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いにしへの短編集6《地球の波動》

北の民は
南の民を村の深部へと
いざなってゆく

そこで待つ者は
南の民を
目覚めさせる

《地球の波動》

 その村は、すべてが石でできているように見えた。しかも、大きな一枚岩から成る建造物が多く目につく。ハセとメノワ、イマケは見慣れぬ光景に目を奪われながら、北の民に導かれるまま村を歩いていた。
 しばらくすると2本の石柱の上に巨大な石が載った、穴倉のような建造物が見えてきた。奥行きがあるようだが、中は薄暗く外からはよく見えない。
 北の民が、その入口に手を向けながら何かを言った。いにしへの言葉を知る学者イマケが、その意をハセとメノワに伝える。

 「入りなさい。アワが待っている。そう言っています。」

 「あの巨石の中に入るのですか? 崩れたらひとたまりもない。」

 メノワが不安そうに尋ねると、イマケは

 「そのようですな。」

と頷いた。ハセが穴の方に進み出ると、力強い声で言う。

 「ここまで来たんだ。行くしかないだろう。俺は行くぞ。」

 「わ、私も行きますよ。いにしへの言葉がわかるのは私だけですからな。」

 イマケが小走りにハセの後に続く。

 「もちろん僕も行くさ。カメラを携えてね。南の民に見せなきゃいけない。」

 そう言いながら、メノワもハセとイマケに続いた。穴の中は空っぽだったが、その中央に地の下へとつづく石段が見える。

 「ここを降りろってことか。」

 躊躇なく階段を降りていくハセを追い、メノワとイマケは一段一段を慎重に降りていく。何度かの折り返しを経て、ようやく石段を降り終えると、顎に青緑色の長い毛を生やした男が待ち構えていた。男は張りのある声で

 「よくぞいらっしゃった。」

と、頭を下げる。

 「私はアカ。この地を束ねる者です。」

 アカと名乗る男は、イマケがハセとメノワにその意を伝えるのを見届けると、ついてくるよう促し颯爽と歩き出した。背筋が通り、逞しい筋肉を持つアカの足取りは軽い。
 地の下の通路は狭いがとても明るかった。いくつもの岐路、いくつもの扉を通り過ぎたが、どの路地も静寂に包まれていて、石の上を歩く8本の足音だけがひんやりと響く。
 しばらくすると、森に囲まれた広々とした空間に出た。中央には小川が流れ、その両側には畑が広がっている。ハセは、石碑に書かれていた一節を思い出した。

 〈人々はできるだけ多くの動物と植物の種を、地の下に運んだ。これから続く地の下での生活が、限りなく長くなることを知っていたからだ。みなが天を見上げ、目に見える天に別れを告げた。〉

 アカは小川を渡り、畑の奥に見える森の方へと歩いていく。森の最深部はこの広い空間の壁で、アカはその一角にある、2本の石柱の上に巨石が載った開口部の中へと入っていった。
 内部は石碑が置かれている丸円状の天井を持つ洞窟とそっくりだった。しかし、その中央に石碑はない。代わりに桁外れに幹が太い樹木が聳えていた。見えているのは根の部分だけで、樹の上部は丸円状の天井ど真ん中を突き抜けていて見えない。
 この巨樹の根元に、木の枝の曲がりやひねりをそのままに残した椅子が並べられている。その2つに、赤い髪を団子のように頭上に結えた女と、海のように青く長い髪をひとつに束ねた男が座っていた。
 男は椅子から立ち上がり頭を下げると、イマケに向き合った。

