたバラード曲『Forever you』
個人的に、今回のライブで初めて聴いてかなり刺さってしまった曲でもある。

「いろいろな過去があるからこそ、今がある」ということをテーマに書かれたというこの曲。
歌詞に坂井さんの想いの丈が詰め込まれている。

若い頃は人一倍好奇心が強くて
いろんな周囲(まわり)の人や家族に迷惑ばかりかけてた
手探りで夢を探していた あの日
自分が将来(あした)どんなふうになるのかわからなくて ただ
前に進むことばかり考えていた Dear old days
たくさん失敗もしたけど いつもそんな時
優しく親切だった人達の笑顔が浮かんだ
涙も忘れた
自分で選んだ道だから


坂井さんがZARDとしてデビューするまでの下積み時代をモチーフに書かれているらしく。
当時は、世間やメディアの声に心を痛めることもあったという。
それでも、「その過去を後悔していない。それがあったから今の私がいる」と語る坂井さん。
故に、この曲に込められているのは自分を応援し支えてくれた人たちへの「感謝」の気持ち。

そんな、坂井さん目線で切り取った『Forever you』は、それだけで素晴らしくとても胸に響いた。


けれどこの日、この曲は私にとって別の意味で衝撃だったのだ。
その要因は他でもない、この日隣で一緒にライブを観ていた夫との関係にあるのだけれど……。


そう あせらずに そう 急がすに
大人になりたい

このフレーズがひっかかり、記憶に書き留めて持ち帰る。
その場ではいろいろ考えている余裕もなかったので、家に帰って曲を繰り返し聴きながら、歌詞に日々向き合いつづけた。
(この文章を書き上げるのにライブから1ヶ月以上かかってしまった要因も、その辺りにあったりする)

遂げられなかった思いや、抱いた不信感などがふつふつとぶり返して、胸の奥を突き刺す。
目を背けてきた事実が、浮き彫りになる。


「いろんな過去があるから、今がある。昔に後悔なんてない」「自分が選んだ道なんだから」

……私も、以前はどちらかというとそう思える人生を歩んでいた。そして、そう思える自分が好きだった。
けれど、年齢を重ねるにつれて「こんなはずじゃなかった」と、現状を誰かや何かのせいにしたくなってしまったり、現実から目を背けたくなるようなことが増えてしまって。
人は一人で生きているわけじゃないのだから、思い通りにいかないことがあって当たり前なのに。
自分の情けなさを目の当たりにして、自己嫌悪に陥った。

「それもまた自分」……そう割り切れたらよかったのだけれど。
もう一度心からそう思えるまでは、まだ少し時間や経験が必要なのかもしれない。

もう迷わない 今が幸せだから
ずっと…forever you
そう あせらずに そう 急がずに
愛したいの
それは暖かいあなたに出逢うまでの試練
過去(むかし)に後悔なんてしてない
またとない 二度と来ない 私の青春だから
so stay with me my love forever


坂井さんが紡ぐ言葉の一つひとつに、私の心の仄暗い部分が炙り出されるような感覚を覚えた。


こんなこと、ここで書くことじゃないかもしれないけれど。
ライブ前日の夜、私たちはもう何度目かの夫婦崩壊の危機に瀕していた。
だいたいのきっかけは、いつも私の至らなさにある。私が夫を傷つけて、怒らせて、夫大爆発……という流れ。

私たちは、いろいろと違う。
食べ物の好みも、金銭的な感覚も、その他こまごまとした価値観も。
物事をこなすスピードも違う(私が遅い)し、頭の回転も。
これだけでもなかなか大変に思えるけれど、私たちの間にはもっと致命的な違いがある。

それは、私が幼い頃から抱えてきた「違和感」
ずっと、自分は「人として大切な何かが欠けているんじゃないか」と思ってきた。
それでも、特に不自由はしていなかったけれど。夫と暮らすようになってからは、そうも言ってられなくなってしまった。


私は多分、恋愛感情として人を好きになることができない。
夫はそうじゃない。多くの人が持ち合わせている欲求だって、当然のようにある。でも私にはそれが分からない。
先天的なものなのか、後天的な要因によるものなのか、今後変わる可能性があるのか一生このままなのか、それさえも分からない。
そもそも、恋愛感情としての「好き」とそれ以外の「好き」の違いもよく分からない。
(そんな私がなぜ既婚なのかという経緯については、話すと長くなるのでここでは伏せる)

