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長編小説「ひだまり~追憶の章~」 Vol.4‐①

~晩夏のスキーヤー@五山送り火を過ぎた京都~

Vol.4‐①

 午前8時過ぎに退社した後、池田君と繁華街に出た。月曜だというのに、木屋町通りを周遊する人波は絶え間ない。繁華街の数が少ないせいか。
 どちらかというと、昼間の北山通沿いの方が好きだけど。定休日を明日に控え、幾分か開放的な心持ち。

 そう云えば学生の時、南欧文化史のルイス教授が『大坂、小さな都会。京都、大きな田舎、ね⁉』と、仰っていた。

 仕事を終えた後帰宅するべく河原町通りを歩く時、ふらっと脇の路地へ入り込みたくなる。
 私は酒には弱いが夜には強く、友人も酒豪が多い。時には、ノンアルコール・ドリンクで雰囲気に酔っ払って、寂しさを紛らわしていた。
 今は、〈我が城〉でドリップでたてたコーヒーを味わいながら、ロッカバラードの甘くかすれた声を聴いている方が好い。けれど時々ふと、『夜出歩き虫』が頭をもたげて来るのだ。


 ビアホールやコンパ・スペースから出て来るにぎやかな集まり。まだまだ【Halloween】には早いだろうに、なんだか嬌声をあげながらコスプレ集団が二次会へ行くナンパを始めている。
 学園祭の打ち上げなのか。。。そう云えば、私は合コンなんてスキー競技部の新入生歓迎コンパしか参加した事がなかった。まだ19歳でアルコールを口にしたとか、それはともかく、陸上部と合同だけど結局そんな場で出逢った人とは付き合ってないし、他に合コンに誘われても『どうせその場限りの繋がりでしょ❓』と断わっていた。彼氏が居ても居なくても。
 出逢いやナンパされるのも、学外だ。

 仕事中に、カレンダーをめくって9月に替わることを確認してるのに、まだまだ初秋だという感覚がない。七夕だって知らないうちに過ぎていて、ウィンター・スポーツのショーウィンドウをデコレする草案会議準備に追われていた。
 とりあえず、宵山までの祇園祭の喧騒と、五山の送り火眺めるのとで、夏の往来と去りゆくのを感じただけだった。

 織姫と彦星はえらいよね。何が有っても1年に1回は会おうとしてるんだから。。。逢えない間、どうやって日々の寂しさを紛らわしてるんだろ。。。不器用な恋しかできないから、それ程大切な存在さえまだ、見つけられないでいるよ。。。

 季節外れな七夕の物語で物思いにふけって、スキーをする事でしか季節が替わったと味わえない自分に半分苦笑して、でも半面そんな自分も嫌ではなかった。


閉店した河原町VOXビルB1F 
ダイニングバー『DEN-EN』


 パスタ専門のレストランで簡単な食事と語らいを済ませた後、再び通りに出た。空を見上げる。
 ネオンとネオンの間に切り取られた夜空の、どれが夏のさそり座なのか判らないが、北の空の七つ星、それに対するカシオペア座くらいは知っている。ポラリス(北極星)を目印にするのは、スキーヤーの癖。
 熱帯夜ではなくなった空気だけは、素肌が懐かしそうに感じ取っている。

 見上げていた顔を元に戻すと、一瞬、横に並んでいた筈の池田君が見つからなかった。私はため息をついた。
 2メートル先の人混みの中に池田君を見つけると、私は安心して周囲をキョロキョロし始める。
 〈BIG=BANGホール〉の在るVOXビルの前に居る。柱に貼り出されたLIVEスケジュールに近寄った。26日の欄には、確かに女性シンガー斎藤詩織の名が記されている。

 ナカサン、本当に来るんだね。。。

 ニッコリして、私は今夜のLIVE欄を注視する。〈バンドワゴン〉というグループが、今夜このホールでメッセージPOPSを演っている。
 中学の時アイドルグループだったメンバーは、それぞれの道を歩いているのだ。あの頃、ライヴハウスと学園祭巡りをしていたイクタジョージも今、クラプトンと同じ規模のステージに立ち、活動休止しても首都圏で豊かに暮らしている。

 今夜はデイトより、サトウクンのPOPS LIVEに行きたいな。。。

 自分の気まぐれに苦笑していると、池田君が立ち止まり、こちらを向いていた。
 ゆっくりとした歩調で追いついた。どんどん先を急ぐのを、小走りで一生懸命ついて行くほど、私は池田君に親密な想いを抱いていないと、気づく。
 池田君も、今夜のデイトをいかに澱みなく進行させるかで頭がいっぱいに成っていて、人の流れなど考えていなかったに、違いない。

 私はまた、弘也と出逢う前の日々を繰り返すのかもしれない。

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