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連載小説「オボステルラ」 【第二章】52話「リカルドの人生」(6)


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第二章の登場人物




 だが、そう尋ねられたゴナンは、真っすぐな強い目線でリカルドの瞳を見返してきた。そして、少しも迷う素振りもなく、すぐに答える。

「なぐさめとか、リカルドの言う『ユーの民』のことを軽んじてるとかじゃ、ないんだけど…」

「……うん?」

「…その、自分の命がいつまでって分かっているのは、悪いことばかりじゃないのかな、って思うんだけど…」

「……」

ゴナンは、そう口にしてから後悔した。きっと、リカルドに嫌な思いを抱かせる言い方だった。お前に何が分かるんだ、と。
でも、リカルドは優しく微笑む。

「いいよ、続けて?」

「…だって、人間はいつ死ぬか分からない。俺も、村で死んでてもおかしくなかったし、ミィだって、自分が大人になって恋したり結婚したりするんだって、思ってたはずだし…。それに、あの、ミーヤさんと、赤ちゃん…」

「……」

北の村でリカルドと初めて会ったとき、すぐそばで飢えて亡くなっていた母と子。あのとき心が渇ききっていたゴナンは何も感じていなかったが、自身が恵まれた環境に身を置く中で、徐々にあの村の光景の残酷さが、哀しさが、ゴナンの胸に押し寄せていた。

「…あんな小っちゃい赤ちゃん、何もしないまま、死んじゃうなんて……。ミーヤさんも、赤ちゃん、守りたかっただろうに。ほかにも、みんな、みんな…。でも、リカルドは、自分がいつ死ぬか分かってるから、その日までに最善を尽くせるんじゃ、ないの? そりゃあ、自分が死ぬ日のことを考えるのは、俺の想像がつかないくらい怖いことだとは、思うけど…」

リカルドはじっと、ゴナンを見つめた。あの村で飢えを目の当たりにし、為す術なく命が失われる理不尽を経てここにいる、ゴナンの瞳と言葉。

「リカルドは『その日』まで、できることを少しでもやろうとして、それでいろんな勉強をして、旅して回っているんでしょ? 村では自分の知ってることをみんなに教えて、誰もできなかった泉だって掘ったじゃないか」

「……」

「……俺は、リカルドが先のない人間だなんて思わないよ。一緒に旅して、俺がまだ知らないいろんなことを、教えて欲しい……」

 そう言って、おずおずとした表情になってリカルドを見るゴナン。リカルドは、少しだけ呆然としていたが、すぐに優しい笑顔になった。

「……そっか、そうだね…。……ありがとう…」

「それに、それにさ…」

ゴナンは少し瞳を輝かせて、続ける。

「もし時間が足りなくて、リカルドが何かをやり残してしまうことになったら、俺がそれを、継げるから…」

「……!」

そのゴナンの言葉に、リカルドは、何かに打たれたような表情を見せた。少し泣きそうな、こらえるような、でも少し笑っているような、かお



「……ゴナン…。君まで、この馬鹿げたユーの呪いにとらわれる人生を送って欲しくはないんだ。言っても、僕らはまだ出会ってほんの数ヵ月の関係性だ。そんな僕のために、君の人生を費やすことはないんだよ」

リカルドはそう言って膝を立て、顔を埋めた。

「…でも、その言葉は、とても、嬉しい」

そう、小声で付け加えた。リカルドの中で、何かが少しだけ、報われたような…。



少しだけ無言の時間が続く。

と、ゴナンが「あっ」と声を挙げた。
「流れ星、今、流れた」
「えっ?」

リカルドは慌てて顔を上げるが、もう流れてしまった後だった。

「流れ星が流れると、幸せが届くっていう言い伝えもあるよね」
「北の村ではそうなの? 流れ星に願い事を3回すれば叶うって、よく言うよ」

流れ星一つ取っても、言い伝えが微妙に違う。その事実に、自分がやろうとしていることのはかなさとあやうさを改めて感じ、自嘲気味に笑うリカルド。しかしすぐに、笑みを消し、少し辛そうな顔になる。

「ゴナン……。…できれば、僕の寿命も教えておこうかと思うんだけど」

「…いや、いい。それは知りたくない」

ゴナンは、きっぱりと拒絶した。

「あ、やっぱりそうだよね…」

「…たぶん、リカルドがおじいちゃんになるまでは生きないんだろうなってことは、何となく分かったけど。でも俺、毎日、残りの日にちを数えてリカルドに同情しながら生きていくのは、嫌だ」

そう言って少し目を伏せた後、再度リカルドを見た。

「普通の人間はいつ死ぬか分からないのが当たり前だから、『普通』と同じにしてほしい…」

「普通……」

リカルドは少し目を見開いた。

「僕が、普通と同じに、か…。ふふ……」

そう言って、リカルドはぐっと背伸びして、上半身のアザを星の光にさらすかのように岩にもたれかかり、夜空を見上げた。

「そうだね。わかったよ。ゴナンがそう言うなら、『普通』に生きて、そして死ぬまで全力で走り回らないとね。何せ僕は、死ぬまでは絶対死なないから」

「……」

 ゴナンも同じように岩に寝そべり、彼方星を見上げた。ゴナンの胸の中は、落ち着かずグルグルとしていた。

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