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『朝ごはん指数362』 (1930文字) #2000字のドラマ #あざとごはん

彰仁あきひと ちゃんとご飯食べてるの?

既読

まぁ適当に食ってるよ

送信済み

今日何食べたの?

既読

忘れた

送信済み

…心配で寝れやしないわよ。今度野菜送るからちゃんと自炊しなさい 自炊!!

既読

いらないよ。今は「コンビニ」って言うすごい豪華な店があるの 母さん知らないの?

送信済み

まったく人を馬鹿にして!!

新着メール

携帯画面のメッセージに母さんの膨れっ面が見えた気がして吹き出して笑うと ゴホンと教壇に立つ教授が徐ろに咳払いをする。

やっべー!

積み上げたノートの下にササッと携帯を隠すと 周りからクスクスと笑い声が向けられる。ったく…授業中にメールしてくるなよぉ〜。
苦笑いしながら斜め前に座る小藤麻里ことうまりに目をやると、俺をチラッと見る彼女…もまた クスクスと笑っていた。
あぁぁぁ…僕を囲む壁が心の中でまたガラガラと崩れてゆく。
何でいつもこうなんだよぉ~。

都内にある大学に進学し、一人暮らしを始めた俺は小さなアパートを借りた。特に際立って立地がいいわけでもなく、便が良いわけでもなかったけれど、日中どこかの窓からは光が差し込むような…明るい部屋。
母さんが毎朝カーテンを全開しないと起きれなかった俺が自分自身の為に借りた部屋だった。
俺と同じ日に隣に引っ越してきたのが小藤麻里だ。くるりと跳ねる髪に柔らかい雰囲気。初めて会った日に”よろしくね”と差し出された小さな手の温かさがずっと忘れられない。

なのに…

穴の開いた下着は洗濯物で隣のベランダに飛ばされるわ、
ゴキブリが出てパンツ一丁で逃げ出すと そこに小藤が居合わすわ、
スーパーで持ち合わせがなくて商品返すとこ見られるわ…
そんで今日はこれだ。
彼女のふふっと笑う顔が好きだ。
けど…俺を見て笑われるのは俺の「乙女心」にずぶりと穴を空けるってもんだ。

今日のダメージ指数68。
まぁ…それほど悪くない。

講義が終わり深いため息とともに部屋を出ると前方には軽やかに踊る巻き髪。と、後ろからドサッと腕が回った。
「彼女とメールばっかしてると落第するぞ!」
その瞬間 巻き髪がふっと揺れた気がした。
「ばっ、なお…!!おまっ!!馬鹿っ!!」
「そんなにムキになるなよぉ~。お前に女が出来ないってこと、俺はよぉーく分かってっから」
尚の馬鹿野郎!!
「かーさんだよ!かーさん!!!」
巻き髪が遠ざかってゆく中、思い切り声を張り出している俺がいた。
「おまっ…かーちゃんて…それもダサくね?」
一瞬考えた。
確かに…ダサい。
うおぉぉぉーー どっかへ消えちまえ俺!!
ドスンと大きな落石を食らった気分だ。


家に帰ると窓際に置かれた小さな多肉植物に「ただいま」と声をかける。
「お前だけは俺の味方だよな…」
俺の唯一の癒しだよお前は。。。
すると触っていた葉がぽとっと落ちた。
「マジで…お前もかよぉ~」
やばい…涙出そう。これはやばい。
ダメージ指数97。

そんな中玄関のベルが鳴った。
ドアを思い切り開けるとごつんと何かにあたる。
ん?

恐るおそる向こう側を覗くと…
「ったぁ~い」
おでこを抑えて立っていたのは小藤だった。
「うわっ!!ごめっ!!」
慌てふためいていると、小藤がクスクスと笑い出し、その姿に俺もつられて笑い出す。

「ふふふっ、勢いありすぎ」
「くくく、ごめん、本当にごめん!」
「大丈夫。私ドジでいつもぶつけてるから」
にっこり笑い これ!と言って小さなタッパーを差し出してきた。
「実家から届いたもので作ったの…良かったら」
まだ暖かいそれは芋の煮物だった。
「これ…小藤が作っ…たの?」
コクリと頷く。
「煮物だから…ちょっと古くさいけど…」
俺は脳震盪を起こすと思ったくらい頭を左右にブンブン振った。
「俺!!煮物 すげー好きなんだ!!」
近所中に響くくらいの大声に、目をきょとんとさせ小藤は嬉しそうに笑ってくれた。



それから数か月後…実家から荷物が届いた。

茄子 胡瓜 トマト ゴーヤ 南瓜 ネギ…

そして 母さんの字で書かれた紙切れ一枚…

『ちゃんと食べなさい  母』



窓から差し込む朝日をバックに
俺はカシャっと食卓に並べられた朝ごはんをカメラに収めた。
メッセージに写真を送付する。

ちゃんと飯くってるよ。野菜 ありがとな母さん。

ピロリン。送信っと。



「早く食べないと冷めちゃうよぉ~」

キッチンからひょいっとエプロン姿の麻里が顔を出す。

「うん。めっちゃうまそう!」

そんな俺を見てにっこり笑う。

母さんの送ってくれた食材に 彼女の愛の隠し味。

幸せ指数362… 以上だな。



玄関で二人で靴を履く…と

ピロリン。

携帯を見る…
そして速攻でポケットに突っ込んだ。

「ん?どうしたの?顔…まっ赤だよ」

「なっ、なんでもない!ほら行かないと授業遅れる」

ちょっと熱くなった耳をこすりながら歩き出す。




今度 ちゃんと紹介しなさい ー 母

新着メール


母さんには

敵わない。


(1930文字)




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