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『DREAMER』‐第三話

ブラックノートはその後十日間返ってくる事はなかった。戸田警部からの連絡も無しに僕達はテレビから流れる報道を食い入るように見つめていた。


ー 先日男女の遺体が発見された事件で、警察は遺体で発見された男性を殺人の疑いで容疑者死亡のまま東京地検に書類送検しました。遺体で発見されたのは都内に住む会社員、中野恵さん25歳と、中野さんの交際相手だった会社員、高野仁容疑者27歳です。警察は今月11日未明、交際のもつれから高野容疑者が中野さんを殺害、その後自殺を図ったとみています。


「交際の…もつれ…か」

何だか納得のいかない様な弓月の呟きだ。

「弓弦はどう思う?」

「どう思うって…っていうか!お前一応女なんだから足揃えろよ、足!!」

いつもだったら、言い返してくる弓月がぼーっとしながら何やら考えている。

「おいっ!」

「なんで…交際のもつれ…」

ぼーっとしている弓月に返事を返したところで、弓月の耳には届いていない事くらい分かっていた。こいつが何か考えている時は異世界へ飛んでいる。

「…今日…お父さんの月命日。。。」


大の字で床に寝っ転がったまま出した言葉に弓月自身もハッとしたらしく、突如起き上がると大口を開けた。


『警部が来る!』


§


午後になって僕達の予想通り戸田警部が父さんの仏壇に手を合わせに来た。にこやかに茶を振舞う母さんとは裏腹に、僕らの視線は警部のささやかなサインを見逃さない様にと彼をなめつくしていたのか、母さんが席を外すと同時に「お前らもう分かったから、そんなにへばり付くな!」と一喝されてしまった。けれど警部の”分かった”は本当だったようで、帰り際に僕と弓月にお茶でも奢らせて欲しいと母さんにさりげなく伝え、僕らを連れ出してくれたのだ。


「お前らは飢えてる犬かっ!」
家の角を曲がった所でいきなり振り向きざまに怒鳴られたが、弓月はグイっと前にのめり込んで

「警部が全然連絡くれないからですよ!」
腰に手を当てながら十日分のもやもやを放った。

「いきなり家に連絡入れたら立花さんが驚くだろが!!」

「携帯に連絡するなり、待ち伏せするなりできたはずでしょう!!」

「お前らの携帯番号なぞ知らんっ!!俺は忙しいんだ!!」





「うわぁー…おもしれー」

その声のする方に一斉に振り向くと、晃がニヤニヤしながら立っていた。

「なんでまたあんたがぁいるの!」

警部とのやり取りの熱がこもったまま弓月が放つと、晃はポケットに突っ込んでいた手をふいと出す。

翳された携帯電話…


『今から立花達と喫茶店へ向かう。お前も来い ー 戸田』


あ゛ー!!と声を上げる弓月をよそに、警部はさっさと歩きだしていた。





喫茶店に着くと、先日と同じものが運ばれてきた。弓月はプイと顔をそらし「カフェラテがいい」と駄々をこね、対抗する様に
「珈琲なんぞ若いうちから飲んだら脳みそが壊死するから駄目だ」
とまぁ、戸田さんも実に幼稚な対応だ。。。晃と弓月には呆れるが、この二人はまるで冷や汗漫才だ。


「警部…あの、ブラックノートを返していただけませんか?」


そっと僕が言うと、戸田さんの表情がいつもの冷静な面持ちに変わった。

「弓弦…お前あの事件の夢を見て飛び起きたのは明け方の5時過ぎで間違いないな?」

「はい…確か…それくらいだったような…」
ノートに書いた覚えはなかった僕だが、

「お母さんが物音で起きたから私が確認しておいたわよ!5:20頃だったって。赤ペンでちゃんと書き込んでおいたはずですけど!」
上から目線で弓月が不貞腐れたまま付け加えた。


「なんでそれが?」
弓月の不機嫌さなど気にもかけずに横から晃が不思議そうに聞く。




「まず言っておくが、俺は刑事だ。真実に基づいた判断をする立場にある事は分かっているな。」
一呼吸置いた後に落ち着いた口調でそう言った警部に僕らは固く頷いた。

「それでも、弓弦が体験する不可解な夢を嘘だとは思っていない。いや、思えない程の真実がここに記載されてあった」

それを聞いて僕の中で安堵感が広がり、緩んだ顔をそっと弓月と晃に向けたが、二人は未だに警部をじっと見つめ僕の事など眼中に入ってはいなかった。

「お前らに事件関与をさせることは出来ないが、弓弦の夢に事件が関わっている以上、夢の解明という部分になら力になってやってもいい。」

この言葉でやっと僕ら三人の細まった目線が交じり合った。





「殺された女性の死亡推定時刻は午前1時~3時の間だ。それに基づいて弓弦の見た電車路線の時刻表を調べると5:31の始発ではなく、終電の一本のみだ。彼女が殺害されたのは午前1:21丁度という事になる。」


ゆっくりと始まった出だしから僕の頭上を疑問記号がグルグルと回り出す。死亡時刻に何の意味があるのか僕は全く理解できていなかったけれど、戸田さんが僕の夢を事件の鍵として取り入れてくれたことが素直に嬉しかった。が、隣の二人はそうではなかった。

