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心を思い出させてくれた、夏の宝石



最近ずっと、自信がなかった。



体調を崩していたことが精神面にも影響していた、という理由もあるかもしれないのだけど、大学時代のように「人と比べて自分に引目を感じること」が、多くなっているように感じていた。

一言で言うと、「自分よりもすごいと感じる人と一緒にいると、自分の価値が下がっていくような感覚に陥る」ことが、増えてきていた。


同い年で活躍していて、メディアにも常に取り上げられている友人。

自分の名前で仕事の幅をどんどん広げて、夢に近づいていく先輩。

何でも完璧にできて、いつも自信に満ち溢れている恋人。


そんな人たちのそばにいられることは、本当はとてもありがたいことなのだと、頭ではわかっていた。

だけど、心はどうしようもなく悲観的な方にばかり向かってしまう。

彼らの話を聞くたび、わたしは自分の価値が下がっていくような感覚に支配される。

一緒に過ごしていると、自分の足りないところやできないところばかりが目について、わたしはどんどん自信をなくしていった。

頭では、「比べても仕方ない」「自分は自分なんだから」とわかっているのに、どれだけ言い聞かせても、心は沈んでゆくばかりだった。



そんなとき、ずっと仲良くしてもらっている大好きな先輩から、ふいに連絡がきた。


「いつものお礼に、誕生日プレゼント渡そうと思ってたんやけど、やっとあげたいもの見つけて。これから贈っていい?」


プレゼントを贈ってくれる、ということだけでも嬉しいのに、わたしが好きそうなものをようやく見つけたから、という言葉に、心は舞い上がった。



わくわくしながら到着を待っていると、届いたのは、小さな箱に入った和菓子だった。




白い箱を開けてみると、そこには宝石のようにきらきらと輝く、透明のフルーツ寒天のようなお菓子が、お行儀良く、箱に敷き詰められている。




「わあ……きれい。」


思わずため息が漏れてしまう。

心がほわっとあたたかくなる。

箱の裏には折り畳まれた白いメモがついていた。そこには、手書きの文字でそのお菓子の味が順番に書かれている。




「生琥珀」というお菓子だと、説明書きにはそうあった。

京都のガラス工芸作家の方がつくる、一口サイズの和菓子。

「京都の食材や伝統文化と琥珀の新たな楽しみ方を提案する、新しい和菓子ブランド」ということだった。

何よりも京都が大好きなわたしにとって、そのブランドの背景も、心にぐっときて、ますます嬉しくなった。



「賞味期限は3日間」ということだったので、ずっと眺めていたい衝動を堪え、惜しみながらも一つずつ、その宝石を手に取る。

つるんとした舌触りの生琥珀の中に、梅やいちご、ジャスミンやくこ、夏みかんと、季節を感じる色鮮やかなくだものたちが閉じ込められている。

角度を変え、いろんな方向からその宝石を眺めつつ、一口一口、大切に口に運ぶ。




こうして一人でゆっくり和菓子を味わう時間は、なんだかとても久しぶりのように感じられた。

せっかくだからと、自分でつくった「夏の夜」のプレイリストを流す。

少しだけ開けた窓からは、昼間よりも温度の下がった夜風がするりと入ってきて、身も心も、夏の夜の空気で満たされてゆく。

心地よい音楽と夜風に包まれながら、宝石を口に運んでいると、次第に心はほぐれ、ゆったりとした気持ちになっていくのがわかった。



そのとき、わたしの中にぽとん、とこんな感情が落ちてきた。

「わたしにはこんなに、好きなもの、大切なものがたくさんある。それなのに、好きなものを慈しむことを忘れて、他人の舞台で戦おうとしていた自分は、なんて馬鹿だったんだろう…」



わたしの、好きなもの。


愛おしい食べものと、そこにまつわる物語。


心を揺さぶる音楽と、その空間で生まれる一体感。


日常を忘れられるような旅と、そこで出会う人や風景。


一瞬の心の動きをを切り取る、写真。


心が洗われるような絵画や、しんと静まり返った美術館の空気。


明日からの世界がほんの少し変わってみえるような、映画の世界。



そして、それらを「愛おしい」と感じられる、自分の心。

それを、大切な人に伝えられる、わたしの紡ぐ言葉。




書き出したら、キリがない。

溢れ出す「好き」という気持ちに、さっきまでかかっていた心のもやは、すうっと晴れていった。



ああ、また先輩に助けられてしまったなあ。

初めてひとりで京都を訪れ、ふたりで歩いた、四条河原町の長い夜道を思い出す。

わたしが自分の心の声に出会って、世界が明るく輝き出した、人生でいちばん上機嫌だったあの夜。

予期せずわたしは、そのときと同じように先輩に心を救われ、自分の世界を、取り戻すことになった。


「好きなこと、したらええんやで。」


そんな風に言われているような気がした。

そうだ、わたしは自分の舞台で、好きなこと、大切にしたいことを、積み上げていけばいいんだ。そう思ったら、心がふっと軽くなった。



たった一口。たった一言。

それでもたしかに、大切なものを思い出すことができる自分は、単純で、実はけっこう、しあわせに生きる力があるのかもしれない。

今日は元気でも、また一週間後には落ち込んでいるかもしれない。この先、今まで経験したことがないくらい自信をなくすことも、あるかもしれない。

だけどそのたびに、心をあたたかくしてくれる「好きなもの」や、心が弾むような記憶を思い出すことができれば、自分は大丈夫なのだろうな、と思う。



そのために、どんなに小さな日常のできごとも、きちんと言葉に残しておきたい。

自分にとって大切なものを見失うことのないように、心の道標として。

すっかり平らげてしまった、夏の宝石の残り香を感じながら、そんなことを思っていた。


***

先輩にもらった和菓子、瑠璃菓さんの「生琥珀」

涼やかな見た目は美しく、小さくてころんとしたフォルムがとっても愛らしい。

見て楽しい、食べておいしい、夏にぴったりのお菓子です。


わたしも大切なひとへ、夏のお中元に送ろうかな。


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