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太陽と月、恋の終わり

最近、わたしはひとつの恋を終わらせた。


終わらせた、というのはただの強がりで、

ほんとうは、終わってしまった、の方が正しい。

完璧な、強制終了だった。

いや、現実は、もしかすると、

始まってすらいなかったのかもしれない。

と、今では思う。


その人は、影を落とし始めたわたしの人生に、

どんよりとした日常に、

突然、強い光を放って現れた。

初めから、好きになってはいけないと、

わかっていた。

その人には、もうすでに、

その光で、照らすべき人がいた。


けれど、その人は、わたしの中に、

何のためらいもなく踏み込んできた。

ほとんど、強引に。

感心してしまうほど、豪快に。

まるで、乱暴な真夏の太陽のようだった。


乱暴なのに、繊細な人だった。

だれも見向きもしない、小さな輝きを見つけては

的確な言葉で褒め、自信を湧かせてくれる、

力強さがあった。

自分がどんなに傷だらけでも、当たり前のように  

他人の心の傷を癒す方を優先し、それらを

丸ごと包み込むような、安心感があった。

どんな話にも楽しそうに耳を傾け、

正面から受け止めて、真っ直ぐこちらを向く、

優しいまなざしが好きだった。


太陽みたいに熱いくせに、一番好きな天気は、

曇りだと言った。

なんだよ、中途半端だなあ、と思って聞いた。

実際、その人はとても中途半端だった。

こちらの心には土足で踏み込んでくるくせに、

自分のことになるとどこか他人事のような、

おとぎ話でもしているかのような口調になった。

惜しみなく優しさを注ぐくせに、

わたしが本当に欲しいものは、最後まで、

与える素振りも見せなかった。

それでも優しさの分量は、全く変わらなかった。


嫌いになりたい、と思ったこともある。

忘れたい、と思って半分成し遂げたこともある。

けれど、結局それは毎回ふりだしに戻った。

忘れることはできても、思い出すことを

止めることは、できなかった。

目の前にいるときも、いないときも、

強い存在感で、身体が火照るほどの熱さで、

いつだって照らしてくれるから、

憎めなかった。

真夏はどんなに暑くても、曇りの日は太陽が

恋しくなるように、どんなにうるさくて、

ずるくて、強引でも、いつも、会いたかった。

ずっと、照らしていてほしかった。


一度だけ、その人との距離が

ゼロになったことがある。

その人が、照らすべき人を

一時的に失った時のことだった。

その人と、わたしの知らないだれかの、

大切な場所に足を踏み入れたとき、

その人の視線で全てがわかってしまった。

ああ、きっとわたしは、この人の心の中に

入ることはできないな、と。

ほとんど直感に近い形で、わかってしまった。

「俺が大好きで、頑張って振り向かせたんだ」

前に言ったことと、違う。

もう愛なんてない、って言ったくせに。

ちゃんと、好きだったんだ。

その言葉だけが宙に浮いた。急に苦しかった。

でも、少しだけ、安心もしていた。

どちらにせよ、次にその人が照らすのは、

少なくとも、わたしじゃなかった。

薄々、そんな予感はしていたけれど。


だから、わたしは自分から、

その人との距離を、もとの位置に戻した。

もとの位置、がどこにあったのか、

もう正確には覚えていないけれど。

どちらにせよ、今のわたしは、

その人の光が届くところには、いない。

この気持ちを隠してでも、照らし続けてほしい、

という欲もなかったわけじゃない。

でも、その人の光を求める限り、わたしは永遠に

その人に照らされる、月であり続けるんだろうな

と思ったら、離れる選択肢を手にした。

個人的には、太陽よりも月の方が好きだけれど。

でも、なんだか、少し、寂しくなってしまった。


結局その人は、わたしの中で、誰のことも

平等に照らし続ける、あの太陽でしかなかった。

でも、最近、ふと思う。

本当は、誰を照らしたかったんだろう。

その溢れる光を、自分を照らすために使った

ことは、一度でも、あったんだろうか。

最後まで答えはわからなかった。


寂しくなったのは、その人の曇りを、わたしが

一度も見たことがなかったからかもしれない。

わたしは、照らしたかったんだと思う。

その人の、太陽になりたかったんだと思う。

結局、なれなかったけれど。


彼が本当に照らしたい人、彼を照らせる人は、

どんな人だったんだろう。

わたしは、この恋を終わらせた。

それでも、きっとこれからも太陽を見るたび、

思い出してしまうんだろう。

照らしてくれたあの恋を、

照らせなかったあの恋を、

永遠に、あの太陽の下で。

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