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ひとめぼれ

シンノスケと別れてから、気付いたら2年が経っていた。


大学生活後半は、アルバイトに勤しみ、そこで出会った人とのコンパに明け暮れていた。


コンパでいい感じになった人と、酔っ払って中抜けしたらラブホ入り口にいることに気付いて、酔いが冷めて逃げて帰ったり。ちょっといいかなぁ?と思った人がいても、既婚者だったり。散々なエピソードは山ほどあるけれど、ある意味恋愛をしよう!という気持ちに、貪欲ではあった。


誰かと一緒にいることで、ぽっかり空いた穴を埋めようとしていた。それが自分の中で必要なことだとずっと思ってた。


トキめくことも多少あったけれど、そこから恋愛に発展することなく。あぁ一生カレシなんてできないんじゃない?なんて思ったことも。友達に「考えすぎ」って何度も笑い飛ばされながら、くすぶった気持ちが晴れることはなかった。


新しいネイルをしても、可愛いかばんを買っても、素敵なディナーに誘われても、どこか冷めている自分もいて、感情をコントロールできなかった。


そうこうしているうちに、大学生活は終わりを迎えた。運よく、4年生の夏に内定を頂いた会社に、そのまま就職。「社会人デビュー」とう言葉には心が躍った。その反面、自由な学生生活を失う喪失感も感じていた。


配属された部署は、全部で80名ほどいたが、9:1の割合で男性が多かった。そのせいか、新入社員の私にみんな優しくて、可愛がってもらっていたと思う。小生意気な私に唯一厳しかった30歳の先輩女性は、今思えば社会人には当たり前のことばかり教えてくれていたと思う。当時は、「何このめんどくさいオバサン」って大っ嫌いだったんだけどね。無知って怖いね。


飲み会では、男性陣がこぞって私の隣に入れ替わり立ち替わり座った。チヤホヤされることが多く、社会人も捨てたもんじゃないやん。って私は調子に乗っていた。同じ課の先輩男性マキタさん(仮名)は、背が高くて首が長くてスーツがすごい似合ってて優しくて、「素敵な人」と密かに思っていた。飲み会帰りも、駅まで送ってくれて飲み物を買って渡してくれたり、レディファーストな感じが、なんだかくすぐったかった。


しかし、いい感じかも?と思ったのは私の勘違いだったようで、マキタさんから私にアプローチしてくることは無かった。仕事中も頻繁に声をかけてくれたし、帰り時間が同じになったら数人交えて食事することもあった。連絡先も交換したけれど、思ったよりもやりとりする回数は少なかった。


はて・・・。これはどんな感じなんだろう。


そう思ってたら、同期のサヤカ(仮名)から昼休みに報告を受けた。


「マキタさんと付き合うことになった!」


ようやく発展しないこの感じの意味がわかった。アプローチ相手はサヤカだったか・・・。マキタさんの優しさは、可愛い後輩として。サヤカの同期として。だったのね・・!と合点がいった。なんだか勝手に失恋気分を味わっちゃったよ。苦笑


そんな感じで、ふわふわした社会人スタートだったが、それなりに充実していた。OLっぽい服装に変えてみたり、同期と旅行に行ってみたり、会社の先輩たちとBBQしてみたり。学生とは違う、社会人同士の付き合い方を学んだ。


そして、社会人一年目の秋が訪れた。


「新居に遊びにおいで。旦那の友達も集まるから。」そう、卒業と同時に結婚した大学の友人、ナオコ(仮名)から連絡があった。


結婚かぁ。なんとなくふんわり描く結婚像をなぞるように、ナオコの家へ遊びに行った。新築賃貸マンションの2階に新居を構え、可愛いインテリアで埋め尽くされた玄関がなんだか新婚の象徴のように思えた。


そこで出会ったのが、カズヤ(仮名)だ。


前髪が長いキレイな顔立ちの男性だった。集まったメンバーは賑やかで、その中で物静かな彼はひと際目立って見えた。さほど言葉を発することなく、にこやかな笑顔で話を聞く姿が印象的だった。


今まで好意を寄せた人とは、全く違うタイプだった。賑やかでアクティブな人に好意を持っていたが、この時は違った。何故か目が離せなかった。整った顔立ちに惹かれたのもあるかもしれない。


2LDKの部屋に、総勢12名ほど集まっていた。みんなでナオコの手料理を堪能し、ゲームをしたりして時間を過ごし、後半は各自バラバラに数人で話したり、外へ煙草を吸いに出て過ごす人もいた。私はひとしきり色んな人に話しかけていたが、ずっと気になって目で追っていたカズヤには話しかけることができなかった。意識し過ぎると、動けないってやつだ。


煙草を吸いに隣の公園の灰皿へ向かったら、同じく煙草組が数人外にいた。何気ない会話をしながら、マンションの方を見ていたらカズヤが来るのが見えた。


話しかけるチャンスだ!!