お互い、自分の気持ちに正直でいたいだけ。なのに、それが結果としてお互いを傷つけることに繋がってしまうという…… 言葉を選ばずに言えば地獄のような状態が11年も続いた。
(もちろん、常に地獄なわけじゃなくて穏やかなときもあるけれど)

数年前、自分以外にも「そういう人」がいると知ったときは光が差した気がした。
でも、それで私たちの問題が解決するわけでもなく。夫が納得できるはずもなく。

私たちは、出会ったときからボタンを掛け違えてしまっていたのかもしれない。
それでも11年関係を繋いできたのは、「もしかしたらいつか」という希望がお互いにあったからでは。
そしてそのお互いの希望は何度も打ち砕かれてきた。

まわりがイメージするような穏やかさとも、清らかさとも程遠い、泥臭い結婚生活。
私が今までに築いてきた人間関係の中で最も脆く、最も奇妙な他者とのつながり。

「今を否定するの?」
「後悔してるの?」
「幸せじゃないの?」

ライブ前日の会話の中で、夫が言った(言わせてしまった)言葉の数々。
それらを、『Forever you』を聴きながら反芻していた。
夫の言葉に、私は肯定も否定もできなかった。

そんな自分にとって、「過去(むかし)に後悔なんてしてない」と迷わず歌う坂井さんはそれはもう、眩しくて。『Forever you』は私に刺さってしまったのだ。


今回のライブでは披露されていないけれど、『夏を待つセイル(帆)のように』の歌詞がまた、今の気持ちにぴたりとはまる。

ただ 自分の気持ちに
真正直でいたいけど
それで人を傷つけることもあるね
ひとつに向かっているよ
そこには君がいるから

(夏を待つセイル(帆)のように)


私たちは、ひとつに向かっていけるのか。
「後悔なんてない」
いつか、胸を張ってそう言える日がくるのか。
今はまだ弱気なイメージしかできないけれど、諦めるには早いと思っている。


この件についてはそれだけでまる1記事書けてしまう勢いなのと、これ以上は本記事においてただのノイズとなり兼ねないので、ここまで。
またいつか、別記事で書けそうでしたらその時は……。


話をライブに戻しまして。
最後の最後はやっぱりこの曲、『負けないで』

あの印象的なイントロが鳴った瞬間、待ってました!とばかりに次々に観客が立ち上がっていく。
コーラス隊がぴょんぴょん飛び跳ねながら頭上で両手を叩いて手拍子をあおる…… といっても、観客の多くは誰に言われずとも既に力いっぱい手を叩いていたのだけれど。
私と夫も立ち上がって、ノリながら手拍子した。
ステージには、この日のゲスト全員が集い華やか。
その中心には、確かに坂井泉水さんを感じながら。

作詞にとてもこだわっていた坂井さんが紡ぐ、「負けないで」という絶妙な言葉選びが光るこの曲。
「頑張って」でも「諦めないで」でもなく、「負けないで」

負けないで もう少し
最後まで 走り抜けて
負けないで ほらそこに
ゴールは近づいてる


「忘れないで」「変わらないで」
そんな、少しエゴな自分の気持ちを自覚しつつも、夢に向かう「あなた」を尊重してまっすぐエールを送る。

期待と不安が入り混じる季節。
これから、新しい環境へ踏み出す人々へ。
今いる場所で踏ん張る人々へ。
大変な状況で藻掻きながらも前進しようとする全ての人へ向けて。
祝福に満ちた応援歌は、時代を超えてこの日会場にいた人々の胸にきっと響いていた。


「今日はどうもありがとうございました。また会いましょう!」

そう告げる坂井さんの声が、「また会いましょう」の「また」が、頭の中をぐるぐる巡った。


終演後、スクリーンには坂井さん直筆の?〈ライブに来て下さってありがとうございました♡〉というメッセージと、
〈また思い切り騒ごうね〉という『君に逢いたくなったら』のワンフレーズが映し出されていた。
オルゴールバージョンのBGMに見送られながら、会場を後にする。


