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連載小説「オボステルラ」 【第三章】11話「その男の正体」(2)
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11話 その男の正体(2)
そのとき、バタンと宿のドアが開いた。
「ゴナン……!」
エレーネがゴナンの帰還を伝えに行っていたのであろう。ミリアが、まだ跳ねたままの寝癖も気にせず出てきて、ゴナンの方へと駆け寄ってきた。
「リカルド、ナイフちゃん、ちょっと、どいていただける?」
そう言って2人を押しのけゴナンの正面に来たミリアは、尻餅をついたままのゴナンの頬をペチッと叩いた。といっても、先ほどのナイフに比べれば、撫でられた程度の威力ではあるが。
「えっ、また?」
「ちょ、ちょっと! ミリア?」
リカルドとナイフが戸惑う中、ミリアはゴナンの前にひざまずいた。
「ゴナン…! 無事でよかった…。でも、どうして何も言わずに出ていったの? リカルドが、あなたを心配して、まるで別人のように弱ってしまったのよ。こんな仕打ち、ひどいわ…!」
「ミリア…」
また呆然とするゴナン。ドズが慌ててしゃがみ込み、ミリアを制する。
「お嬢さん、そのくだりは先ほどナイフ殿が一通りやっているから、もう勘弁してやってくれ」
「……!」
そう声を掛けられて、ミリアはビクッとドズを見上げる。その異様な風貌に一瞬怯えたが…。
……と、ドズは突然、しゅっと立ち上がった。そして鎖を手で持ち、2歩、3歩と後ろに下がる。
「あれ、ドズさん?」
「……ゴナン、仲間が見つかってよかった。これから私……、お、俺は、警察に行ってあの鉱山のことを報告してくる。養生して元気に過ごせよ」
急に今までよりもぶっきらぼうな口調になって、いそいそと立ち去ろうとするドズに、ゴナンは戸惑う。
「待ってよ、ドズさん。まだ、ちゃんとお礼を……」
「気にするな。気持ちは受け取った。では」
そう言って後ろを向き、足早に立ち去るドズ。ミリアは首を傾げつつ、その後ろ姿を見てハッと気付いた。そして、声をかける。
「お待ちいただける? ドズ様」
しかし、ドズは構わず歩き続ける。ミリアは立ち上がり、良く通る凛とした声で続ける。
「止まりなさい! ディルムッド・ショーン!」
「!」
ドズはその声に、ビッと気をつけをして止まった。彼は彼女の命令には、逆らえないのだ。
「…え? ショーン…?」
「やっぱり…。こちらに戻ってきなさい、ショーン卿」
ミリアのその言葉に、ドズは一瞬、躊躇いつつも、踵を返してキビキビと一行の元に戻ってくる。そして、大きな体を真っすぐに伸ばし、気をつけの姿勢でミリアの前に立った。
「……どういうこと? ショーン卿って…」
リカルドがミリアに尋ねる。
「ショーンって、あの騎士家のショーン家のこと?」
ア王国で武家の名家として名高いショーン家。歴代のショーン騎士の列伝は、絵物語になって王国の子ども達に愛読されている。いわゆる、この国のヒーローのような存在だ。
「それにディルムッドといえば、ショーン兄弟の弟の名だ。当代ショーン侯爵の次男坊で、ショーン家歴代最強とも言われている騎士じゃないか…」
いや、実際はもう1人、王子の影武者をしていた弟が居て、ショーン三兄弟だったんだっけな、とリカルドは、ミリアが影武者について語った話を思い出す。
ミリアはリカルドの丁寧な説明に、頷いた。
「ええ、そうよ。王国騎士団のディルムッド・ショーンよ。髪でお顔が見えなくて分からなかったけど、あの岩のような後ろ姿は、そうそう見違えないわ」
岩、言い得て妙だな…、と、リカルドはドズ、もとい、ディルムッドの体を見ながら感心する。ナイフも「やっぱり、騎士か軍の上長あたりだと思ったのよね…」と自分の予想が合っていたことを確認した。
ゴナンは、座り込んだまま、その名を聞きぽかんとしている。
