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多数決は、正義か否か

「あぁ。私はどうしてこんな眉毛に生まれてしまったのだろう。」
小学五年生の私は、鏡を覗くたびにため息をついていた。

自分の眉毛がゲジゲジだとわかったのは、母の悪気ない言葉だった。
「奈々の眉毛は、お父さんにソックリで濃いなぁ!ゲジ眉やなぁ。」
「あはは。ほんまやー!おねぇの眉毛、ゲジゲジやぁ!」
小学三年生の妹は『ゲジ眉』という言葉が面白くて、
以来私を『ゲジ眉』と呼んでからかうようになった。

私は子供の頃から父親似と言われてきた。
特に眉毛がソックリだと言われ、いつも笑われた。
一方、妹は母親に似ている。
従って、顔の話になると、母と妹がタッグを組んだ。

「奈々みたいな眉毛をゲジ眉って言うんやで(笑)」
「ゲジ眉!ゲジ眉!」
母と妹は、面白がって私をからかった。
もちろん二人に悪意はない。単純に面白がってからかっていただけだ。

しかし、この言葉は私を大きく傷つけた。
小学五年生と言えば、ちょっとオッパイも膨らんできて、
本人としてはもうレディだ。
ゲジ眉とからかわれることは、耐え難いほど悲しい言葉だった。

私は、鏡を見るのが憂鬱になった。
小学校で友達と話すときも、眉毛ばかり目が行くようになった。
あぁ。どうすれば私の眉毛は、もっと薄くなるのだろう。
しげしげと眉毛を見つめながら、
なんとか眉毛が薄くなる方法は無いものかと考えた。

ある日、名案を思いついた。
『そうだ!眉毛を短く切ればいいんだ!』
眉毛を短く切れば、薄く見えるはずだ。
私は早速、この素晴らしい作戦を実行することにした。
妹が寝静まった後、二段ベッドの上でこっそりライトをつけた。
枕元に忍ばせておいた紙切りバサミと鏡を取り出す。
迷いはなかった。これでゲジ眉から解放されるのだ。

プチプチプチ。

おぉ〜!眉毛の切り味って、快感!
切る感触が面白くて、どんどん切り進んで行った。
最初は少しのカットだったが次第に大胆になり、
眉毛の根元から切っていた。
作業が進むにつれゲジゲジだった私の眉は、
どんどん理想の薄眉になっていく。

完璧だ。
両方の眉毛を全て切り終えてゲジ眉から解き放たれた私は、
新しく生まれ変わった幸福感で満たされていた。
もう誰にも『ゲジ眉』とは言わせない。

翌朝、私は清々しい気分で目が覚めた。
朝ごはんを食べていると、妹が私の顔をジッと見ている。
「おねぇの顔、なんかいつもと違う。」
そりゃそうだろ。ゲジ眉ねぇさんは、もういないのさ。
私は意気揚々と学校へ向かった。

教室に入ると、私の顔を見た友達が変化に気づいた。
「あれ?なんか顔が違う。」
「え?あ、ほんまや。違う!」
誰かが大声で言った。

「眉毛がないーっ!!!」

そのひと声で、クラスの男子までもが集まってきた。

「ほんまや!眉毛がない!」
「うわぁ!ヤンキーや!」
「六車、ヤンキーになってるでーっ!」

クラス中が私の眉毛を見て大騒ぎになった。
私は初めて、眉毛を切りすぎたことに気づいた。

その日の体育の授業は、走り幅跳びだった。
心無い男子たちは、わざと着地点で待機した。
ジャンプして『おでこ全開』になった私の眉毛をからかうためだ。
私は両手で前髪を抑えて飛んだ。
「ギャハハハハハ! ヤンキーやーっ!」
男子たちは、私の眉毛を大笑いした。

キレイになるために、眉毛を切ったはずなのに、、、。
クラス中の笑い者になってしまった。

眉毛が伸びるまでの期間、私は苦痛と恥ずかしさに耐えた。
もう二度と眉毛なんか切らないと心から誓った。

時が経ち、私の眉毛が伸びてくると、
もう誰も私の眉毛を注目しなくなった。
ようやく平穏な日々が戻ってきた。
ゲジ眉でもいい。もう二度と眉毛を切るのはやめよう。

それから年月が流れ、私は驚愕の事実を知ることになる。


私は、ゲジ眉ではない!!!!


大人になって公平な目で判断ができるようになり、
周りの眉毛と自分を比べてみると、私は全くゲジゲジでは無かった。
少なくともここ日本において、
私が見た全ての女性の眉毛の平均値から考えると、
私の眉毛はいたって普通であった。

つまり、私の眉毛がゲジゲジなのではなく、母と妹の眉毛が薄かったのだ!
ゲキ薄眉毛の二人にとっては薄眉が基準となり、
普通眉である私が、「めっちゃ濃いやん!」となったわけだ。

おぉぉぉぉ。なんという悲劇か。
小学5年生の私にもっとニュートラルに判断する力さえあれば、
ヤンキーだと笑われることもなかったであろうに。


いやはや、多数決の恐ろしさよ。
『数が多い=正しい』ではないと学んだ、ゲジ眉事件であった。


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