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6月は君の匂い。(第二章)

彼女はよく、自分の夢を語っていた。
彼女は持病があったため、寿命も分かりきっていた。

「夢があるんだよね。絶っ対叶わない夢。」

彼女は病室のベッドから空を見上げている。
外はポツンポツンと雲が浮かんでいる。いわゆるひつじ雲だ。

「私はもう長くないからさ、死んじゃった後のこと考えるようになったんだ。もう会えなくなっちゃう、とかそんなことより、来世のこととかもっと楽しいこととか、そっちの方が気が楽だから。」

口元に薄く笑顔を浮かべている。

「何になりたいの?」

次は、少し歯を見せて笑っている。

「私はね、空が大好きなんだよね。だから、空の神様みたいなのになりたいんだ。違くてもいい。悪い奴でもなんでもいい。」

私は、彼女をじっと見つめている。

「雲ってさ、いつか消えちゃうじゃん?おっきな雨雲になって、雨降らせたらもうそのまま消えてく。でもね、そんな時は違う雲に飛び移るんだ。そしたらずっと雲の上に居ることができるってワケ。」

なるほどと私は納得する。
小学生みたいな発想ではあるが、それもありかな、なんて思ってしまう私がいる。

「あ、または、ね?雲の上にめっちゃめちゃでっかーい街があってさ?!」

手を大きく広げていた。このくらいの大きさだと現しているようだ。

「それでね?そこには綺麗なお城があるんだよ。そのお城は雲で出来てて、周りはふわふわしてるんだけど、それでも頑丈なんだ。強い風にも負けないような、ね。それでもって、中にはお城よりも綺麗な絵画が展示されてる。この世では描くのなんて絶対できないような、とっても素敵な絵。きっとその絵は、雲の上から見る景色なんだ。」

彼女は、元気よく雲の街について語った。
すると彼女は俯いて、小さな溜息を吐いた。

「だからさ…。」

彼女はそう言った。先程までとの喋り方とは裏腹に、落ち着いていて少し悲しそうな声だった。

「もし、そんな世界に生まれ変われたなら…。」

ゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。
私も彼女を見つめ返す。

「もし生まれ変わったら、また会おうね。」

はっきりと聞こえるくらいの声で、そう呟いた。
彼女は少し笑った。

彼女の目尻に滴が溜まり始める。
私は彼女をしっかり見つめる。
もう見れなくなってしまうその顔を、その笑顔を涙を、全てこの目に私の記憶に深く深く刻み込んだ。
一緒に笑い合うことなんて、もう出来ない。
そう思うと、目頭が熱くなった。

違う、違う。私ではない。私が泣いてはいけない。
私よりも戦ってきたんだ。
もうすぐ死ぬと分かっていて、誰とも会えなくなると知っていて、苦しい手術も全部受けていて。
私よりずっとずっと苦しいことを耐え抜いている。
それなのに私は泣くのか?
私より頑張っている人の前で?
私より重いものを背負っている人の前で?

そんなことしてはいけない。

私は何とか喉を震わせて、返事をする。 

「会えるかな?」

会いたいのに、疑問符をつけてしまった私は後悔する。

「確かにねー。」

あはっと彼女は笑った。
そんな彼女に私は否定しなくてはと思い、つい大きな声を出してしまった。

「会えるよっ!」

ビクッと彼女を驚かせてしまった。
私も自分の大きな声に驚く。
病室には私の想いが響いていた。

「ご、ごめん…。」
「え、あぁ全然大丈夫…。」

俯いて小さく謝る。

「そうだ、よね。」
「…え?」

「そうだよねっ!会えるかどうかじゃない。会うんだよね。絶対絶対ぜーったいに会うんだよ!?」

彼女の目からは、涙が零れ落ちていた。
もう、ダメだ…。私は、私は…。

「雨音とは、最初で最後の親友であり友達なんだから。私は雨音と居れればそれだけで楽しかった。ホントはずっとずーっと一緒に居たかったんだけどね、それは叶わなかったみたいだね。私が元気なら良かったんだけど、そんなに身体強くなかったから、こんな病気にもかかって悪化して、余命宣告までされちゃった。ごめんね?」

無理して笑う彼女の涙は滝のようだった。

「今までありがとう。私のお見舞いに来てくれてありがとう。私のと友達になってくれてありがとう。きっと雨音に出会えなかったら、もっと苦しい思いをしたかもしれない。
けど、雨音が居てくれて、楽しそうに話してくれて、本当に嬉しかった。」
「私の方が救われたよ!私なんて、誰とも喋れなかったし、人と話すのなんてできっこないって思ってた。でも…。」

あ、あれ?言葉が出てこない。
彼女の名前
彼女の、名前は──────。

「─────ねぇ?」
「えっ…?」

彼女の涙は黒くなっていく。

「私の名前、覚えてないでしょ?」

彼女は大きく歯を見せて笑った。
まるで悪魔のような顔へと変わっていく。
バ、バケモノ……。

「ぁ、ぁぁ……。」

声が出ない。

「やっぱりそうだよね?私の事なんて、もう忘れちゃったんだ。そりゃそうだよね。今じゃ沢山の友達が居て、毎日楽しいもんね?そっかそっかぁ。別にいいけどさ。」
「ち、違うよ!そんなこと、そんなこと…ない。」
「ホントに?」
「ホントだよ。貴方と逢えたから友達も出来て、前よりも人生が楽しくなったんだよ。」