夫と、ライブの感想を話しながら帰路に着いた。
と言っても饒舌に語り合う感じではなく、互いにぽつぽつと……だけれど。

夫がこの日、ラストの『負けないで』まで手拍子もせずサイリウムも振らずに観ていた理由も判明した。
夫にとってライブは「立って参加するもの」であって、この日はラストまでずっと着席状態だったため調子が出なかったのだとか。
『負けないで』で周りが一斉に立ち上がって、「これだよ、これ!」と、ようやく夫の中の何かが解放されたらしい(よかった)

手拍子などせず、静かに聴き入る……そういう楽しみ方もおおいにアリだし、今日の夫はそういう気分なのかなと思っていたけれど。
確かに、よくよく考えてみれば夫はどっちかっていうと率先してその場を盛り上げていくタイプだった。

「何回も泣きそうになった」
「やっぱり人付き合いは苦手だ」
と、夫がこぼす。

私から見れば夫は、とても社交的だ。
(比べる対象が私なので、当然といえば当然だけど)
でも確かに、昔は今よりどこか弱くて不器用な印象だったかもしれない。
夫は努力して、そんな自分を変えた人だ。社会で揉まれて、人と関わって自分を成長させてきた。
変わったけど、変わらない部分だってある。
そんな夫だから、この日のライブは一層いろんな意味で響いたのだろうと思う。

私はというと……
そんな夫の姿を見てきたにもかかわらず、どうにも幼く臆病なままな気がしてならない。
環境や、いろいろな要因もあったとはいえ、どっちかっていうとそれを口実に人とあまり関わらなくてもなんとかなる生活に甘んじている。
こんな私じゃ、夫の話についていけなくなるのも当然だ。
こんなところでも少しずつ、私たちはすれ違っていったのだろうな。

私はこれからどう生きていこう……?
ライブに行って、こんなふうに自分の今後の生き方を見つめ直すことになるなんて思いもよらなかった。いや、そうでもないかな……。
音楽やライブが、時に人生観にまで影響を与えることを私はすでに知っている。

めずらしい話じゃない。私だけでなく、あの日会場にいた一人ひとりがライブで受け取ったさまざまな思いを胸に、それぞれの日常を歩んでいく。
当然、上手くいくことばかりじゃないだろうけれど。
ふとした瞬間に「あの日」のことを思い出しては、自分や自分の大切な人たちに向き合いつづけるのだろう。
これからも、ZARDはじめ、たくさんの音楽とともに。


【坂井泉水さんの人物像】 

ライブから1ヶ月以上が経過した。
あの日を振り返りながら、改めてZARDの曲を聴く。来場者プレゼントの冊子などに目を通していく。
そんな日々の中で見えてきた、坂井泉水さんの人物像がある。

私にとってZARDの曲は幼い頃から馴染みがあるけれど、坂井泉水さんがどういう人なのかはほとんど知らずにいた。
今だって知らないことの方が多いけれど、ライブを経験する前に比べれば少しは彼女のことを知れたような気がしている。

私の記憶の中で、CDのジャケ写や映像で見る彼女はいつも俯きがちで憂いを帯びていて、表情も硬く。
人付き合いへの臆病さが垣間見える歌詞や、テレビにはあまり出たがらなかったという話からも、とてもシャイで繊細な人なのかなというイメージを抱いていた。

多分、それは間違いではない気がする。でも、ライブ会場のスクリーンに映し出された坂井さんは本当にさまざまな表情を見せていたのだ。

儚さ、可愛らしさ、大人っぽさ、頼れるアネゴ感、無邪気な素顔、ハツラツとした姿…… など。
静かで、アツくて、感情豊かで。
強さ、弱さ、優しさ、美しさ、繊細さ、大胆さ……
いろいろな一面が、絶妙なバランスで同居しているように見えた。

それはきっと彼女に限らず、誰にもそんな多面的な魅力が備わっていて。でも、日常で見えるのはその人のほんの一部分でしかない。

ふと、『心を開いて』の出だしの歌詞、〈私はあなたが思っているような人ではないかもしれない〉を思い出す。

自分を見せる怖さと、もっといろんな自分を知ってほしいという気持ち、そしてあなたのことも知りたいという気持ち。
心を開いて、他者との豊かな関係性を築きたいという気持ち。
創作において、彼女の根底にある「想い」のひとつのような気がしている。


