連載小説「オボステルラ」 【第三章】10話「扉の向こう」(3)
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10話 扉の向こう(3)
リカルド達が鉱山の門へと辿り着く少し前。
いつものように、朝食後に坑内へと入り作業が始まる。ドズは自分の持ち場で、全力で一心不乱に岩を割っていたが、数時間経ったところでふと、小さな違和感を抱いた。そういえば、広場から外へとトロッコを押す役割のはずのゴナンの姿が、いつの間にかない。また配置換えになったのだろうか?
ドズは近くにいる指示役の男に尋ねた。
「おい。ゴナンは…、いや、あの金髪で体の細い若者はどこに行った? 朝から坑内に入っていたはずだが…」
「ああ…」
指示役の男は、苦笑いする。
「あそこに『捨てた』よ」
「!」
男が指したのは、坑内で壊れたトロッコなどを廃棄している一角。他の廃棄物に紛れて、まるでゴミのようにゴナンが放置されている。ドズは慌てて、ツルハシを手にしたまま駆け出した。「おい!」と指示役が追いかけてくる。
(昨晩の報復を受けたのか? もしくは、いつもの苛めがエスカレートして…? まさか、死…)
ドズはゴナンに駆け寄った。
「ゴナン!」
「……うぅ…、ゴホッ、ゴホッ……」
ひとまず息があり、ホッとするディルムッド。咳き込んでいるが、見た感じ目立ったケガなどはなく、服装も乱れていない。暴行を受けたわけではなさそうだ。が、体に触れると、驚くほど熱が高い。
「これは……」
「高熱を出して、さっきぶっ倒れやがったんだよ。ここでは動けなくなった者は『処分』だ。だからここに捨ててる」
「……!」
ドズはゴナンの様子を見る。脈は速く、顔は紅潮している。何より体温の高さが異常だ。咳も出ている。
(もしかしたら、生傷から土の毒が入ったのだろうか。薬草を塗ったとは言っていたが、傷を十分に洗えていなかった。もしくは、生肉を食べさせたのが何か障ったのか。だが、私はなんともないし…)
しかし、そもそもドズはこれまでの人生で一度しか熱を出したことがない。自身の体調は、あまり参考にならないかもしれない。
「…熱冷ましか、何か、薬を……」
「おい、冗談言うなよ。こいつらに使う薬はねえよ、もったいねえ」
指示役の男は苦々しげにゴナンを見下ろす。
「こんなに熱が高いんだ、もうコイツはお役御免だろう。運良く熱が下がればまた、こき使ってやるがな。いずれにしろ、今までの奴と同様に、ここに放置だ」
その言葉に、ドズは全身から怒りを放出させる。ドズの迫力に指示役は慌て、合図して私兵を集めた。
「…今までだって同じことはあっただろう? 病気になったやつが野垂れ死んだって、あんたは眉一つ動かさなかったじゃねえか」
「……しかし、この子は…」
そう言って、ドズはツルハシをぐっと握って、兵達に向き合う。私兵はざっと剣を抜いた。
「……おいおい、何を血迷ってるんだ、ドズさん……」
「……この子に、薬をくれるだけでいいんだ」
低い声で静かにそう言いながら、全身で私兵を威圧するドス。そのあまりもの圧に、兵達は狼狽える。
「…ドズさん…。あんたはなぜか自ら望んでここに来て、自分が思うように働き続けることと引き換えに、中のトラブルには何も関わらなかったじゃねえか。今さら、どうしたんだよ」
「今後もそれは、変わらない。ただ、この子に薬を…」
「……」
低く押し込めた、よく通る声の迫力に、指示役の男はたじろぐ。
「……そもそも、ここには薬を備えてねえよ。坑夫に薬を使うつもりもねえからな」
「……」
それを聞くと、ドズはツルハシを指示役の男に預けた。その重さによろめく男。ドズはゴナンの体を抱える。
「…おい、ドズさん……」
「ならばせめて、俺の作業場の近くで寝せておかせてくれ。あとは、水を」
ぎろりと目で圧を加えながら、指示役に懇願するドズ。男は舌打ちをしながら、私兵に水の樽を1つ運ぶように指示した。
持ち場の岩壁に着き、ドズは脇にゴナンをそっと横たえて、バンダナを外した。
「水はここに置くぞ、それと…、おい」
指示役は私兵に指示し、ドズの足に足枷をはめた。岩壁に打ち付けられている鎖につながっている。
「……今まではあんたを信頼して足枷ははめずにいたが、たった今、信頼関係が崩れた。他の奴と同じように、枷をはめさせてもらうぞ。その巨大なツルハシを持って暴れ回られたら、たまらねえからな」
「…ああ、それで構わない。……恩に着る」
ドズはそう頭を下げた。そしてゴナンのバンダナを水で濡らして額に乗せた。
「…ドズさん…。ごめんなさい…。ゴホッ、ゴホッ……」
「…気にするな。ここでしっかり休め。きっと良くなる」
「……俺、前も、熱出して…。結局、役に立たない…」
悔しそうな顔のゴナン。よく熱を出す体質なのだろうか。もし、生傷に土の毒が入っていたのならば命にも関わるが、体質による高熱で以前も治ったのであれば、回復も見込めるかもしれない。ただ、環境は余りにも悪すぎる。
と、指示役の男のところに私兵が一人、何かを知らせに来た。指示役は「ち、めんどくせーな」と呟いて、他の兵達に声をかけて急ぎ外へ出るよう促す。
「…何かあったのか? 門の外で騒ぎか?」
「お前が気にすることじゃねえよ。そのガキにご執心のようだが、おかしな事は考えるなよ、ドズさん」
そう言って、めんどくさそうに自身も一旦、外へと出ていった。
(門の外に行くよう言付けていたようだった。外に誰かが来たと聞こえたが…。4人、と、言っていたか……?)
「…う、うう……」
と、ゴナンがうめき始める。体が震えているようだ。
「……ゴナン…、しっかり……」
「…寒い……、ゴホッ、ゴホッ…」
「…!」
何か掛けられるものはないかと周りを見回すが、見当たらない。借りに行こうとするも、足枷で鎖につながれているため、この場を動けなかった。指示役達はまだ坑の外だ。ドズは自分の上衣を脱いで、ゴナンにかける。ドズの大きな服は、ゴナンの細い体を十分に包むことができた。
「…これしかなくて、すまん。ゴナン、頑張れ…」
「……う……う…。リカルド…。ごめん……」
「……?」
前に話していた、すぐ上の兄の名だろうか? その名を呼びながら、ゴナンはうなされている。
「…頑張れ…。大丈夫だ、お前はきっと、強い…」
ドズはそう声をかけ、また巨大なツルハシを手に取って、全身全霊で岩を割り始めた。
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