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正しくない恋ばかりでも、私にとってあなたは誇り。


「俺が最初にななみのことを好きになったきっかけは、この人を幸せにしたい、と思ったから。」



秋雨がしとしと降り続く夜、彼と一緒にふらっと立ち寄ったカフェで唐突にそう言われて、わたしはふいに泣きそうになった。

「お互いを好きになったきっかけは何だろう」という、なんとも平和な話題から始まった会話。

まさか当時の彼に、そんな感情があったなんて。思わず心がきゅっと締め付けられた。



「SNSで世界観が好きだなと思う人は何人かいたけど、ななみはその中で、いちばん苦しそうに見えたから。」



その言葉を聞いて、わたしは思わず苦笑してしまった。

たしかに彼と出会うまでのわたしは、周りから見たら「苦しそうな」「惨めな」恋ばかりしていたと思う。

どの恋もそれなりに楽しかったし、自分で自分のことを「不幸だ」と思ったことは一度もないのだけど、誰かに近況を聞かれた時、いつも答えづらいような恋ばかりしていたのも事実だった。

そしてそれをnoteに、実名で包み隠さず綴っていた人は、たしかにあまり多くはなかったのかもしれない。





彼がわたしをみつけてくれたおかげで、わたしは今、とても穏やかで幸せな日々を過ごすことができている。

だけどわたしは、自分が今のように幸せではなかった頃のことを、今でもたまに思い出す。

今となってはもう当たり前になっているこの穏やかな日々は、当時のわたしが手を伸ばしても届かないと思っていた夢、そのものだ。

いや、こんな未来は想像すらしていなかったから、自分でも欲しかったことに気づいていなかった、贈りものだったのかもしれない。



「まさかななみんが、恋をしなくなる日がくるなんて……」

「本当にいい人に、出会えたんだねえ。」



彼に会った友人たちは、みんな驚きと安心が入り混じったような、神妙な面持ちで口々に言う。

最初はわたしも、自分の恋愛人生におけるこの大きな変化を受け入れるのが怖くて、本当にこの幸せを信じてもいいのか、ずっと続くものなのか、判断するのを躊躇していた。

だけど、「この人は違うかもしれない」「この恋は終わらないかもしれない」という淡い期待が確信に変わってからは、すっかり安心するようになった。

感情のすれ違いや、価値観を理解するためのぶつかり合いは定期的にあるけれど、その度に毎回絆が深まるし、別れを意識したことも、お互いに一度もない。

このまま進めば、当たり前のようにそこにある、ふたりの未来。

今、わたしの中には「自分もようやく、幸せになれるのかもしれない」という安心と期待が膨らみはじめている。

そしてそれと同じくらい、「報われなかった頃の自分のことを、忘れたくないな」という気持ちが、時折顔を出すのだ。




しばらく、その理由を考えていた。

幸せになるのが、怖いのだろうか。

それは、なんだかすこし違う気がする。あんなに報われない恋ばかりをしてきたのだから、その分ご褒美があってもいいだろう。

じゃあ、この幸せが当たり前になって、日々に感謝できなくなるのが怖いのか?

それも少しはあるだろうけど、一番ではない。



じゃあ、どうして忘れたくないのか?



最終的に行き着いた答えは、「報われない恋ばかりでも、一生懸命、幸せになるためにもがいていた自分をなかったことにしたくないから」。

こうして言葉にしてみるとなんだか少し照れくさくなるけれど、これが一番近い答えだった。





彼は、どんなことがあってもわたしの味方でいてくれる。どんな姿も「かわいいよ」と言ってくれる。小さなことにも必ず感謝の言葉を伝えてくれる。はじめて会った時から「そのままのわたし」が好きだとまっすぐに想いを届けてくれる。

そんな人は、27年間生きてきて、一度も出会わなかった。

わたしが出会ってきたのは、たとえばこんな人。

悩みを聞いてくれる「ふり」をするのは、わたしの好意を利用して、自分の寂しさを紛らわせたいから。もしくは、恋人とのマンネリ化する日々の気分転換に、わたしの存在が手頃だから。

褒めてくれるのはお酒を飲んでいる時か、目的を達成するまでの間だけ。それ以降はしばらく、連絡すら返ってこない。それにも罪悪感なんてない。

メイクや髪型、服装にどれだけ手間やお金をかけていても、感謝の言葉どころか「もっとこういう服を着たら?」「こうすると胸が大きくなるらしいよ」なんて、自分の理想に近づけるためのアドバイスばかり。

「もっと知りたい」「自然体でいてほしい」というのは口だけで、過去の話やこれからの未来について話そうとすると、面倒くさそうにごまかされる。



こうして書き出してみると、笑ってしまうくらい最低な人ばかりだったように思える。だけど一人ひとりのことを、当時は本気で好きだった。

もやもやした感情を抱えながらも、人間誰しもどこかに欠点はあるものだし、完璧な人なんていない、そう言い聞かせていた。

だけどその一方で、わたしは自分がいつか幸せになることを、完全に諦めていたわけじゃなかった。



いつかはきっと、幸せになる。

だから今は、この恋が終わるまで、諦めがつくまで、すべてを捧げよう。




そうして一つひとつの恋に全力で心を傾け、全身ずぶ濡れになり、心を引き裂かれたり粉々にされたりしながら、それでも幸せになることを、一度も諦めたことはなかった。

だから彼は、ほとんど面識がなかったわたしのことを「幸せにしたい」と思ってくれたのかもしれない。






「こんなにもいい感性を持ってるのに、どうしてこの人は、こんなに恋愛で苦しんでいるんだろう。恋人じゃなくて、友達でもいいから、もしかしたら自分が何かできるかもしれない、って思ったの。」



これを聞いて、今までわたしは彼に出会うために、あんなに暗くて長くて深い、恋の沼でもがいていたのかもしれないなあと思った。

だとしたら、全力で向き合って、もがいてきてよかった。






わたしはこの先も、ずっとあなたのことを誇りに思って生きていく。

決して格好よくなかったし、正しくもなかったけれど。

全身傷だらけになりながらも必死に恋を続けてきた、誰よりも諦めの悪い、あの頃の自分のことを。



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