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洗濯干すときに考えたことをただ書く

昨夜から雨。今日は部屋干しだ。我が家のカーテンレールは丈夫過ぎる。部屋干しのたびにハンガーを掛けるので、大量の洗濯物の重みを受け止め続けている。さすがに重みでしなる様子はある。そのうちレールが重みに耐えきれず日中にぶっ壊れて、夕方帰宅したらブルーな光景を目の当たりにするかも知れないと、うすうす思ってる。思ってるけど正常性バイアスが勝つ。もうちょっといけるだろうと思う。Voicyの「ながら日経」をスマホで流しながら干す。日経はおもしろい。本当だ。「日経をオーディオで入れている僕」自体に酔っていることは否定しないが、おもしろいのは本当だ。ホントだよ。残り18%だから充電しながら聴く。もともとauで使ってた5年前の充電アダプターを、UQに替えた今でも使っている。もともとのType-Cのコード部分だけが扱いの粗雑さや経年劣化っぽい理由で機能しなくなったので、他の機器のType-Bのコードを使い回し、Type-Cへの変換器を付けて大切に使っている。そんなつぎはぎで生きながらえさせている充電ユニットだから、2種類ある差込口のうち急速充電マークの付いた差込口に差し込んでいるにもかかわらず、全然急速じゃない。干し終わったらもう行かなきゃだめだけど、一応差しとくか。今日はいつもよりカーテンレールがしなるな。もう潮時かな。コーヒーがだいぶ冷めたよ。干しながらちょびちょび飲もうとして傍の棚の上にマグカップを置いてるけど、洗濯と日経に集中してたら、干し終わった最終段階でまだ8割方残ってる状態の冷たいコーヒーを一気飲みすることになる。コーヒーはのど越しで喉の渇きを潤すものじゃない。覚醒と嗜好のためのものだから、いっき飲みは体によろしくない。職場に着くころに一気に利尿作用が押し寄せるから困る。まぁでも、温かいままちびちび飲もうが冷めてからいっき飲みしようがどうせトイレはしたくなる。問題はトイレしたくなることじゃなくて、コーヒーを飲むときの気分の味わい方が淡白になることだ。何でも丁寧さが肝心だ。ここへきてまだ洗濯かごの中が減ってこない。今日は小物が多い日だ。かさばるワンピースやごわついたニットやパーカーなどの大物が多い日は、かごから溢れんばかりの量に気持ちが萎えるけど、意外とすぐに干し終わる。単価が大きい仕事は楽だ。しかし靴下パンツTシャツが多い日は見た目の体積の小ささの割に数をやっつけるのに時間がかかって結局萎える。今日は結局萎える日だ。単価の小さい仕事だけで報われることはあまりないと思う。やっぱり大きな単価の仕事が大事だ。自分の値段っていくらだろうかと思う。あぶない、マグカップにズボンの裾が引っ掛かりそうになる。あぶない目に遭いながらも結局ずっとあぶない棚の上にマグカップを置き続けているのは、僕が正常性バイアスから抜け出せていないことの証左だ。こんな人間はいつまで経ってもラットレースからは脱け出せない。脱け出せないだけならまだしも、取って喰われるかもしれない、あるいは。

部屋が湿気るから、気休めに換気扇を点けておこう。