「あっ!!!」
「晃!!やっぱり何か繋がりがあるのかも!」

この二人が妙な一致感を醸し出している…何が何だか訳が分からない僕には目もくれず二人は瞳を輝かせていた。

「俺は実際に犯行が行われた時間に弓弦が夢を同時進行で見ているのかと踏んでいたのだが…」

「警部、ちょっとノートいいですか?!」
弓月はノートを警部の手元から引っ張り開くと、

「私達も変だと思っていたんです!弓弦が見た夢の数と実際に起こった殺人事件の件数が合わない。弓弦が見る夢が犯行時間に並行していないのであれば…」

「弓弦が『特定の夢だけを見ている』…という説も強くなる!」



晃が付け足すように言った言葉を耳にし、警部の顔に陰りが見えたのを僕は見逃さなかった。

「弓月と理由をいくつか考えてみたんです。その中で最も有力だったのが、犯行と平行に夢を見るという説でした」

「件数まで調べたのかお前ら…」

「はい。弓弦の見る夢は都内で起こった事件だけではないので全国規模で調べました!現に先月のバラバラ事件だって…」
弓月の瞳がちらりと僕に向く。

「神奈川だ。…県警に問い合わせた所、死因は左大腿動脈損傷による出血性ショック…弓弦の夢の通りだ…が…」


「もしかすると何かっ…」




身を乗り出した二人の瞳に見えた物…

こいつらも僕と同じように願っていたんだ…。




そんな二人を困った顔で見つめた後、大きく一息を洩らし、警部は今日一番穏やかなトーンでゆっくりと言った。

「一つだけ言っておく…」





「弓弦の夢と父親の件は切り離して考えろ。」



台詞一つで僕らがそれぞれの心に抱いていた期待を鷲掴みにされた気がした。

「これは刑事としての俺からの命令だ。いいな?俺だってだてに刑事やっている訳じゃない。お前らの考えている事くらいわかるさ。ただな、お前らの関与しようとしているのは実際に起こっている殺人事件で、幽霊や魂じゃない。ただのランダムという選択肢も外すな…そして何より、お前らだけで先走ることは絶対にするな!」

殺され続ける僕自身に与え続けていた微かな希望…分かってはいるけれど、この細い糸をどうにか繋ぎとめておきたい自分の心の奥で、カランと小さい音だけが虚しく響いた。


§


帰り際、ダンマリした僕を警部がそっと引き留めた。


「お前『すごく好きだった』って言ってたな…」

小さく頷く。

「交際のもつれ…となっているがな、互いに互いを想って取った行動が誤解を招いて悲劇となったケースだったよ。被害者は夜中でも恋人が訪れてくれた事が…嬉しかったんだな…お揃いのコーヒーカップが台所に並んでいてさ。本棚にも寝室にも…二人の写真が並んでいた…」


「お前の夢が、何に繋がっているのか正直俺にもまだ分からん。」

「だがな弓弦…」


「お前の夢が、毎日悲惨な事件に向き合っているそんな俺に…失いがちな人間みを感じさせてくれたよ」

警部を見上げると、柔らかく微笑んでいた。


「僕…殺人なのに、何故か暖かい気持ちになっていて…」


父さんに繋がっているはずはない…のに、父さんの笑顔が浮かんでくる。
涙がつぅーっと僕の頬を伝う。




「それでいい」


警部の大きい手が、僕の頭の上にポンと置かれた。



この時、警部が目の前の空気をじっと睨んでいた様な気がしたのは気のせいだったかもしれない。霞んだ視界の中で僕はそっと父さんを想っていた。


§



”ほれ”と携帯電話を差し出した警部は僕らに連絡先を入れさせ、何かあったら連絡しろと言って帰って行った。警部の連絡先は僕らの携帯に入ってないのに、どうやって連絡すりゃいいんだよ。。。
それでも何も言い返す気力もない僕らは、俯いたまま帰路についた。



「僕さ…どこかで期待してたんだ。夢が父さんの事件への糸口なのかもって…」

僕の言葉で弓月の唇がきゅっと締まる。

「二人が…同じ事を考えてくれてたのが、嬉しかった…っていうか…こう、ほっとしたっていうか…」

この雰囲気を壊せる自信の無い僕には苦笑いしか出来ない。




「可能性…あるんだったら、捨てちゃいけねーんだよな。。。」

晃の言葉に顔を向けると、晃は小さな笑みを浮かべて僕を見ていた。


「だったら、俺はその可能性も…捨てないぜ」




「そっれにしても… あちーなぁー。。」
そう言って先を行く晃の後ろで、弓月と僕は晃の存在の大きさを噛み締めた。



§


帰宅すると弓月が今まで集めていたファイルを持ってきた。
「今まで見せなくて、ごめん」
やけにツッケンドンだが、弓月の思う所は何となく分かっていた。
「もう、大丈夫な気がするから…心配すんな」
笑って見せると、「心配なんてしてないわよ!」顔を鬼にして部屋を出て行った。

あっ…久々の…兄気分。

クスリと笑う。


僕の知らない所で、弓月も晃も、警部も…沢山動いてくれている。
僕は怖がって、悲劇のヒロイン気取りで…でも、
僕が見る夢は、僕がきちんと向き合わないと何も始まらない。


僕だから出来る事…


ファイルを胸に

ゆっくりと瞳を閉じて眠りに就いた僕は…


心のどこかで次の殺人が迫っている事を予期していたのかも知れない。。。



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