6月は君の匂い。(第一章)
私は空を見上げた。雨が降っている、と改めて感じた。今にも雨が目に入りそうだった。目を薄める。
すると、少し雨が弱くなった。私は不思議に思い、空を見回した。そこには雲の隙間から見える光があった。
綺麗だな、なんて呑気に考えながら歩く。
そんなことをしているうちにみるみる雲はどけ、鮮やかな夕暮れの空が見えた。
そして私はまた、綺麗だな、と思った。じっくりと見ていると、少しだけ光が薄くなった。何故だろう。
するとそこには、人の姿があるように見えた。本当に人なのだろうか?いや、人ではない。しかし目を薄めてよくよく見ても、目をこすったり瞬きをしてみても、どうにも人の姿のようにしか見えないのだ。
いや、そんなことがあるのだろうか?あるはずがない。あったとしても、それは夢小説で何度も見ている。空から降りてきた美少年が出会った可愛らしい、または前髪ぱっつんのような、それほど可愛らしくはないがとても優しい、みたいに主人公的な人と出会い恋に落ちてしまう……。これはほぼお決まりと言っていいだろう。まぁ、これは個人の解釈かもしれないが────。
それはそれとして、そんなことがあろうものか。まずあって欲しくない。私に恋心なんてものは一欠片としてないのだから!
だが、確かめてみないこともない。意外と楽しそうだ。
そんな軽い気持ちで、空から降りてくる未確認生物を追いかけた。
随分と長いこと歩いてきただろう。
雨はもう止んでしまっている。
上ばかりを見ているため、とても首が痛い。
未確認生物の姿がよく見えるようになった。
相変わらず淡々と脚を降ろしている。
甚平を着て、下駄を履いている。つむじからはアホ毛が綺麗に立っている。そして水色の髪。先端は濃い青色をしている。その、綺麗な髪色は人間とはなんとも言い難い、いや、言うことすら出来ないような、そんな色をしている。まぁ、まず空から降りてくる時点で、人間ということを否定せざるを得ない状況であることは、間違いようがないのだが……。
しかしながら、私もそれが夢であるということを確認しに行っているわけだ。それは、人外ということを、だ。
私は、その未確認生物が地上に降りる瞬間を見た。
今までで1番綺麗な夕焼けへと変わったのだ。
空を見上げれば、赤とオレンジが混ざりあい、山にかかる雲まで染めている。夕日こそ見えなかったが、ない方が良いだろう。
幻想的だった。
これがもう一度見れることが出来ることなんて、一生来ないのではないだろうか?
そう考えてしまう程だ。
見入ってしまった。
いつまでも、ずっと、私はこの空を見つめていた。
未確認生物に声をかけられるまでは──。
「おい。」
突然そう言われた。
未確認生物だ。
少し元気に弾むようなトーンだった。
私は驚きを隠せない。
「えっ?」
私はそう言ってしまった。
「ここはとても落ち着くところじゃの。我はここが気に入った。うぬはここに住まわる者か?我を案内するが良い。此方のことは丁重に扱うようにするのじゃ。我に命じられていること、有難く受け入れるようにな。」
クセだ!
これはヤバイ。こんな人と関わらなければならないのか。
そしてしっかりと人外であると証明された。
嬉しいのか分からない。
そして急に何か命じられてしまった。
これは聞かなければならないということか!
私はそんなことを思いつつ、それでも顔には出さないように、と努力していた。
「え、っと、申し訳ないんですけど、貴方のことを存じ上げないのですが……。まずお名前を伺ってもよろしいですか?」
私はとてもとても丁寧にそう言った。少しでも手を抜くと、未確認生物に何をされるか分からない。ここはやはり、まず下から入ることが大切だろうと、私なりに固い頭を回したのだ。
というか、まずは名前があるのか。
そこがどうしても分からず、まぁ、なんか言ってくれるだろう、という考えに至った。
そして、その考えは的中したのだった。
「全く、下界の者共はこういうヤツらしか居らぬのか?まぁいい、教えてやろうかの。我の名は、アマクじゃ。天上界では、我は名の知れたものじゃぞ?そのようなことも知らぬとは、呆れてしまうぞ。我の案内人として、しっかりやって行けるのか、心配じゃな。もし、出来ぬ場合は、それなりの罰を受けてもらうしかなさそうじゃ。」
ペラペラとよく喋ること。
口から生まれたんかコイツ。
と、悪口を心の中で吐きつつ、それでも一人称『此方』の名前はアマクだということも忘れてはいなかった。
そして、天上界というではないか。
つまりは空の上から来たということだろう。
しかも、その中でも名の知れた者であったと……。
名の知れたというと、だいたいどっかの悪者の大軍を率いていたり、魔王級の宮殿でお嬢様などと呼ばれているような奴だろう。
つまりは悪者。
そう言いたい。
「はぁ、アマク様ですか。勉強不足でして、存じ上げませんでした。申し訳ございません。今日は、どのようなご用件で此処にいらしたのですか?」
あくまでも私の身分は、コイツより断然下である、というふうに偽っておく。
「ふむ、よろしい。今日は、散歩がてら下界へ行ってみようと思っただけじゃ。だが、我の使いは、行かぬ方が良いと言い張っておったのじゃ。我はそれがどうにも気になってしまった。だから、使いの言うことは無視して此処へやって参ったのじゃ。」
ほうほう。意外と短気では無いのだな。
もし私の見当が当たっているのであれば、アマクの考えを否定されただけでも、巫山戯るな、此方に指図するのか、愚か者め、みたいなノリで殺してしまいそうだった。
ただ単に機嫌が良かった、ということも可能性は否定出来ないが──。
まぁ、そこまでではなくて良かった。
「それは大丈夫なのでしょうか?使いの方も心配してると思いますよ?」
「良い良い。それよりうぬ。その硬い言葉遣いをやめろ。」
「え?」
私はそんなことを言われるとは思わなかった。丁寧に扱えと言われたら、誰だってこうしているだろう?
名の知れた者にそんなことを言われるとは考えもしなかった。
「面倒じゃろう?我にそこまですることはない。我も、そこまで人使いは雑ではないのじゃ!勘違いするんじゃないぞ。」
アマクは少しニコッと笑ったのだ。
その顔はとても柔らかく、優しさも見えた。
イタズラが好きなのかもしれないが、それでも、やはり優しいのではないか?
身長は私よりも小さいため、まだ子供なのだろう。名の知れた者と言われてはいるが、まだまだ心の中は子供なのだ。たとえ、私より年上であろうと、その気持ちや心の揺れ方は、好奇心旺盛な可愛い子供のまま、なんてことも有り得るのだ。
これは全て私の憶測だが──。
容姿から言えば、可愛い女の子、と言ったところだろう。
ショートヘアの髪の後ろは、くせっ毛ではねている。はっきり言えば可愛い。
しかし、喋り方はとても優雅な雰囲気を物語っている。これがギャップというやつだ。だが、ギャップ萌え、なんてことは一生思うことは無いだろう。
第一印象は、はっきり言って最悪だった。
口調も私の呼び方も、扱い方も全て最悪だった。
しかし、それが覆りそうになってしまった。
それは、私の友達の存在である。
もう、この世には居ない友達が、アマクへの印象を覆してしまったのだ。
あの子を思い出すのは久しぶりだ。
その子を思い出すきっかけは、
全て未確認生物にあったのだ。
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