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アゼルバイジャン生活記5🇦🇿

 シェキの町は自然に溢れていて私の身体に馴染んだ。見渡す限りの緑はヒーリング効果と視力の回復に絶大な効果を発揮するだろうと思われるくらいの美しさであった。アゼルバイジャン第2の都市であるのにも関わらず、彼らの様子は首都「バクー」とは全く違って見えた。町自体の雰囲気はまるで日本のような感覚さえ覚える。何より観光地も特になく、変に着飾ってる様子もないありのままな姿に私は好感を抱いた。
 市民も「バクーは住みにくいよ。ここが1番良い。」と口を揃えて言っていたのが実に印象的だった。
 私は早速町を歩いた。ブラブラとあてもなく。ただ気になった道に、気になった建物に、気になった人々の元に。ここの人達はよく挨拶をしてくれる。それだけで気分が良い。「サロム」この3文字に人と人との距離をこんなにも縮めてくれる効果があるとは思わなかった。日本で教わる「挨拶」の重要性をこんなところで実感するとは思ってもいなかった。言葉が通じないからこそ、顔が違うからこそ、挨拶1つでも通じ合える事ができると嬉しいのだ。それは現地の人々のみならず、言った側にも同じ事が言える。これはきっと全世界共通のことのなのだ。そこには尊敬の念も含まれているのだろう。「郷に入っては郷に従え。」こんな言葉があるくらいだ。挨拶ぐらいは覚えておくのが旅行者の最低限の務めだと思う。

 旅人にとってはそこで出会う1人1人が人生でおそらく1度きりしか会うことのない人になる。無意識に理解しているからこそ、そこで起こる全てのことに普段よりも過剰な反応を示してしまう。優しさを感じたときはとても嬉しい。反対に嫌がらせを受けたときはとてつもなく悔しい。ある人はこんなことを言うかもしれない。「過剰に反応しすぎてはいけない」と。
しかし、違う環境。1度しか会うことのない違う世界で生きてきた人々。こう言ったバックグラウンドがあるからこそ、そこで起きる全てのことに過剰に反応してしまうのはある種人間の純粋な姿だと思う。嬉しいときも悔しいときも素直に感情を露わにしてしまえば良い。私はそう思う。
日本のニュースでよく見かける海外旅での優しさに漬け込んだ無理なお願いや、悔しさから復讐したり反撃するのは別の話だ。

 私は彼らの姿からそんなことを考えていた。気がつけば唯一と言っても良いシェキの観光地「シェキハーン宮殿」の近くにきていた。特に当てもなかった私は案内板に誘導されるようにそこに立ち寄ってみた。宮殿を囲む塀からはある程度の年数を感じるが、正直宮殿自体にはそこまでの魅力を感じなかったのが私の素直な感想である。
 それよりも私が目についたのは、西に行くにつれ、ヨーロッパに近づくにつれ、日本車の割合が減ってくことであった。とは言ってもトヨタや三菱、日産、ホンダと言った日本車はかなりの頻度で目にする。と同時に、アジア地域でほとんど見ることのなかったベンツを見る頻度が飛躍的に増えたのだ。それも高級車としてのベンツではなく、ボロボロのオールドベンツを。
 私はそのボロボロのベンツ達を見ながら、自分がいつの間にか日本から遠く離れた地に自らの足で立っていることを静かに再確認したのであった。そのとき私の前には太陽の光に照らされた宮殿がそびえ立っていた。そしてもう1度遠く離れたことを改めて認識したのである。

 夢中になっていたのだろうか。思い返しても日本を出国した1月13日から今日に至るまでの日々は長いようで短い時間だった。初めて1人で降り立ったニノイ・アキノ国際空港の出口からみた景色や、自動ドアが開いた瞬間に感じたジメッとした暑さは今でも鮮明に脳に焼き付いている。毎日が新しいことの連続。新しいことを知ることによって生まれる新たな好奇心。その好奇心が活力となり私を新たな世界に連れて行ってくれる。その繰り返しの結果が今私の両足が踏みしめている地なのだ。成長したなんて馬鹿なことは言えない。自分の欲求に従っただけなのだ。しかし、それが自分の中に潜んでいた好奇心を生んでくれたのも事実なのだ。海外に出て人生が変わる。そんなことはない。ただ、知らない世界に自らを放り込むことによって、自分の中に眠っていた新たな欲求が生まれたことは確かな事実なのだ。そう考えると私は夢中になっていただろう。

 ふと気がつくと、閉園の時間になっていた。私は腰をあげ、また歩き出した。そこには気が付いていたようで気がついていなかった充実感があった。その充実感を噛み締め私はしっかりと地面を蹴ってまた町に繰り出した。 アゼルバイジャンに入ってから自炊をすることが増えた。理由は単純で食費が高いからだ。一食あたり100円前後で食べていたものが250円前後になってしまったのだ。日本人の感覚からしたら当然安い金額だろう。しかし旅人にとっては高い金額なのである。その100円の積み重ねが長期の旅行を可能にするのだ。

 しかし、日本にいた時から料理には無縁の私である。スーパーに行ったところで適量の食材を買うことが非常に困難だった。少ない脳みそを使い考えて買ってみるが結局3食分に相当する量になってしまった。しかも私にはレパートリーというものが存在しない。とにかく炒める、茹でるの2種類しかない。私は不足していたであろう野菜を大量に買ってとにかく炒めた。味付けなんて概念はない。コショウのみの質素なスタイル。しかし、食べてみると案外味になっていて感動するもんだ。人間は小さな成功体験が必要だ。私にとってはこの経験が少なからず自分に自信と好奇心を与えたのだと思う。その日からというもの、ご当地料理を各1食食べられれば満足で自炊の方が楽しくなってしまった。もちろん見た目はぐちゃぐちゃのTHE男飯。しかし、自由に想像し、チャレンジと失敗を繰り返すその感覚は私の探究心に火をつけた。
その町によって安い食材というのはマチマチだ。安い食材の中で腹一杯に食べることのできるものを作るのが今の目標であり、毎日の日課になりつつある。

 この記事を書いている今は鍋で米を炊くこともできるようになった。人間どのタイミングで何に興味を持つかわからない。今まで全く興味のなかった料理というものに興味を持てるようになったのも、もしかしたらこの環境のおかげなのかも知れない。

 そんな私であるが、シェキの町は居心地がいいのもあって3日も滞在してしまった。当初の予定では1泊でジョージアに抜ける予定だったのにも関わらずだ。隣の村「キシュ」に行き2000年前に建てられたと言われるアルバニア教会に行ったり、近くのバザールに行き彼らの愛情を感じたり、スーパーに行きいかに安く良い物を買えるか練習したり、公園に行きのんびりと空を眺めたりしていた。旅行者にとって居心地の良さは滞在日数に比例すると私は考える。もちろん例外的にVISAの申請に時間がかかるなどの場合もあるが、居心地がいい町には長く居座る傾向がある。私もそれは例外ではない。

 特に陸路での移動がメインの場合は時間に余裕が生まれる。そこが自由でまた良いのだ。私は次の国ジョージアを見据えつつシェキでの時間を大いに楽しんだ。

時間を忘れて欲求に従う。自分の好奇心を掻き立てたものに取り組む。人間らしくなってきた。私は翌日にジョージアに行こうとどこか決心していた。理由はわからない。特に無いと言えば無いのだが、これも好奇心なのだろうか。とにかく明日行こうと私の中の誰かがそう言っている気がした。だからこそ、その欲求に従う。それだけなのだ。

しかし、明日またこの町に戻って来ることになるとはこの時は思ってもいなかった。