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連載小説「オボステルラ」 【第三章】10話「扉の向こう」(4)


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第三章の登場人物



10話 扉の向こう(4)


 夕方になり、作業が終わる時間になった。

岩を掘る担当の者達は、ツルハシを私兵に渡した後、足枷から解放される。しかし、ドズの枷は外されなかった。

 グレイが説明にやってくる。

「ドズさん…。その坊やになぜ入れ込んでいるのか知らねえが、俺たちにとってあんたは、力持ちで便利な協力者から、ただの脅威に変わった。その足枷を外して自由に行動させるのすら恐ろしい。あんたとの信頼を再構築できるまで、ひとまずこのまま、ここで過ごしてくれ。そいつと一緒で構わない」

「……わかった、問題ない。管理棟に薬はないのか? できればこの子に…」

「冗談は寝てから言いな。『処分品』に薬をやってどうする」

吐き捨てるようにグレイは言う。

「…食事は持ってきた。そいつのはねえがな。せいぜい立派に看病してやんな」

そうしてドズの足元にパンを投げつけ、グレイ等は去って行った。坑内の発光石の照明は消されたが、岩壁の奥にある1個を操作し、なんとか点けることができた。

 そして今この時、遥か遠くの崖の上から、リカルド達が夕暮れの中、ゴナンの姿を求めて双眼鏡で坑の外を必死に探していたのだが、彼らにそれを知るすべはない。

「……ドズさん…」

と、ゴナンがドズを呼んだ。目を覚ましたようだ。

「…ごめん…。その足枷…、俺のせい?」

「……大丈夫だ。屋内で寝られるから快適だよ。ゴナン、パンがある。食えるか?」

ゴナンは首を小さく横に振る。

「…では、水は?」

ゴナンは頷いた。ドズはゴナンの体を起こして支え、樽から水を注いだ柄杓を口元に持ってくる。ごく、ごくと二口ほど飲んだ。しかし、すぐにぐったりとしてしまう。再びゴナンの体を横たえるドズ。

(……熱が、さらに高くなっている気がする…。これは、大丈夫なのか?)

この場所に来るよりも少し前、自身が生まれて初めて熱を出してしまった日のことを思い出すドズ。自身の頑丈な体でも倒れてしまうほどに、苦しかった。この細い体だと、まるで溶け落ちてしまいそうな程にはかなく見えてくる。

ゴナンは前も高熱を出したと言っていた。ということは、対処法を知っていたり、薬を持っていたりするのではないだろうか。そもそも、15歳の少年が、遠い果ての地にある故郷を出てから、ずっと一人ということがあるのか。

「…ゴナン…。きついかもしれないが、答えてくれ。お前は、ここに来る前は誰かと一緒ではなかったのか?」

「……」

ゴナンは口ごもる。きつくて答えられない、というよりは、答えるのを躊躇している様子だ。

「さっき、お前はうなされているとき、リカルドという名を口にしていた。お前の兄の名か?」

「……!」

その名に、ゴナンは反応した。

「…リカルドは、兄ちゃんじゃないよ……」

「では、何者だ? お前と一緒にいた人物ではないのか? お前はどうしてここに居るんだ?」

「……」

ゴナンはやはり口ごもる。意識ももうろうとしてきているようだ。

「…ゴナン…。私はお前を死なせたくないんだ…。頼む、教えてくれ」

「……」




伸ばし放題の髪の中で、ドズの優しい瞳が、少し潤んでいるように見えた。ドズの必死の懇願。ゴナンは彼の想いに応えた方が良い気がした。

「……ゴホッ…。…リカルド、は…、一緒に旅をしてる、仲間で、俺の保護者で…」

「……!」

「ほかにも、あと3人。一緒で…。ツマルタの街に来てて」

「ツマルタ…」

少し距離はあるが、この鉱山の最寄りの街だ。

「……俺…、何の役にも立ってなかったから、少しでもお金を稼ぎたいと思って、力仕事があるっていうから、行ったけど…、俺、騙されてて、攫われて、ここに、売られたって……」

「売られただと……? それは、本当か!?」

「……俺が悪いんだ…。騙されたから…。……ゴホッ…。みんなは、目的があって、旅をしてるから……。多分もう、ツマルタを出発しているよ……」

「……」

「……あの、怖いおじさんが、ここで仕事を頑張れば、報酬をくれたり、ここから出してくれたりするかもって、言ってたから、俺、頑張ってたのに……」

 そこまで話して、ゴナンは顔を両手で覆った。

「…その、リカルド達の元に、帰りたいんだな?」

「……でも、いつ出られるか…。また、こんなに熱、でちゃうし……。多分もう、追いつけない。もう、いい…。俺のことはいいよ、ドズさん……。……ゴホッ…、ゴホッ」

そう、うなされるように口にするゴナン。

 ドズは今日の昼間の事を思い出していた。門の外で何か騒ぎが起こったようだったが、あれはもしかしたら、そのリカルド達がゴナンを探しに来ていたのではないだろうか。4人という人数も合う。ツマルタの街なら、来れない距離ではない。

(もし、そうならば…。私になら、できる。ゴナンを助けられる……)

 ドズはぐっと目をつぶった。しばし何かを考え、そして決断したようだった。

「…すまない、ゴナン。私は、ここの連中が攫われ売られてきているということを知らなかったのだ。私は自分の中に囚われるばかりで、他の奴等のことには興味も持っていなかったから」

「……?」

「……多少、阿漕あこぎな商売をしている程度なら放置でよいかと思っていたが、人攫いに人身売買となると、話は変わる。しかも、こんな少年にまで手をかけて…。そのような悪辣な犯罪は、この国では流石に捨て置けない」

そう話すと、ゴナンの体を起こして、濡らしたバンダナを彼の頭に巻き、ゴナンにかけていた自分の上衣を着た。

「ドズさん…?」

「ゴナン。ここを出るぞ」

「えっ?」

「…おそらく、ここでどれだけ一生懸命働いて成果を出そうが、ここの主がお前に何かの報酬を与えることはない。そしてきっと、お前の仲間はまだツマルタにいる。さっさと出よう」

ドズはそう宣言すると、パンを一口で一気に食べ、立ち上がり樽ごと持って水をぐぐっと飲む。そして、自身の枷が繋がっている鎖を両手で持つと、激しい雄叫びと共に岩から引き抜いた。あっという間にドズは自由の身になった。

(……すごい。強い…。カッコいい)

ゴナンはフラフラする頭を支えつつも、獣のように躍動するドズの筋肉に惚れ惚れと見入っていた。

ドズはゴナンを背負うと鎖で巻いて、体に固定する。

「少し痛いかもしれないが我慢してくれ」
「…うん、大丈夫…」

ドズはゴナンを背負って、抗の出口へと歩みを進めた。もう外は、夜の帳が落ちきっていた。



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