第15話『美しい地下帝国』

 地下に棲む虫たちが何かの拍子に荘厳な地下都市を作ることは、案外よく知られています。
 プラトンが民主政治に幻滅し、哲人による独裁制に可能性を見出したのは、ソクラテスが処刑された直後に、偶然案内された蟻たちの地下帝国を経験したからでした。
 女王蟻の元で完全に機能し、秩序だけが存在する地下帝国に客人として迎えられたプラトンは、この様子を見て、完全に人の社会に当てはめることは不可能でも、何かの活路になるのではないかと考えた様です。
 その後もプラトンは幾度か地下帝国を訪れ、人間と昆虫の間に確かにある、生きることについての根本的な違いを見出しはしたものの、虫が営む社会の整合性は、ピタゴラス派が把握していた世界の法則と多く一致し、その美しさ故に、これに倣うことは必ず人の幸福にも資すると書き記した書簡を残しています。
 プラトンが最後に地下帝国を訪れた時、そこには何の気配もなかったと言います。
 なぜ、その場所が空白になっていたかについて、プラトン自身は天体の運行と密接に関係した合理的な営みと直観し、それ以上のことは考えなかった様ですが、後世、イタリア半島で似通った空洞を多数発見した詩人ホラティウスは、様々な検証を試み、地下帝国の正確な位置を見出そうとしたものの、空洞が見つかるばかり、ついに帝国の発見には至りませんでした。
 荘厳な地下帝国の様子は、空白となってもなお、そこで営まれていた社会の機能が感じられ、圧倒的な美しさで広がっていたということです。
 ホラティウスの詩論、絵画論の中でも、この様子について、一度はプラトンが見出したにもかかわらず、ついには完全に忘れ去られ、辛うじてその痕跡を追うことしかできない、失われた美の象徴として触れられています。
 地下の世界については、古今東西他にも多くの記録が残っています。万一招待される様なことがあれば、断る理由は無いでしょう。

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