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『こちらあみ子』今村夏子

「きっとその人は、今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だと思うよ」

先日、約2年ぶりに映画『花束みたいな恋をした』を観た。
一度目は2021年2月、上映中の映画館で。
二度目は就活が終わった大学4年生の初夏、家のリビングで。

お気に入りのちびまる子ちゃんクリップ

作中のセリフで何度も登場する「今村夏子さんのピクニック」が印象的で、そういえば読んでみたいと思ってたんだっけ、と思い出し、探すことにした。

ネットで検索すると、『ピクニック』は
『こちらあみ子』というタイトルの短編集の中に収録されている単話であることがわかった。
「表題作でもないこんなマイナーな作品で、分かり合える二人ってすごいな」と思いながら、近くの書店で、文庫で購入した。


『こちらあみ子』『ピクニック』『チズさん』の3話からなる短編集。
表紙を飾るのは、土屋仁応さんの彫刻作品。

読み終えて最初に頭に思い浮かんだのが、
最近自分の中でハマっているアメリカの三兄弟バンド、AJRの"World’s Smallest Violin"という曲だった。

The world's smallest violin
世界で一番小さなバイオリン

Really needs an audience
聴いてくれる人が必要なのさ

So if I do not find somebody soon (That's right, that's right)
早く誰か見つけないと

I'll blow up into smithereens
吹き飛ばされて粉々になるよ

And spew my tiny symphony
僕の小さなシンフォニーを吐き出して

Just let me play my violin for you, you, you, you
君のためにバイオリンを弾かせてくれよ

第二次世界大戦で戦った祖父や消防士の父と比べて、学校を中退している自分を惨めに思う彼は、

I can't even finish school
僕は学校を卒業することさえできない

それでも自分が鳴らす、バイオリンの音を聴いてくれる人を必要としている。

自分の声を、聞いてほしいと思っている。

トランシーバーで応答してほしかったあみ子。
人気芸能人と付き合っていると公言する七瀬さん。
赤の他人のチズさんに必要とされていることを確認する私。

何らかの発達障害を持っていて、無邪気で無垢で、相手の気持ちを慮ることができないあみ子。
彼との空想の思い出のために、毎朝ドブを攫う七瀬さん。
いつも身体が傾いているチズさんを支える私。

皆自分の内側に声を持っていて、その小さな声を、誰かに聞いてほしいと思っているのだ。

やさしくしたいと強く思った。強く思うと悲しくなった。そして言葉は見つからなかった。あみ子はなにも言えなかった。

『こちらあみ子』より

映画『花束みたいな恋をした』も、
『こちらあみ子』に収録された3話も、
ハッピーエンドで終わらない。
世の中、ハッピーストーリーばかりじゃない。

でも、別れてから同じ家で過ごした時間がお互い一番自然体の自分でいられたり、
あみ子に「ちゃんと風呂入れ、もっと飯を食え」と言い、あみ子が自分の気持ち悪いところを聞くと「おれのひみつじゃ」と答えた男の子だったり、
ハッピーエンドじゃなくても、辛いことがあっても、
ずっとずっと不幸なわけじゃない。

麦と絹が見つけた焼きそばパンがおいしい店はなくなってしまったけれど、
二人は別れてしまったけれど、
二人でリビングのソファに並んで飲むタピオカは、変わらずおいしいのだ。

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