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「…ドズさん、ギャングの親玉じゃなかったの?」
「ギャング? 何だ、それは?」
気をつけの姿勢のまま、ゴナンに答えるディルムッド。
「…人を何人も殺して鉱山に流れてきたギャングの親玉だって、聞いてた」
「ぷっ、ギャング…」
ナイフは思わず吹き出す。彼の全身は鍛錬と自己管理によって見事に統制された肉体だ。怠惰や妥協がかけら程も感じられない。こんなギャングがいようものなら、悪党でも随分、見直すものである。
(…騎士…、ショーン騎士……。あんなに強い…)
子どもの頃、唯一読んだことのある絵物語が、ショーン騎士の物語。あの本を思い出し、憧れて剣を持ちたいと思った。ゴナンはまた、キラキラとした目でディルムッドを見上げる。
「でも、事情があって軍を離れているの。家も出ているから、今は一般人ではあるのだけど」
「……へえ、そうなの? 知らなかったな」
「…公にはされていないから」
そう言ってミリアは、直立不動のディルムッドに寄り添い、声を掛けた。
「あなたが行方知れずと聞いて、わたくしは心配していたのよ。あなたには、何の責もないことなのに…」
「……、それは違います。殿下」
「ショーン卿、いえ、……ディルムッド、楽にして。城を出てから、どうしていたの? なぜ、このような、なんとも言えない風体に…。それにどうして、わたくしから逃げようとするの?」
「…殿下。質問で返して恐縮ですが、私の方がお聞きしたい。なぜ、このような場所におられるのです。一瞬、目を疑いました」
許しを得て気をつけの姿勢を崩したディルムッドは、ミリアに被さるような勢いで尋ねる。
「こんな、街の娘のような格好で、御髪も短くされて、ろくな護衛も連れず……」
と、そこまで言って、ディルムッドはエレーネを見、そしてナイフを興味深げにじっと見る。
「…いや失礼、護衛は足りているようだ。ともかく、あなたはまだ城外には出てはいけないお立場です、殿下…」
「ディルムッド、わたくしは王女ではないわ。影武者よ」
「ん?」
王族の護衛任務に就いていたディルムッドは、このミリアが「本物の方」であることを知っている。お忍びで市井に出ているとして影武者を装うにしても、結局、影武者も城外には出てはいけないのだが…、いやそもそも、あえて影武者と名乗ることに何の益があるのか…、などと首をひねらせる。ミリアはさらに、胸を張った。
「実は王女の影武者である普通のミリアなの。あなたもそのように振る舞って」
「……は……?」
さらに意味が分からず、ディルムッドは事情を知っていそうなリカルドの方を向いて助けを求めた。リカルドは少し申し訳なさそうに、苦笑いだ。
「まあ、その、そういう設定で」
「……そうか…。承知した…」
何かを察してそこは深く突っ込まず、さらにミリアに尋ねるディルムッド。
「殿…、実は影武者の普通のミリア様。それで、なぜこのような場所に…。この者達と旅をされているのですか? 王…、お父上は承諾されているのか?」
「ディルムッド。わたくしはもう、城には戻りません。お父様には手紙でそう言付けて、こっそり出てきたの。サリーがいるから大丈夫よ」
「な…」
ディルムッドはかがんで、ミリアと目線を合わせる。
「なぜ、そのような事を…。あなたまでそうなっては、陛下は……」
「……」
そのディルムッドの圧に押されて、ミリアは少しよろけた。そのままふらついてしまい、往来を歩いている人にぶつかってしまう。
「…あ、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ失礼……。ん?」
と、ぶつかったその人物は、ミリアの顔をじいっと見た。
「……あれ? 髪切ったんだね、ミリアさん」
「…ヒマワリちゃん?」
それは、ふらっと通りがかった様子のヒマワリであった。
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