見出し画像

いにしへの短編集8《魂》

北の民と南の民の魂は
地の上にて
いくつもの体の内を通り過ぎた

絶滅した生物の内にあった魂が
再び体を持つ

《魂》

 体を失った魂は、一千年ほど霊界で過ごしたのち再び体の内に入る。体の内にある魂は、その前の記憶を持たず過去を振り返らない。
 北の民らは、大陸がいくつもの海によって分かたれても波動の強い地に点在し、互いに船で行き来していた。 
 アワの魂は幾度も体を変え、今新たな体ミユとして体の内に在る。その体は魂が過ごしてきた過去の記憶を持たない。霊界の記憶も、一千年前の体の内で起きたことも、一億年前の体の内で起きたことも、ミユの体は知らない。

 「困ったもんだ。」

 青緑色の髪を両手で掻きむしりながら、北の民を束ねるムトは嘆いていた。最近、地の上を闊歩する巨軀のカーガに、魂が芽生えたことがわかったのだ。

 「いにしへの祭祀アワの予言通りになったわね。一億年前に絶滅した生物の魂が、再び体を持ったのよ。」

 北の民の祭祀ミユは、甘い香りがする温かいお茶をムトの茶碗に注ぎながら言った。

 「いにしへの祖先は、彼らの魂の質を高めようと彼らに接触して失敗した。同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。俺たちは他の方法を考えないと。」

 「ええ。でも、彼らの波動を弱めようとすれば、私たちから負の波動が放たれてしまうわ。」

 ミユはそう呟くと、ため息をついた。

 「ああ。それは攻撃的で愛と光に満ちた天に適わない。地球のバランスが崩れるのを早めるだけだよ。参ったなぁ。カーガの体が持つ本能はかなり気性が荒い。その上、あのデカさだ。
 同じ地域に住む南の民が、すでに何人か殺されている。思うに、カーガの魂はその本能をコントロールできないんだろうなぁ。」

 「そうなのよ。私ね、カーガの魂の嘆きを感じるの。魂はどんなに波動の質が低くても、天の愛と光に満ちているんだわ。祖先もそれを感じたからこそ接触を試みたのよ。」

 ムトは茶碗をテーブルの上に置くと、真剣な眼差しをミユに向けた。

 「どんなに気性が荒くても、魂の質が低くても、その体の内にある魂は愛と光に満ちているというのか?」

 「そうよ。本能をコントロールできないだけよ。それに、魂の波動の質が低いってことは、私たちとは感じ方や見え方が違うってことなの。生きている次元が違うようなものよ。
 私たちと同じものを見ていても、彼らには歪んで見えてしまうんだわ。」

 眉間に皺を寄せながら聞くムトに、ミユは一言添える。

 「魂の話だから、この目で見る物質的な話ではないわよ。」

 ムトはふぅーっと大きく息を吐いた。

 「ミユの話は、いつも俺にはちょいと難しすぎる。祭祀であるミユだけじゃなく、俺とも感じ方や見え方が違うのか?」

 「そうよ。私たち北の民や南の民は、自分たちが魂だという自覚がある。だから、この物質世界の様々な事象を脳に左右されることなく、魂で見て感じて判断しているのよ。
 でも、カーガは違うわ。自分が魂だという自覚がない。覚醒していない彼らに、私たちと同じように感じ、同じように見るようにと訴えたところで、彼らには決して理解できないわよ。
 彼らの魂の質が高まらなければ彼らは覚醒できないし、覚醒しなければ魂でこの物質世界を眺めることもできない。
 だからね、カーガの魂は愛と光に満たされてはいるけれど、この世界の見え方も未熟で歪んでしまうし、そういう歪んだところで物事を感じて判断するわけだから、たとえ彼らなりの愛と光で行動していたとしても歪んだ結果に至ってしまうのよ。」

 「そうか。カーガは、魂でものを見たり感じたりってことができないのか。」

 「できないというか・・・魂で見たり感じたりしても、脳がそれを処理して歪めてしまうのよ。体が持つ本能に支配されているのが、彼らの魂よ。」

 「それは・・・辛そうだな。苦しいに違いない。」

 「私たちの魂も、覚醒する前は同じ辛さを味わったんだわ。何度も何度も体の内を経験することで、少しずつ波動が高まってようやく覚醒した。カーガの魂はその途上なのよ。
 あのカーガが頭脳明晰だったら、あっという間に地球はバランスを崩して、私たちまで滅亡の危機に瀕するところだわ。
 でも、ありがたいことにカーガの頭脳は村を作るのが精一杯。それ以上の創造力はなさそうだし、発展することもないだろうから数も増えないでしょう。地球がバランスを取り戻そうとするほどにはならないと思うわ。」