これは、記憶じゃない。
きっと夢だ。夢なんだ。
だけどこの声は、彼女の声に間違いないのだから、これは記憶でないとおかしいはず。

「違うよ。」
「え。」
「私が居なくなったから他の人の所へ行かなきゃ行けなくなった。」
「……。」
「そしたら、居なくなった私よりその人たちを優先するなんて、そんなこと普通だよ。」

彼女の瞳からは光が映っていない。

「ねえ、まだ私のこと、覚えてるよね?」



「おい、起きろ!」
「ハッ!」

私は肩があがっていた。あれは夢だったようだ。
彼女の夢をなぜ今…。

「何寝ているんじゃ。此方に起こさせるとは、こんなにも無礼なものが下界には存在するのか。流石は下界。天上界とは何もかもが違うな。」
「はいはい、すいませんでした。」
「なんじゃその口の利き方は!」
「うるさいなぁ全く。家に泊めてあげてるんだから、そのぐらい許してくれたっていいじゃんか。」
「ふん、そんなことは誰もがすべきことじゃ。」

そんな風に同等なくらいのやり取りができているのは、全部うちの祖母のおかげ。
家に連れてきた瞬間に気づかれたくなかった存在に気づかれてしまい、焦った。が、人間離れしたそれをあっさり受け流して、家に泊めることすら許してくれた。そして可愛がった。
うちの祖母、最強なんかな。
そして、頭をなでたりされているのに便乗したところ、大丈夫そうだったため、この喋り方になったということだ。
うちの祖母に感謝。

そういえば今日の夢。
あれはなぜ見たんだろうか、と考えても名探偵や科学者でもない私には到底わかるはずもない。
仕方がないので、彼女の名前を思い出すことに専念しようと思った。

「お腹すいたぞ!ご飯を取りに行かなくては。」
「何処へ?」
「市場だ。ほらついてこい。」
「何買うのさ。」
「サイノルとかコクジンとか……。」
「何それ。」
「知らないのか!?天上界では皆が食べる主食だぞ?!」
「ここは下界だぞ?そんなのあるわけないじゃんか。」
「く、くっそぉ。」

そういって貸してあげたダボダボの私のパジャマの裾を掴んでいる。
ただ立っていれば可愛いだろうに、喋ってしまうから可愛くなくなってしまう。それなら私にその可愛さが欲しいものだ、と思いながら布団をたたむ。

「大丈夫だって、うちのばあちゃんの料理は美味しいから。」
「あ、あのニコニコ魔人のことか?」
「おい、『ニコニコ魔人』じゃないぞ。ばあちゃん馬鹿にしてんのか。」
「じゃって…怖いんじゃもん…。」

まぁ、確かに初対面であんなにも撫でまわされたのなら、怖いのも仕方がない。アマクは自分のほうが立場が上だと思っている。しかし、うちの祖母はそんなことはお構いなしに、ペットの様に可愛がっているのだから、ある意味すごいと思う。

ドアを開けて、階段を降り始める。
アマクの分の布団をたたみ、一階にあるリビングへ向かう。

「そういえば、アマクって天上界で何してたの?」
「え、えと…。」
「え、何?」
「特に何も、して、ないんじゃよね~…。」
「でも、結構偉かったんでしょ?使いの人がいるみたいだし。」
「あー、そ、れはね。」

アマクは右頬をかきながら目を泳がせている。
これはもしや、そこまで偉くないパターンなのでは…?

「仲間です、ね。使いって人は。」
「仲間?」
「そうそう、仲間。此方は天上界では、盗みってやつをやってて…。」
「うわぁ、お前やばいやつじゃんか。捕まりそうだったから逃げてきたとか、そんなことない、よね?」
「...。」

アマクは吹けない口笛を吹こうとしている。
なんとも定番な動揺の仕方だろうか。
そしてなんてことだろうか。私は違う世界の泥棒をかくまってしまったということになる。

「帰れよ。」
「嫌じゃ!」
「こっちだって嫌じゃ。」
「なんじゃと?!此方に逆らうなど…!」

そういう私よりも頭一個分違うアマクのおでこに、思いっきりデコピンを食らわせる。

「イッタァァァァ!」
「うるっせぇバーカ。」

チビは顔をしかめている。

「知らん世界から来た泥棒かくまってるんだから、前よりも感謝してほしいもんだよ。」
「それは当然のことじゃ。我はとても名の知れたものじゃからな。」
「違う意味で、でしょ?」
「口答えするでない!」
階段の段差をいいことに、私の頭を叩いた。

「うぬがどうこう言って良い立場ではないじゃろう。」
「何も叩くことないだろ。」
「あらあら、二人とも仲良くなったんだね。」

祖母がリビングから出てきて言った。

「で、出たな!ニコニコ魔人め!」
「ん、何のことだい?」
「ばあちゃん気にしなくていいよ。ヒーローごっこしたいみたいだから、ほっときなよ。」
「そんなことは…!」
「可愛いのねぇ。でも私じゃなくて、この子とやってくれる?私にそんな元気なくてねぇ。」
「嫌だよ、めんどくさい。早くご飯食べたいよ。」

でもまあ、平和な暮らしではあった。
だからアマクが放った何気ない言葉は、私を悩ませるものになった。

「おい待て!」

何故か知っていたのだ。
私は言っていないのに。祖母も言っていないのに。

「待て、時雨!」

アマクは私の名前を呼んでいた。

「え?」

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