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カフェの店員さんをすきになってからこの恋が終わるまで

いつものカフェに行って、
すきな店員さんに会いにいく。
わたしのささやかな日常のたのしみだった。


前職の会社の下にチェーンのカフェがあった。
イートインもテイクアウトもできるタイプのコーヒーやさん。わたしは、そこの店員さんを好きになった。きっかけは、人懐っこい笑顔だった。

入社当初のわたしはよくそこのカフェでお昼を食べていたんだけど、2回目行った時にもう顔を覚えてくれていて、気さくな感じで話しかけられた。会社という閉鎖的な空間に早くも辟易していたわたしはそれがすごく嬉しかった。何度もお昼に通った。でも、お昼時は会社が周りに多いこともあって、やっぱり混む。話せる時間はレジでお会計をする時か、料理を受け取る時くらいだった。
もうすこし話したいと思っていた頃、ある日夕方にカフェに行ったらお昼時とは違いゆっくりとした時間が流れていた。そのぶん話せる時間は長くなり、わたしは毎日夜仕事が終わった後にカフェに行き1時間〜2時間ほど資格の勉強をしてから帰宅するのがルーティンになった。

夜通うようになってからいろんな話をした。
世間話や仕事の話、近所のおすすめのお店(わたしと店員さんは家がわりと近かった)、趣味、すきな食べもの、カウンター越しに毎日他愛無い話を重ねた。店員さんは30代で正社員として働くベテランさんだった。朝出勤する時、逆方向から来てるくせにカフェの前を通りたくてわざわざ遠回りして通った。仕事で外出する時もわざわざカフェの前を通った。そのうち、「今日お店の前通ったよね?」と言われるようになり、お店の前を通るたびに気づいてくれて手を振り合うようになった。今思い出してもあますぎて胸がきゅっとする。

お互いレジで話に夢中になって、店員さんがお会計を忘れそうになることがあった。かわいいって言うと照れた顔をして笑う。名前を聞いたら、「下の名前で呼んでいいですよ」と言われた。ドリンクを別の店員さんから受け取っていたら、キッチンから出てきたその店員さんがわたしに気づいて「あっ!」と嬉しそうに笑った。カップにイラストを書いてほしいとねだったらとてつもなく不細工なピカチュウを描いてくれた。エピソードなんて挙げたらきりがないくらい。少しずつ近づいていく距離がうれしくてもどかしくてもっと近づきたくて、休みの日もカフェに行くことが増えた。

そのうち、店員さんは仕事を上がる時に、毎回わたしの席まで話しかけに来てくれるようになった。毎回わたしは店員さんのおしゃれな服装を見て、かわいい!と言った。好きだなんて言えないからたくさんかわいいを言った。かわいいは、愛おしいだよ。
毎回髪を切ったり新しい服を着ていくと真っ先に気づいてくれた。その繊細さが好きだった。わたしはその頃仕事が辛くて、毎日消えたいとさえ思っていたけど、なんとか生きていられたのはこの店員さんのおかげだと思う。

いまでも鮮やかに思い出す出来事がある。
仕事で落ち込んでいた時にいつものようにカフェに行ったら、「元気ないね」と話しかけられた。わたしは自分の不甲斐なさに嫌気がさして、わたしなんかが大変とか言っちゃだめですよね、と言った。そしたら、「わたしなんか、って言わなくていいんだよ。みんな大変さは違うから」と言われた。わたしはその瞬間ああ好きだと思ってしまった。言葉の選び方が優しい。好きだ。無性に泣いてしまいたくなったのを覚えている。

