連載小説「オボステルラ」 【第二章】24話「道、拓ける」(2)
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「カーユなら、ファイアグラムを使うんじゃなかったかしら」
そのとき、ドアの外から声がした。エレーネである。
「穀物のファイアグラムと薬草のウィンドリーフを、お湯で煮込んでドロドロにさせる料理だったかと思うわ。味付けは塩と…」
「そ、そうなの?」
リカルドがエレーネにすがりつき、その手を握る。ギョッとするエレーネ。
「え、ええ…。東の方の国の料理よ。私も何度か食べたことがある程度だけど、確かに体調が悪いときに食べる習慣があるようなことを、聞いたような…」
「ファイアグラムとウィンドリーフなら、たぶんこの街でも手に入るよ。お店の買い出しついでに、今から買ってこようか?」
「ほ、ほんとに! ありがとう」
今度はヒマワリの手をギュッと握るリカルド。ヒマワリはリカルドをじろりと睨む。
「その美女にもこの美少年にもてんで興味を持たないくせに、ゴナン愛だけ強すぎない…?」
「え、そうかな? とにかく、頼めると嬉しいよ」
「オマカセ~。ただ、作るのは無理だからなんとかしてね」
エレーネにそう言って、「ね、その前にエレーネさんの部屋探検させて!」と押し入り、一通り荒らしていくヒマワリ。そして1階に降りると、考え事をしているロベリアを買い出しの付き添いに引っ張り出している様子だ。嵐が過ぎ去ったようだ。
「いやあ、賑やかしいね」
そう笑いながらも、これだけ騒々しかったのに目を覚まさないゴナンを、心配そうに見るリカルド。が、部屋に残ったままのエレーネに気付いた。
「えっと、エレーネ。お見舞いに来てくれた? それとも、他に何か用事があったかな?」
「いえ…。特に用事という用事はないんだけど、結局、私は、どうすればよいのかしら」
「……あっ」
少し困ったような笑顔を浮かべるエレーネに、はっと気付いたリカルド。ゴナンにかかりきりでうっかりしていたが、ミリアが引っ張ってきて以来、3日間も彼女を放置状態だった…。
「そうだよね、申し訳ない!」
イスから立ち上がり、エレーネに頭を下げて詫びるリカルド。
「私は特に急ぐ旅ではないし、構わないのだけど。あのお姫様がそろそろ、何か動き出しそうな雰囲気だから…」
「ああ……」
うーん、と頭を抱えるリカルド。同行者が増えるのは構わないが、王女と一緒に巨大鳥を追う旅だなんて、考えただけでも胃に穴が空きそうだ。
「……ん? お姫様……?」
リカルドはエレーネが口にしたその呼称に気付いた。ミリアの素性を、彼女に話しただろうか?
「あれ? ミリアに聞いた?」
「いいえ。だけど、あの子の口からちょこちょこ『王家』とか『城』とか『影武者』って言葉が出てくるし、名前もこの国の王女様と同じ名前だから、てっきり…。違うの?」
(……バレバレじゃないか……!)
全然、素性を隠せていない。察するにエレーネは恐らく勘の鋭いタイプだとは思うが、街に降りてくるはずのない王女の素性が、この短い期間ですでにリカルドとエレーネの2人にあっさりばれているのだ。もう少し慎重になってもらわないと…。
「…僕まで頭痛がしそうだよ……」
「心中お察しするわ」
「……リカルド、頭痛いの? うつったかな?」
と、ゴナンが目を覚ましたようだった。心配そうに、リカルドを見ている。
「……ああ、ゴナン、大丈夫だよ。これは別口だから」
「?」
「さ、ゴンの実があるから、少しでも食べてから薬を飲もう」
「うん…」
そう言って体を起こし、ゴンの実をかじるゴナン。が、二口ほどで止めてしまった。頭も痛そうだ。薬を飲んで、またベッドに横になる。すぐに眠ってしまった。
「……」
ゴナンも心配だが、ミリアのことも決断しなければならない。
「……エレーネ、いろいろ話をしたいんだけど、ミリアと一緒に下に来てくれるだろうか?」
「ええ、いいわよ。お姫様を呼んでくるわね」
そう微笑んで、隣の部屋へと向かった。なんとも精神が安定しているというか、頼もしい女性のようだ。
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「ええと、まずは、この子は我が国の王女殿下で…」
「の、影武者よ」
店のラウンジにあるテーブル席で3人は会議中。ミリアはそう胸を張って付け加える。
「……実は王女殿下の影武者である、ただの、普通のミリアさん、です」
「…ええ、まあ、わかったわ……」
なんとなく空気を読んでくれるエレーネ。本当によくできた女性である。
「…そして、信じがたいかもしれないが、巨大鳥に乗って城から脱出してきたという人物です…」
「……は……?」
さすがに驚きの表情のエレーネ。研究しているからこそ「実在するかどうかも定かではない生き物」ということをよく理解しているからである。
「北の村で、彼女が巨大鳥に乗っている姿を僕らも一度見ているんだ」
「…そう…」
「まあ、その話はおいおいするとして…。エレーネ。あなたのことも尋ねていいかな? 年齢が23歳というのは聞いたけども…。あなたの立ち振る舞いを見るに、ただの旅人というよりは、どこかの貴族のご令嬢ではないのかなと思うのだけど…」
「……」
「改めての確認だけど……、ミリアは、この人を以前から知っているわけではないんだよね?」
「……ええ、お城でお目にかかったことはないとは思うわ」
王国で上位の貴族ならば、パーティなどで令嬢同士が交流することもある。もちろん影武者も一緒なので、貴族側にしてみれば同時に複数の王女と交流することになり、なかなか大変なようだ。
「そうか…、王族お目見えくらいの格の貴族の人じゃないかと思ったんだけどなあ」
「…シーランス博士は、恐ろしいほどの洞察力を持っているのね」
少し微笑んでエレーネは答える。
「博士はやめてよ。リカルド、で良いよ」
「リカルド、あなたの言うとおり、私はある程度の格式のある家の出だけど、外国の者なの。帝国ではないわ。でも、国と家の名前は…、明らかにはしたくない」
「実は自分も王女様でした、とかは、ないよね……」
「流石にそれはないわよ、安心して」
そういって笑うエレーネ。
「巨大鳥を追っている理由は…、まあ、道楽ね。卵で願いが叶うという説に興味もなくはないけど、それは話半分、という感じ」
「道楽……」
どうにも肝心な部分ばかりが、ふんわりごまかされている気はするが…。
(……まあ、ナイフちゃんが警戒していなかったし、僕の巨大鳥の論文を写して持ち歩いてくれている人に悪い人はいないはずだから、大丈夫だろう)
そう楽観的に判断して、リカルドはミリアに向き直った。
↓次の話
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