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この手の大きさを覚えておきたい

1歳2ヶ月を迎えた息子。
半年前とは比べ物にならないほどパワフルで、自宅保育日の夕方ごろには、全身からプシュゥゥゥウウ……っと煙が立ち、昨日停止寸前状態になる程体力は消耗されてしまう。

夫の帰宅とともに緊張の糸がふわっと解け、お風呂や着替え、歯磨き、そして寝る前のミルクを終えた後は、いつものように二人用の敷布団の上に息子と寝転がり、まだまだ遊び足りない息子のもとに眠気が近づくのを待つ。

おしゃべりしたり(もちろん喃語で)、私の上にのしかかったり、顔や指に噛み付いたり。
出来うる限りの最後のひと暴れをした後は、自分の気持ちとは裏腹に襲いかかる眠気に葛藤して泣き声をあげて……
ここ最近の寝かしつけは、難航する日は30分〜1時間くらいかかるのでまぁまぁな大仕事だ。
(ネントレしないとね……わかってはいるけどできてないなぁ……)

目をこすりながら、少しずつ1日の終わりを受け入れようとしている息子の背中をトントンと優しく叩く。
すると何かに縋るように、空中に手を伸ばして探るような動作をする。
不思議に思いつつ、そのかわいさに人差し指を差し出すと、ぎゅっと握って息子の動きは落ち着いた。


この瞬間、1年前の息子の姿が頭に思い出された。

人差し指で小さな小さな手のひらを触ってやると、その手の大きさとは釣り合わないほどの力強さでしっかりと握ってきた、あの手。
今では体感、倍くらいの大きさになったように思う。

1歳2ヶ月の息子には、当然把握反射は見られない。
51.5cmで生まれた身体は80cmまで成長したし、体重も3倍ほどまでになった。

生まれたての頃。
「今しか見られないんだよねぇ」と言いながら、まだまだ子育てが特別なものだった。
今ではもうすっかり日常に溶け込み、うっかり目の前の息子から目を離し、違うことに意識を持ってかれることも正直増えた。

でも、きっとそれではダメなのだ。
「今しか見られない」は、今もこれからも、ずっとそう。

1歳2ヶ月の息子の手の大きさは、今しか感じることができない。
この手がどんなふうに私の指を握ってくれたか、この手を見て自分がどんなに優しい気持ちになったか、油断すると記憶の片隅に追いやられ消えていってしまうだろう。

胸の奥がつんとする。
目の前の息子を、思い出せなくなるなんて、いやだ。

この手の大きさを覚えておきたい。
来年も再来年も、その先ずっと先も、息子の生きているその瞬間すべてが私にとって大切な宝物なのだから。

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