そのうち、一緒に途中まで帰るようになった。
これはわたしの戦略だった(強かすぎる)んだけど、店員さんが帰るタイミングを見計らって帰りの準備を進める。帰りの支度をしたら店員さんがわたしの机に来る。わたしもいま帰ろうと思ってたんです、と言う。一緒に帰る。はい、したたか〜
見送ってくれる距離は次第に長くなっていった。
初めはお店の前だったのがお店からすこし離れた広場になり、最終的には家のすぐ近くまで送ってもらうようになった。わたしはすごく奥手に見えて恋愛になると狂気的なので、いま思い出すと恥ずかしぬような言動をたくさんしていて思い出して悶えてしまう。

でもね、すごく順調そうに見えるけど、
どうしても叶わないことがあった。
それは、2人で休日に会うということ。
何度か冗談混じりでデートに誘ったことがあった。
「おすすめのカフェを案内してほしい」とか「近所のおすすめの居酒屋を案内してほしい」とか言って。
でもそれは、やんわりとはっきりと断られた。
「機会があればね」と言われた。機会がないから誘ってるんじゃん、と思った。
そしてこの店員さんはかなり古株のベテランさんだったんだけど、接客が素敵だからこの店員さん目当てで来店するリピーターのお客さんがすごく多かった。そのお客さんと楽しそうに話す姿に嫉妬はしなかったけど、ある時わたし以外の女性と仲良さそうに帰っているのを見たことがあった。わたしに彼女との関係を聞く権利はなかった。すこしだけ不安な気持ちはますますわたしの好きを加速させた。そのぶん、わたしと一対一で話してくれている時は自分が特別だと錯覚するような感覚を覚えた。

そんなことがいろいろあり年が明けた頃、どんな話の流れだったか忘れたけど(たぶんわたしが唐突に言ったんだと思う)思いがけずLINEを交換できた。びっくりした。一気に距離が縮まったような気持ちになった。それからすぐにバレンタインデーがきた。わたしはかなりガチ感満載のおっっっったかいチョコを渡した。チョコのお礼だったのかわからないけど、休日に一緒にカフェに行くことになった。とんとん拍子すぎて意味がわからないと自分でも思った。デート(ここまでデートと書いてるけどこれはデートなのか、、?まあデートでいいか)はわたしの最寄駅待ち合わせになった。当日は時間も忘れて有楽町や大手町の休日で人の少ないビル街の狭間を歩いた。話した。

時々訪れる沈黙
エスカレーターで必ず振り返ってくる無邪気さ
森のなかみたいな安心する香り
笑った時にすこし高くなる声
筋張った綺麗な手 
わんちゃんみたいにふあふあの髪
ぜんぶ、ぜんぶ、新鮮で尊くて愛しくて
忘れないようにそれらの光景を何度も瞳に刻み込んだ。一緒にいるだけで嬉しくて、幸せで、
特別なことをなにもしなくても楽しかった。それだけでよかった。
電車に乗ったとき、満員でバランスを崩しそうになった瞬間触れないように、でもそっと手を添えてくれてわたしって女の子だったんだ、と一瞬思い出して我にかえって、こころがきゅうっとなった。
コートの色がお互い黒で、ペアルックみたいでひとりで浮かれてた。春はお花見でも行きたいね、と話し合った。

その日以降もわたしはカフェに通った。
次の約束がほしいと思いながらいつもの日常を過ごした。LINEを交換したはいいものの、お互い文面だとうまく会話を繋げず直接会って話す機会がほしかった。
もっと、近くに行きたいのに、行けない。
知りたいのに、知れない。
もう、桜が咲いてすぐに散ってしまうと焦った。
一緒にお花見行こうなんてのも所詮社交辞令だったのかもしれない。またご飯に行こうなんて、誰にでも言っているかもしれない。

デートからしばらく経った日、店員さんがわたしの知らない女の人と一緒に帰っていった。
しばらくして、あのひとが忘れ物をしたようで走って店に戻ってきた。忘れ物を取ってまた店を出るとき、わたしの席に立ち寄って言った。

