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必要なのは経験と...

 車を運転していると、前方の車道に人影があって驚いた。
自転車を路肩に停め、道路の真ん中で何かを拾おうとしている。
小さなタバコの箱だった。
私はゆっくり車を停め、彼が拾って自転車に戻るのを待った。ただでさえ大きな車。人を前にして脅威にならないように、静かに出来るだけ笑顔で見守った。

 と言うのも、慌てて拾って自転車に戻るその人を見ながら自分自身もバイクを走らせていて買い物かごからネギを落としてしまったことを思い出したからだ。バイクを路肩に停め、ネギを拾うタイミングを見ていたが、夕方のラッシュアワー。車は急足でビュンビュンと目の前を通過し、次の信号待ちの間に拾い上げたネギは所々轢かれた跡があった。みんなが怖い顔をしていて車も怖い顔をしている様に見えた。

 友人の車の助手席に乗っていたら、工事のために誘導をする人が道路に立っていた。暑い日だった。車の中はクーラーが効いていて、その路上に立つ人がどんなに暑いかなんて想像も出来ないくらい快適だった。
 一生懸命誘導をする人の横をすれ違う時、その人は笑顔で頭を下げた。
「昔ね、この仕事したことあるんだ。こうして挨拶してくれる人に元気をもらえたんだよね。」
 私も笑顔で頭を下げた。演歌歌手が歌の最後にするみたいに、口パクで「ありがとうございます」と言った。そしてそれ以降20年以上私の習慣となっている。

 私はそんな風に人がしてきた経験を聞くのがとても好きだ。その人の行動や心がけはその人の経験が作っていて、何よりもその経験をプラスにしている人の尊さは輝いている。

 私は子どもたちに英語を教える一教師で三人の子育てをする親でもあるが、子どもが経験から得るものを邪魔しない様にすることを心がけている。善いこともちょっぴり悪いことも。経験をさせることの尊さを思って、出来るだけ先回りしないようにするし「こういう経験からこれを学ぶべき」というアドバイスも一切しないように気をつける。そうやって心がけないと、生きている年数が増えるとどうしても人に教え込もうとしてしまうのは人間の性。そういう性や本能を知り、それに敢えて逆らって子どもたちを見守ることで、その子の人生は大きく変わるだろう。

 私はただ子どもたちが「こんなことがあってね、こう思ったんだ」とか、大人たちが「こういう経験があるから、今はこうしているんですよ」と言うその話をニコニコしながら聞いている。そして「そういうの、好きだよ」とただ伝える。世界に一つだけの自分の経験とそこから生まれる価値観。それが多い人を私は魅力的な人だと感じる。

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