カズヤは他の人と話しながら、煙草を口にくわえ、ライターを探そうとポケットに手を突っ込んだ。「あ、部屋に置いてきたかな」と呟いた瞬間。


あ、どうぞ。


光の速さで、ライターを差し出し火をつけた。後に、手際の良さにキャバ嬢なのかなって思ったとカズヤから聞かされるんだけど。笑


それをきっかけに、一気にスイッチが入った私は、喋る喋る。8喋ったら、1返ってくるくらいの感じで、カズヤと話した。盛り上がったのか?というと、若干カズヤは引いていたらしい。


わかりやすくテンションが上がった私を見て、煙草組のひとりが気を遣って促してくれて、カズヤの連絡先をGETした。ナイスサポート!グッジョブ!私は浮かれて一気に恋愛モードに入ったのだ。


それから、カズヤと連絡を取り合うようになるのだが、これもまた8送ったら1返ってくればいいくらいだった。今までの私なら、脈無しだなって諦めるくらいの反応だったんだけど。この時は違った。


1回返事が返ってくるだけで、嬉しくてニヤけた。心が躍った。あの日初めて会って、話ができたのは会の後半で、口数が少ない人だから、どんな人なのかわかっているとは言えない。それでもこれだけ夢中になるんだから、「ひとめぼれ」ってあるんだなって実感した。


出会ってから、初めてのデートにこじつけたのは、1ヵ月ほどかかったかもしれない。何度となく予定が合わないとフラれ、脈無しでしょ?とナオコにも言われ。それでも、もう一度会うまでは!と必死のアプローチだったと思う。


ようやく夕ご飯でも!と約束をし、カズヤの地元へ遊びに行った。駅のロータリーに車を停めて、運転席で待っていたカズヤが駅のホームから見えて、サングラス姿に悶絶し、なかなか出て行けず・・・。


もじもじしながら、カズヤの車へ向かったら、私を見つけて笑った顔が見えた。もう笑顔に撃ち抜かれたように、恋に落ちた。いや、恋に落ちていたのかもしれないけれど、決定打を打たれたのだ。


車内、私が照れを隠すように勢いで喋りまくるのを、相槌を打ちながら、聞くに徹するカズヤ。時折、「ははっ」と笑ってくれる度、もっとその笑顔を見たいと喋りに拍車がかかった。車内にかかるジャズが、大人なBGMに聞こえて惚れ惚れした。


最初のデートは、食事をした後に、カズヤの住む街にある空港へのドライブデート。滑走路の隣にある公園に車を停めて、ライトアップされた滑走路や、降り立ってくる飛行機を見ながら色んなことを話した。口数の少ないカズヤが発する言葉ひとつひとつが、心を打った。内容がどうとかじゃなくて、声を聞いているだけで満たされた。


帰り道、駅まで送ってもらった時、家まで帰りつく電車がもう無いことに気付いた。調べるのを間違ったようで、途中で立ち往生してしまう時間だった。そう話すと、カズヤは少し困った顔をして「うち来る?」と言ってくれた。


想定外だったけれど、嬉しい誤算だった。もう少し一緒にいられる。そう胸が高鳴ったのだ。コンビニに寄って、旅行用スキンケアを購入し、カズヤのマンションへ。到着すると、分譲マンションだった。片親で、お母さんと二人で住んでいることを知った。


「もう母さん寝てるから、静かに入って」


そう言うと、鍵を出してドアを開けた。真っ暗な廊下が伸びていて、すぐ左の部屋に通された。カズヤの部屋だ。


ドキドキしながら座ると、カズヤはおもむろに着替え始めた。こういう時ってどんな顔してればいいの?!とパニック状態の私は、後ろを振り向いて座り込んだ。


「そんなに緊張しないでよ」


そう笑うカズヤの声で、更に緊張感が増した。浮かれてついてきたけど、泊まるんだよね・・。付き合ってもいない人の家にヒョイヒョイついてくる女ってどんな風に見られてるんだろう。軽い女だと思われたのかな。なんて、どんどん罪悪感が生まれた。


気付いたら、カズヤは着替えを済ませてベッドに横になった。眠そうな顔をして、こっちを見てる。


「顔、落としてきたら?」


促されるように、洗面所へ入って軽くメイクオフ。借りたTシャツを身にまとう。どんどん緊張してきた。どうしよう。これ、どうなるんだろう。鼓動が早くなるのがわかった。


部屋に戻ったら、カズヤがうとうとしているのが見えた。なんだかホッとして、ベッドの横に座り込んだ。


「おいで」


そう聞こえたかと思ったら、腕を掴まれてベッドに引き上げられた。一瞬の出来事だった。


カズヤの隣に横になる形で、ベッドの上にあがった。顔が近い。数センチ先に、カズヤの顔がある。目を合わせることができなくて、俯いた。


「寝る?どうする?」


色んなことが頭に巡ったけれど


「寝る」


そうひねり出すのが精いっぱいで。


「ふーん おやすみ」


そう言って、頭を撫でてくれた。


あぁ温かい手だなぁ・・ドキドキも限界なんだけど・・・頭の中真っ白になっていたら、カズヤの寝息が聞こえてきた。


あれ?

ほんとに寝た?

え?

ほんとに?


なんて拍子抜けした私は、なかなか寝付けなくて気付いたら朝方だった。それから少しだけウトウトした。


目を覚ますと、カズヤは隣にいなかった。重いまぶたを開けられないまま、洗面所に向かったら見知らぬ女性が鏡の前に立ってた。


「あ!ごめんなさい」


そう謝ると、優しそうな顔で


「カズヤのお友達?おはようございます」


そう会釈したのは、カズヤのお母さんだった。


急にとてつもなく恥ずかしくなって、急いで顔を洗って部屋に戻り簡単にメイクをした。


「めっちゃ気まずいやん・・」


そう思ってたら、カズヤが部屋に戻ってきた。


「おはよう。朝めし食べる?」


そう笑うから、その笑顔に持っていかれそうになりながらも、さっきお母さんと出くわした衝撃がフラッシュバックして。


「帰る」


赤い顔がバレないように、必死ごまかした。


結局、最寄り駅まで送ってもらって、帰途に着いた。


何もなかった・・・けど、一緒にいる空間は居心地が良かった。カズヤの匂いが、服にまだ残っている気がした。



前に進んだようで、何も進んでいない。なんだか奇妙な初デートになった。


続く。(長くなっちゃったゴメンナサイ)







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