「常連のお客さんと仲良くなって、よく一緒に帰るんですよ。」

わたしはなんと答えればいいのかわからなかった。
すごい、とかいいなあコミュ力高くて、とか
そんな適当な相槌を打っていたと思う。
だって、わたしは、そんなこと聞いてない。
なにかやましいと思ってる?それとも試してる?
あなたも他のひとと同じなの?
わたしを素直にすきだとは言ってくれない。わたしはいつまでもその他大勢の「とくべつ」の1人でしかない。好きで好きで辛いのに、鈍い痛みが続くのに、しあわせな気持ちをいつも少しだけくれる。
金平糖みたいな綺麗であまいやさしさ。

わたしが席でいつものように勉強していると、
あのひとは退勤したあといつもの流れでわたしの席に寄ってきた。「いまつけてるハンドクリームすごくいい香りなんだよ」わたしは差し出されたあのひとの手を香る。「ほんとだ、紅茶の香りだ」「つけてみる?」おすすめの香りのハンドクリームを手渡してきて、わたしがそれをつける。ふたりでお揃いの香りになる。紅茶のあまい香りがふわふわとふたりの間に流れる。

この頃わたしは仕事が心底辛くて、毎日のように会社で泣いていた。
思わずカフェで涙が止まらなくなってしまった時もあった。店員さんはわたしを気遣うように守るように、やさしく寄り添ってくれる。「落ち着くまでここにいな」と一言だけ言って、そばにいてくれる。だからわたしはまた、わからなくなる。

わたしはいつだって、あのひとに「かわいい」をあげる。
「かわいい」と言えば言うほど、照れて笑う顔がかわいい。「今日仕事がんばってよかったです」とか言ってみる。素直でかわいい女の子なら愛されるかな?でも、あのひとはわたしに「かわいい」はくれない。あのひとが言う「かわいい」は、わたしの内面ではなくて、身長とか手の小ささとか、多くの女の子に当てはまるような身体的な特徴に対しての飾りの言葉。わたしはいつまでもほんとうに「かわいい」女の子になれない。本当は、自分が言われたい言葉を言っているだけなのかもしれない。

春がすぐそこにきて桜の蕾が綻び始めた頃、店員さんと2回目のデートに行った。でもね、ぜんぜん楽しいと思えなかった。その頃のわたしの精神状態が完全ではなかったこともあるだろうし、わたしの価値観と店員さんの価値観の明確な違いに気づいて小さな絶望を味わったことも原因だった。でも、減点形式で店員さんを見ている自分がいると気がついた時、もう会うのはやめようと思った。わたしだけがずっとひとりで恋をしていたんだと気がついてしまった。わたしは、やっぱり、わたしをすきなひとと幸せになりたい。
帰りに駅のホームで別れた。もう最後だ、とどこか確信めいたものを感じていた。満開の桜を2人で見る前にわたしはこの関係を終わらせた。

わたしはその後仕事でいろいろとメンタルや体調を壊して退職して転職するわけだけど、それから一度もカフェに行っていない。連絡もとっていない。向こうから連絡もこない。それが答えだと思った。なにも始まっていなかった。始まる前に終わった。
また冬が近づいてきて、カフェに足繁く通っていたあの頃を思い出す。会えるだけで話せるだけでうれしくて、そのひとを思い浮かべるだけでなんでもできるような気がしてしまう、そんな気持ちをくれてありがとうと思う。思い出してこうやって書き出して、なんだか映画や小説でもみたような気になった。不思議な感覚だね。あの頃とはぜんぜん違う場所でわたしは生きて、必死に、でも楽しく生活している。
どこかであの店員さんが元気だといいな。

店員さんが働いていたカフェの別店舗に行ったとき、教えてくれたカスタムでドリンクを頼んだ。
カップに口を近づけると懐かしいバニラの香りがふわっと香った。肌寒い平日の帰り道、冷めて一層甘くなったバニララテを大切に抱えて帰ったあの日々を思い出す。
熱いうちに飲み干してしまおう、バニラで胸が焦がれてしまう前に。

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