 「これ以上増えられたらたまったもんじゃない。すでに何人か殺されているし、先日は南の民のエネルギー拠点が荒らされたらしい。キローロが何機か墜落した上、その近辺都市の機能が停止したと聞いたよ。」

 「こちらから接触しないにしても、彼らから身を守るための工夫が必要ね。南の民の科学が必要だわ。」


***


南の民は
都市や村、エネルギー施設を
カーガが近寄りたがらない
サホン波動で覆った

彼らは
その覆いの内側で
生命を継いだ

アワとなり
ミユとなった魂は
何万年を経たのち
再び体の内に入る


***


 「あの小さき生物ヨーアの魂が、カーガと同じ起源の魂だなんて。」

 北の民の祭祀アムは、洞窟の巨樹の根元で瞑想を終えると、大きなため息をついた。天があの魂を導いている。彼らの魂は、険しい道を歩みながら尊い何かを得ようとしているのだ。

 「私たちの魂はいつかひとつになる。」

 アムはそう確信した。ヨーアを守ろう。カーガの負の波動の蓄積で、もうすぐ地球はバランスを取り戻そうと活動を始める。
 アムは洞窟を出ると地の上に上がり、村を束ねるトーワの元へと走った。

 「彼らと接触しないで、どうやって守れるものかな。」

 腕組みをしながらアムの話を聞いていたトーワは、眉間に皺を寄せた。

 「接触するのよ。」

 「なんだって?!」

 「ヨーアを怖がらせないように接触して、これから災害が起こることを伝えるの。」

 「怖がらせないように・・・ねぇ。俺たちは彼らより大きいし肌の色も違うんだぞ。そんなこと可能かな。」

 アムは棚からお茶を取り出すと、その葉を鍋に入れながらヨーアの生態について話し始めた。

 「ねえ、知ってる? 彼らは樹木や山を崇めているのよ。」

 「崇める? なんだい、それは。」

 トーワは棚から茶碗を取り出しながら、アムに尋ねる。

 「地の波動と自分たちの体がひとつだということを、彼らは知らないの。だから、波動の強い樹木や山に対して畏敬の念を抱き、願い事をしたり祈ったりするのよ。」

 「どんなことを願うのさ?」

 「雨が降りませんように。たくさん獲物が獲れますように。無事子どもが生まれますように。とにかく生活全般のことよ。いいヤジリが作れますように、なんて些細なことまで祈るのよ。」

 「ずいぶんとまた他力本願なことだな。」

 アムは茶碗にお茶を注ぐと、鼻を近づけて深呼吸した。全身が爽やかな香りで満たされる。

 「まだ魂のことを知らないのよ。彼らにとって、この世界で生きることはとても不安なことなんだわ。」

 「そうかぁ。うん、確かにな。いにしへの体の内にあった俺の魂も、ヨーアと同じように不安を抱えながら生きたはずだ。俺たちの魂は、そういう経験を積み重ねることで覚醒したんだ。」

 「そうよ。そういうこと。ヨーアの魂も、頑張っているのよ。それでね、彼らとの接触方法なんだけれど、その畏敬の念に訴えかけるっていうのはどうかしら?」

 トーワは首を傾げる。

 「畏敬の念に訴えかける?」

 「彼らが崇めているものの声に扮して、ヨーアを地の下に誘導するのよ。」

 「樹木や山に扮して、彼らに語りかけるってことか?」

 「そうそう! いいアイデアだと思わない?」

 トーワは呆れたように、ふんっと鼻を鳴らした。

 「樹木や山が声を発するなんてあり得ない。すぐにバレるよ。」

 アムはにっこり微笑むと、その顔をトーワに近づけて言う。

 「彼らはよく幻覚を見るのよ。特に夜ね。自然への恐怖心や畏敬の念が、幻覚を見せるんだわ。それに、なんと彼らはその幻覚を信じ、さらに敬い崇めるのよ。」

 「幻覚ねぇ。幻覚を見て信じるなら、幻聴も信じるだろうってことか。」

 「そう。別に怖がらせるわけじゃないのよ。彼らを見守る者として言葉で寄り添い、地の下に誘導するのよ。」

 北の民らは話し合いを何度も重ね、案を練った。その後、南の民の科学によりそれは実現する。ヨーアは、北の民らが作り出した幻聴を信じたのだった。


***


幻聴を通じて
北の民はヨーアに
地の下での生き方を伝える

地の上では
多くの動植物が絶滅し
地球のバランスを崩す要因となった
カーガも絶滅した

北の民、南の民、ヨーアは
何万年もの時を経て
再び地の上に戻るだろう

しかし、その話は
また別の物語で語るとしよう

〜 完 〜

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?