また、(坂井さんの)歌うことや作詞に対するこだわりの強さ…… ひいては音楽への直向きで誠実な思いにも気づかされた。

・歌唱
歌唱については、坂井さんは「淡々と歌う」ことを常に心がけていたという。でも決して単調には感じない。
個人的なイメージだけれど、坂井さんはそれぞれの音がもつ役割に合わせて音を乗りこなしているような感じ。
感情を込めすぎず、淡々とまっすぐに。
そこにどのような意図があったのかは分からない。けれど、結果として生まれた「余白」にリスナーは自身を重ねながら聴くことができるのかもしれない。

また、ZARDの曲にはとても細かなニュアンスの音程が頻出することにも気付かされたのだけど、坂井さんはそれを絶妙に歌いこなす。
そして、ファルセット(裏声)をほとんど使わない。
高音でも地声(厳密には、地声のように聴こえる“ミックスボイス”かな……?)のまま、涼しい表情で歌い上げる坂井さんには驚かされる。

けれどもやっぱり、最大の魅力は坂井さんの「声質」にあると思う。
透き通っていて、さわやかで、陽だまりみたいで。
歌詞と溶け合って、言葉を心に響かせる歌声。
特徴やクセはそこまで強くなくとも、唯一無二だと思わされる魅力がある。


・歌詞
歌詞については、ZARDの場合はほとんどが「曲先」となっている。
今回のライブにもゲスト出演したアーティスト陣を含め、さまざまな作曲家がZARDに曲を提供。それを聴いて坂井さんが詩を書いていくスタイル。

坂井さんは、「歌詞はメロディーが教えてくれる」と言う。
メロディーを初めて聴いたときのイメージやインスピレーションを大切に、何度も曲を聴き込んでいく。
すると、“私を選んで〜”と言葉が訴えかけてくるのだ、と。
だからなのか、1曲を通してひとつのストーリーというよりは、フレーズごとに意味が独立しているような印象の曲が多い。
その分、聴く人によってさまざまな解釈ができる余白も多いのかも?


以前の私は、ZARDの曲には恋愛ソングが多い印象を抱いていた。
故に、こんな歌詞が書ける坂井さんは恋多き人だったのかなぁと思っていたのだけれど。今は少し違う。
恋愛に限らず、友愛、家族愛……など、それらすべてをひっくるめた「人間愛」にあふれた人なのだろうと感じる。

2004年のライブで彼女が語った「言葉を詩を大切にしてきました。音楽でそれが伝わればいいなと思っています」という言葉からは、音楽や言葉そのものに対する愛も伝わってくる。

また、『永遠』のように「(坂井さんなりの)大人の恋愛の歌を書いてほしい」と言われて書いたというエピソードもある。
「こういう詩を書いてほしい」といった要望にも柔軟に対応できる想像力、ひいては創造力も彼女の強みだったのかもしれない。


・孤独、さみしさ

ZARDの曲を繰り返し聴いていて個人的に気になったのが、坂井さんが描く「孤独」や「さみしさ」

ひとりでいるときの淋しさより
二人でいる時の孤独の方が哀しい
(マイフレンド)


私だけが孤独なの? why?
形だけの words of love
(瞳閉じて)


“約束だから海にきた”って感じが
一緒に居るのに淋しいよ
(瞳そらさないで)


こんなにそばに居るのに
黙らないで lovi'n you
(こんなにそばに居るのに)


この降りそそぐ ビルの星空に
ふと孤独感(ひとりきり)がよぎる
(かけがえのないもの)


恋をしていても ときどき すごく不安になる
どんなに忙しいときも ひとりになると寂しい
(My Baby Grand 〜ぬくもりが欲しくて〜)


孤独な時間抱きしめて
人は大人になるから
(あの微笑みを忘れないで)


きっと心が淋しいんだ
他人(ひと)に期待しない あてにしない 信じたくない
(Today is another day)


華やかさの中で感じる孤独や、誰かと心が触れ合ったから、誰かと一緒にいるからこそ感じる孤独感が度々描かれている。

そして、「さみしさ」一つとっても曲によって表記が「淋しい」だったり「寂しい」だったりと統一されていない。
孤独やさみしさにもいろいろあるからこそ、曲ごとにその微妙なニュアンスを使い分けていたのかな。