 「よくぞここまで来られた。私はメセマです。」

 イマケは戸惑いながら、ハセとメノワにそれを伝える。それを見届けたメセマは、

 「あなたはハセ、あなたはメノワ、あなたは私たちの言葉を解するイマケですね。ここに座っているのは、北の民の祭祀を司るアワです。」

と、隣に座る女を紹介した。
 メセマの口から自分たちの名前を聞き、驚愕のあまりに固まってしまった3人に、メセマは椅子に座るよう促す。

 「驚かれるのは無理もない。しかし、これが北の民なのです。もちろん、能力の強弱は人それぞれですが。能力の一際高いものが祭祀となり、石工となります。」

 メセマはイマケが通訳するのを待ち、話を続けた。

 「あの石碑に文字を彫り込んだのは私です。そして、このアワがあの石碑にエネルギーを注ぎ込みました。あなた方はそのエネルギーの導きによってここにいるのです。」

 メノワは声をうわずらせた。

 「あの石碑や道標は、もっと古いものだと思っていました。」

 「我々北の民は、私が16の年、あなた方が地の上に上がったのと同じ時期に東の地を目指しました。」

 ハセは首を捻り、訝しげにメセマを眺めた。

 「それは私の祖父の代のことです。でも、あなたは若い。」

 「北の民の寿命は、南の民のそれより長いのです。私はあなたの祖父君と同年代ですよ。」

 イマケは驚愕しながら、ハセとメノワにその意を伝えた。


***


この地にて
アワは祭司となり
アカは民を導き
メセマは石を切り出し文字を刻んだ

そして今
彼らは南の民との再会を果たし
彼らを覚醒すべく
すべてを伝える


***


 南の民は驚愕した表情を隠そうともせず、素直に率直に知りたいという欲求をメセマに向けた。アワは時が訪れるのを待ち、メセマは誠実に彼らの質問に答える。

 「あの地に残った者はいないのですか?」

 「老人だけが残りました。ここに来たのは、16才以下の若者と赤子の両親だけです。」

 イマケの通訳を聞いたハセが、間髪を入れずさらに質問する。

 「老人ではない16才以上の者は? まだ生きていてもおかしくないのに、あの地には誰もいなかった。」

 「老人を看取ったのち、他の地を目指しました。ここは最もハドウが高い。しかし、ハドウの高い地はほかにもあるのです。」

 イマケはハドウという単語を知らなかったので、メセマの発音そのままにハドウと通訳した。ハセとメノワは口を揃えて聞く。

 「ハドウ?」

 「私にもわからんのですよ。」

 イマケが面目なさそうにうなだれた。

 「南の民にはわかりますまい。あなた方は科学に抜きん出ていて、我々はこのハドウを感知する能力に抜きん出ているということです。」

 メセマがそう言うと南の民は戸惑い、何をどう質問したらよいのかわからなくなったようで、誰も口を利かなくなった。
 時は満ちた。そう感じたアワは椅子から立ち上がると、ハセの祖父と同年代の老女とは思えぬ立ち居振る舞いで、皆を巨樹の元へと手招きした。 アワの意図を察したメセマは、

 「この樹に手のひらを当ててください。」

と、身振り手振りを交えながら言った。アワは全員が手のひらを樹に当てたのを確認すると、自分も両手のひらを樹に当てて目を瞑った。こうして樹と一体になり、地球の波動に身を任せるのだ。
 アワは感じた。ハセの全身にエネルギーが充満するのを。温かなベールに包まれたようにうっとりするメノワを。そして、痺れるような威厳に圧倒されるイマケを。
 南の民が放心した表情のまま椅子に戻ったのを見届けると、メセマはゆったりとした口調で言った。

 「これが波動です。」

 アワがイマケに通訳を促しながら、歌うような声で語り始める。

 「あなた方は、緑の肌を持つ我々を見て驚かれたことでしょう。北の民と南の民は、いにしへの時代から体の作りが異なるのです。

 私たち北の民の体には、波動を感知する能力が備わっています。すなわち、目には見えない波動との繋がりが強い体なのです。

 あなた方南の民の体には、物質を活かす能力が備わっています。すなわち、目に見える物質との繋がりが強い体なのです。

 この地球は、目に見えないものが放つ波動と、目に見える物質が放つ波動で成り立っています。このバランスが崩れると、地球はそのバランスを取り戻そうとします。

 魂を持たない物質の波動は常に地球と一体で、そのバランスを崩すことはありません。しかし、魂を持つ我々の波動はこのバランスを崩すことがあるのです。

 魂を持つ我々は、この身に地球を体現していると言えるでしょう。魂という目に見えないものが放つ波動と、体という目に見える物質が放つ波動で成り立っているからです。

 我々のバランスが
 崩れるということは

 すなわち
 地球のバランスが
 崩れるということ

 そして、目に見えない波動と繋がりの強い北の民と、目に見えない物質と繋がりの強い南の民の関係も、この地球のバランスを体現したものなのです。」


***


北の民と南の民は
なぜ地の下へ逃れなければ
ならなかったのか

地球のバランスは
なぜ崩れたのか

アワの歌うような声は
語り続ける

しかし、この続きは
また別の物語で語るとしよう


〜 完 〜

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