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フランス人とヴァカンスと、ワクチン

衣替えをしたのにセーターを引っ張り出してこないといけないような、肌寒い日が続いていたパリですが、ここ1週間でようやく夏らしい気候になってきました。フランスの夏と言えば、ヴァカンス!日本にいた時には信じられませんでしたが、パリに住み始めて驚きました。フランス人は本当に夏1ヶ月まるまるヴァカンスへと旅立ちます。もちろん貧富の差もありますし、仕事によっては休みを取れない人もいるでしょう。が、私の周りでは夏は働かない人が過半数です。正社員や公務員であれば年間5週間の有給の取得が保証されています。いつもは朝から賑わう、うるさい通りに住んでいても、8月1日になった瞬間朝は鳥の鳴き声で目が覚めるくらいに、パリの街から人が消えるのです。

私はフリーランスで働いているため、有給の恩恵を受けることができないのですが、8月中は写真スタジオも閉まり、クライアントも夏休み。撮影はほとんどありません。去年はロックダウンで3月から5月まで一切の仕事がなかったため、もしかして8月でもお仕事かなあ〜なんて思っていましたが、去年は”ロックダウン疲れ”もあり、例年より早めにヴァカンスへ旅立つ人が多かった印象です。

夏になると公共手続き系はほとんどストップ。仕事のメールなんかも、out of officeという自動返信メールが返ってくるだけ。週末にいつも行く野外市場は、7月の後半に入ると出店者が減っていきます。8月になると近所のパン屋さんやレストラン、カフェもほとんど閉まってしまいます。美味しいものが手に入りにくくてちょっと不便です。

先日よくアシスタントをさせてもらっているフォトグラファーが、「○○(日本の有名なブランド)の撮影の仕事のオプションがあるんだけど、撮影予定日が8月の中旬なんだよ!最終週ならともかく、中旬ならやらないなあ」と言っていたのですが、その後フォトグラファーのエージェントから、「撮影が9月1日になったんだけど、アシスタントできる?」と連絡がきました。撮影スケジュールもヴァカンスを中心に回っています。

一体どうやって社会が成り立っているのか、本当に不思議です。1ヶ月間みんなが仕事をしなくても、何とかなるものなんですね。

もちろんお医者さんもヴァカンスへ行きます。フランスにはかかりつけ医制度というものがあり、まずはかかりつけの個人医院で診断してもらい、必要があれば専門医を紹介されるというシステムです。かかりつけ医の紹介状なしに専門医へ直接行くことも可能ですが、その場合保険の還元率が下がり医療費が高額になるため、まずはかかりつけ医に診てもらうことが一般的だそうです。笑えない話ですが、かかりつけ医から詳しい診断はヴァカンスの後にしようと後回しにされて、病気の発見が遅れて重症になってしまうこともままあるそうです。


フランス人にとってヴァカンスがどれほど大切なものなのかは、エリック・ロメール監督『緑の光線』に学ぶのがオススメです。


ヴァカンスをドタキャンされたデルフィーヌが”本当”のヴァカンスを求めて彷徨う一夏の物語。落ち込むデルフィーヌをみかねた友人に誘われて、その友だちたちのヴァカンスに参加するものの居心地悪く感じたり、一夏の出会いを求めるも、チャラい男は嫌だし。良い歳したデルフィーヌが、本当のヴァカンスに行きたいの〜!!と泣き出すシーン、フランス人のヴァカンスにかける並並ならぬ想いが伝わってきて面白いです。


しかし調べてみるとヴァカンス、つまり有給休暇が一般労働者に与えられた歴史は意外にも浅く、1936年に2週間の有給が法で定められたのが始まりで、その後1956年に3週間に、1969年には4週間へ、そして1981年に現在の5週間へと徐々に増えていったそうです。


最近、フランス人って本当にヴァカンス命なんだなと感じたのが、コロナのワクチン接種についての反応。7月12日にマクロン大統領から新しいコロナ対策について発表があり、曰く、

・医療、介護関係者のワクチンの義務化。9月15日以降ワクチン未接種の場合就労の禁止、罰則

・7月12日以降、50人以上が集まる施設でのワクチン接種証明か陰性証明の提示義務化

・関連法案が採択され次第、8月上旬以降はカフェ、レストラン、大型商業施設、病院、高齢者施設、医療社会施設や、長距離移動の航空機、列車、バスにおいて、顧客・利用者・職員にかかわらず、ワクチン接種証明か陰性証明の提示義務化

・現在無料でいつでも受けられるPRC検査を、秋以降有料化


と、唐突に非常に過激な決定がなされたのです。


これらの発表に対し先週からフランス各地でデモが行われていますが、マクロン大統領の発表があった12日の夜には、80万人以上がワクチン接種の予約を取ったそうで、予約サイトは数時間待ちだったとか。

8月以降はワクチン未接種の場合レストランやカフェにも行きにくくなる。長距離移動のたびにPCR検査を受けて結果を待って、というのは非常に面倒。ホテルに宿泊するのにも陰性証明が求められるかもしれません。このタイミングでこの発表、これではヴァカンスを人質に取られたようなものです。何をするにも時間のかかるフランスなのに、80万人も一気にワクチン接種の予約を取るとは。ヴァカンスを天秤にかけられるとここまで迅速に動く、フランス人のヴァカンス熱を感じました。

もちろん、ヴァカンスだけでなく、これではワクチン未接種では日常生活を送ることも危ぶまれます。今までワクチンに対し懐疑的であった人も、もうちょっと様子を見ようと思っていた人も、接種が強制ではないにしろここまで制限されると打たざるを得なくなるのでしょう。

しかも、現在新しい法案として、ワクチン未接種者は解雇しても良いと言う法案の審議が行われています。

まさかフランスでこんなにも過激な方法でワクチン接種が進められるようになるとは、思ってもみませんでした。青天の霹靂です。普段から何かにつけて反対の声を上げ、自由を侵されることを何より嫌うフランス国民だったのに。

ワクチンを打つかどうか、もうちょっと様子を見たいです。でもそう言うのも憚れる雰囲気です。住みにくい世の中になってきました。



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