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料理とわたし

料理、の定義を
「自分や家族、友人などに、とりあえず食べられるものを提供する」
とした場合、わたしの料理歴は小学生時代からになります。

料理をするようになってからかなり経ったなあ、と思い、料理との関係を振り返ってみました。

小学生〜高校生 レンチン料理期

我が家は母と2人暮らしだったため、母の帰宅が遅いときは自分で適当に、レンジでチンするだけの焼きそば、湯煎するだけの中華丼、などですませていました。

お米を研いで炊いておく、まではしていましたが、基本的には母が必死に早く帰宅して夕飯を作ってくれていたこともあり、自分でなにか作ろうという気はまったくなかった期間です。

大学生 一人暮らし料理ハイ期

そして大学へ。一人暮らしをはじめたので、ここで初めてしっかり「自炊」をしました。
レシピ本を買って、普通の献立を整えるだけでも大変だということを実感。
「一人暮らしで料理をして自分の食生活をまわしている!」
という料理ハイ状態だったので、スーパーでの買い出しすら楽しかった時期です。

このハイ期間が落ち着くと、献立はかなりワンパターンに…。
冬はひたすら、鍋焼きうどんを食べていた記憶があります。野菜も肉も炭水化物も一度にとれるから。

社会人 料理してもらう期

社会人になり、実家へもどると、仕事を辞めた母が専業主婦状態で家にいるように。そのため、まったく料理をしなくなりました。
残業して帰れば、ご飯が出てくる生活。
「世の中の、家に帰るとご飯が出てくる人ってこんなにしあわせなのか!」
と思ったことを覚えています。

結婚 元夫が料理してくれた期

その後結婚し、元夫と暮らし始めましたが、当時はわたしの方が残業が多く帰宅が遅かったため、元夫がご飯を作って待っていてくれました。
これはこれでありがたい期だったのですが、のちのちこれが離婚の原因のひとつとなります…。

産後 生協頼りまくり期

娘が産まれ、なかなか買い出しに行けなくなったので、生協に頼りました。
温めるだけのお惣菜、焼くだけの魚・魚などにも頼りまくってなんとか献立をひねり出していた時間です。

旬の野菜が毎週届くため、たとえば冬には、
「丸ごとの大根が2本たまってしまった!」
ということもよく発生。食材を使いきれないこともあって、よく落ち込んでいました。

仕事復帰 料理イヤイヤ期

仕事に復帰したら、さらに料理が苦行に。
元夫が飲み会と聞けば心の中でバンザイし、娘やママ友とファミレスで食べて帰っていました。
「疲れているときに作ったご飯っておいしくない」
と実感したのもこのころです。

料理試行錯誤期

離婚して娘と2人暮らしとなり、ワンパターンなメニューが続いたり、冷凍食品を試してみたり、娘と一週間のメニューを決めておいてその通りにまわしてみたり。

自分が無理しすぎずに続けられる料理スタイルを探してジタバタしていた時期でした。

作り置きに目覚める 料理イヤじゃない期 

↑今ここ

娘が高校生になり、お弁当作りがスタート。
毎朝作るなんてできるわけがないので、週末におかずを作り置きしておくようになりました。
「つくおき」というサイトでお弁当の副菜やメインを探して、15品くらい作り置きしておきます。
これらを娘とわたしのお弁当として持って行ったり、夕飯の副菜にしたりも。

土日のどちらかに3、4時間くらいまとめて料理やおかずの仕込み(たれに漬けておくなど)の時間を確保してそこだけ頑張り、平日は楽をする
このスタイルが今のわたしには無理なく続けられるということがわかりました。

平日には、わたしは包丁を持ちたくないんだ!

という心の声に素直になったことで、やっと料理が嫌ではなくなったのです…長い道のりでした。

料理は、家族などと住んでいても一人暮らしでも、何かしらの形で(レトルトをあたためる、冷凍食品をチンするなどでも)ずっと続くもの。

自分はどういう形だったら無理なくできるのか。
他の人と比べずに「料理とわたし」の関係を見直してみたら、とても気持ちが楽になりました。

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