・まっすぐさ

ZARDの曲、坂井泉水さんの言葉は、まっすぐだ。
『負けないで』や『マイフレンド』など、聴いていると無条件に勇気や力が湧いてくる曲が多い。

ストレートな言葉選びは、人によっては「ありきたり」に聞こえるかもしれない。
でもそんな、ありきたりで真っ直ぐな言葉を日常でどれだけ伝えられているだろう。

本当はこう伝えたいけれど、余計なお世話かもとか、綺麗事って思われるかもとか、この気持ちを伝えてしまうと相手の負担になるかもとか……
いろいろ考えすぎた結果、言葉を飲みこんでしまった経験はたくさんある。

傷つけたくないから。傷つきたくないから。
誰かに気持ちを伝えるとき、常に悩み揺らいでいる。
でも、歌なら。素直な気持ちを表現できるかもしれない…… と坂井さんが思ったかどうかは分からないけれど。

大人になるにつれ、うまく伝えられなくなる思い。でも、誰もがきっと心の中に秘めている思い。
そんな思いをまっすぐに歌ってくれるから、ZARDの曲は、坂井さんの歌詞は多くの共感を呼ぶのかもしれない。

人が人を思うまっすぐな気持ちや、少しわがままな気持ちが人を励ますこともあるのだと、ZARDの曲は教えてくれるように思う。


・揺らぎ

ただ真っ直ぐなばかりじゃない。
歌詞や登場人物の心には「揺らぎ」が多くみられる。
相反する気持ち、矛盾しているように見える気持ち。
行ったり来たり、そんな「揺らぎ」を大切に歌に込めているように感じるのだ。

言葉は、時に人の心や行動を縛る「枷」となるけれど、心に寄り添い一歩踏み出す勇気を与えてくれるのもまた言葉で。


例えば『マイ フレンド』や『負けないで』のような応援ソング。
相手を応援する気持ちの中に、「あなた」が変わってしまうのでは……という不安が見え隠れする。

「応援してるよ」と「変わらないで」
どっちが本音なの? は、多分どっちも本音で。

大切な人には頑張ってほしい。でも変わってしまうのは寂しい……という思いは、一度でも誰かを心の底から応援したり、「推し」たりしたことがある人なら共感できるのでは。

大切な人が前へ踏み出そうとするとき、それはとても喜ばしいことのはずなのに、少し寂しいと感じてしまう自分がいる。その人を遠くに感じてしまうからかな。

「行かないで」「変わらないで」って、その人の世界が広がるのを恐れたり、引き止めるんじゃなく、応援しているからこそ前へ進む勇気を祝福したい。そういう自分でありたい。
変化や成長を一緒によろこび、応援できる自分でありたいと思う。
そんな揺らぎがあるからこそ、「まっすぐ」なメッセージがより光る。

勇気を出して踏み出そうとする人の不安に寄り添いながら、前へ進めるよう促してくれる……
ZARDの応援ソングは、誰かのことを応援しながら、自分のことも鼓舞する応援歌として人々の心に勇気を与えつづけているのかもしれない。


 音楽や物語など、創作をする人にとって最も嬉しいことって何だろう。
その答えは人によってさまざまだと思うけれど、私は「作品が」誰かの心に残りつづけること、語り継がれることじゃないかと思う。

私は音楽が好き。素晴らしい音楽に出会うと、誰かに伝えたくなる。思いの丈を綴りたくなる。
こんなに素晴らしい音楽があるんだよって知ってほしくなる(もちろん、自分の中だけでじっくり大切にしたいときもあります)

私は、今回のライブを通してZARDの曲の素晴らしさを再認識することができた。
子どもの頃の「なんとなく好き」から、さらに深く曲を知って、自分自身もさまざまな経験を重ねたことでより一曲一曲が響くようになった。
ライブで初めて知った曲もある。家に帰って、セットリストを振り返りながら、冊子を読みながら曲を聴いて、さらなる発見や新たな「好き」にも出会えた。
こういう時間がとても幸せで。ああ、だから音楽が好きなんだよなと思う。

世代を超えて、歌い継ぐ人たちがいて。演奏を支える人たちがいて。
そして、今でもZARDの音楽を愛しつづけるファンがいて。
実際に会場に足を運んだ人も、配信で参加していた人も含めて、「ZARDの音楽が好き」という想いで集い、繋がっている空間がそこにはあった。
ZARDの音楽が、たくさんの人の想いによって受け継がれ、語り継がれてきたのだと、そのことを実感できるライブだった。

ライブ後、SNSを覗けばたくさんの感動の声であふれていたし、SNSの外側でも、この日のライブやZARDの楽曲について語り合う光景があったのだろうと想像できる。
こうしてnoteで感想を綴っている私もまたその一人。


「自分の作る音楽によって、より多くの人の心を突き動かすことが出来たなら……
それが私の夢でしたから」

(ZARDが支持され続けることに対して '01/5月号 SAY)

生前、そう語っていた坂井泉水さん。
彼女の作品が「語り、歌い継がれること」は、坂井さんの「夢」を繋いでいくことになるのかもしれない。
直接尋ねることは叶わないけれど、こうして今でもライブが開催されたりすることが彼女と彼女の作品にとっての幸せであったらいいなと思う。


この1ヶ月ちょっとで、私はZARDをもっと好きになった。
ZARDが愛されている理由に触れて、それでもまだまだ知らない魅力やいい曲がたくさんあることにも気付いた。
これって私にとってとても幸せなこと。これからも、こんな幸せを増やしていきたい。

人も世の中も変わっていくけれど、変わらないものもある。
例えば私も、もしかしたらいつか人とかかわることが苦手じゃなくなる日がくるかも(?)しれない。
もしそんな日がきても、ZARDの曲や坂井さんの歌詞に心を動かされた自分がいたことは変わらずに覚えていたい。
変わることを恐れすぎず、遠慮しすぎず。
自分なりに一歩ずつ進んでみることにする。

ZARDに限らず、この世に存在するさまざまな音楽が末永く語り継がれていくことを願いながら。


2022.2.4
『What a beautiful memory 〜軌跡〜』 大阪公演 セットリスト


01.きっと忘れない
02.もう少し あと少し…
03.雨に濡れて
04.世界はきっと未来の中

〜ゲストアーティスト登場〜
05.君に逢いたくなったら (葉山たけし)
06.突然 (葉山たけし&浅岡雄也)
07.DAN DAN 心魅かれてく(葉山たけし&浅岡雄也)
08.かけがえのないもの (大野愛果)
09.瞳閉じて (大野愛果&徳永暁人)
10.遠い星を数えて (徳永暁人)
11.永遠 (徳永暁人)
12.瞳そらさないで (池森秀一)
13.翼を広げて (池森秀一)

14.こんなにそばに居るのに (バンドメンバー紹介)
15.My Baby Graund 〜ぬくもりが欲しくて〜
 (サイリウム&メッセージ・フラワーギフトの演出)

16.あの微笑みを忘れないで (川島だりあ)
17.Good-bye My Loneliness  (川島だりあ&大黒摩季)
18.愛は暗闇の中で (川島だりあ&大黒摩季)
19.揺れる想い (大黒摩季)

20.if you gimme smile
21.心を開いて
22.Today is another day
23.君がいない
24.マイ フレンド
25.Don't you see!

アンコール
26.Oh my love
27.Forever you
28.負けないで (全員)

※SNS上でセットリストを上げてくださっている方のを参考にいたしました。お礼申し上げます。


▶︎2022.2.10 東京公演より、ダイジェストムービー


会場にはさまざまな展示もありました。

画像1

画像2

本当はもっとたくさんあったけれど、あまり立ち止まって見ている余裕がなかったので写真は少ないです。


グッズは買わないつもりでしたが、ライブで聴いた『Today is another day』がとても良かったのと、長らくなかなか読めずにいた紙の本(小説とか)を再び読めるようになってきたタイミングも合わさって、ブックマーカー(栞)を購入しました。

画像3

最近の読書のおともです。


現在、ZARDの曲はバージョン違いなども含めた全389曲(!)がApple MusicやSpotifyなどの音楽配信サービスで聴けます!
気になった曲があれば、ぜひ聴いてみてくださいね。

Apple Musicの方限定にはなってしまいますが、セットリストのプレイリストも公開しております。


これからも音楽であふれる世界でありますように。

こんなに長い個人の記録…… 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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