怪異蒐集 『厄数』
■Ｅさん、研究員、４０代
■記述者：八坂亜樹
Ｅさんは小学生の頃、クラスで苛めにあっていたことがある。苛められていた友人のＲを庇ったことで、代わりに標的にされたのだ。そのＲがＥさんを苛める側に回ったのが、何より辛かった。
家族に気づかれたくなくて、放課後はまっすぐ家に帰らず、裏山の廃神社で時間を潰すようになった。昼間でも暗く気味が悪いが、誰も来ない場所なので安心できた。
ある日、社殿の前に古い木箱が置かれていた。
上に丸穴があり、側面に「御籤」と書いてある。中には折りたたまれた紙が一枚だけ入っていた。誰も見ていないことを確認して開くと、紙の中央に「５」と書いてあるだけだった。その日、神社からの帰り道に石段で滑って足を挫いた。ポケットに入れたはずの御籤は、いつの間にかなくなっていた。
翌日も箱はあり、御籤には「１１」と書かれていた。昨日怪我したことが気になって、御籤を神社の木に結んだ。しかし帰る途中、背後から自転車に追突され脇腹に痣ができた。神社に戻ると、木に結んだ御籤がなくなっていた。
御籤を引くと怪我をするのかもしれない。そう考えて怖くなった。
しかし翌日、Ｅさんは学校が始まる前に神社に行って御籤を引いた。確かめたいことがあったからだ。そのまま学校に向かい、「８」と書かれた御籤を、苛めの首謀者であるＭの机に入れた。
その日の体育の時間、Ｍは転んで肘を擦りむいた。その後もＥさんはＭの机に御籤を入れ続けた。番号は大きくても２０程度で、大きな怪我はなかったが、Ｍは次第に何かに怯えるようになり、苛めは自然と収まっていった。
その後、「１１８」と書かれた御籤を引いたＥさんは、御籤をＲの机に入れた。昼休み、Ｒは走っていた級友にぶつかって頭から窓ガラスに突っ込んだ。顔に傷が残ったＲは学校に来なくなった。
その日を最後に、Ｅさんは神社には行くのをやめた。
Ｅさんは就職を機に別の土地に越し、そこで結婚した。先日、中学生の娘と神社の縁日に行き、せがまれて御籤を引いた。
「これ、どういう意味？」
そう聞かれて娘の手元を覗き込み、血の気が引いた。
御籤には５桁の数字が書かれていた。
とっさに娘の御籤を奪って握りしめた。娘が文句を言っていたが、聞く余裕はなかった。ずいぶん経ってから手を開くと、御籤はなくなっていた。
何が起きても受け入れるしかない、とＥさんは諦めた表情で語った。あれから半年が経つが、今のところ大きな怪我はしていない。
神社での行為の意味を聞かれ、娘に小学生時代のことを正直に話したところ、娘は考え込んでから「母さんには何も起きないと思う」と言ったそうだ。
■メモ
・「かんのり」や「誑（きょう）」と同じく、文化人類学の学会で聞いた話のうちの１本。学会での蒐集話はこれで最後（亜樹）
・予言系ですね（朱音）
・おみくじって予言って分類でいいの？ それとも神託とか？（水鳥）
・なんかどっちもしっくりこないな…予言系って言っちゃったけど、占いってのが感覚的には近いかも（朱音）
・もともとは神事で引くものだったと思う。一般の人が引くようになったのは近世になってからだったような（亜樹）
・ググってみたら鎌倉時代からって出てきた（朱音）
・意外と前からだった…（亜樹）
・「みくじ」の「み」って神仏のことだって何かで読んだ気がする（水鳥）
・そう言えばおみくじって「御籤」の他にも「神籤」とか「仏籤」って書いたりするね。「神籤」は「みくじ」って読めるけど「仏籤」ってどう読むの？（朱音）
・全部「みくじ」でいいと思う（亜樹）
・まじか。変換で出ない…（朱音）
・なんか因果の話かなって思ったんだけど、最後の娘の発言がよくわからない。どうしてそう思った？（水鳥）
・母親の話を聞いてそう判断したわけだよね（朱音）
・小学生のときみたいに、自分に起きるはずの悪いことを他人に移せるんだったら、娘の分を引き受けた母親に悪いことが起きるって思うけど。ルール的にはさ（水鳥）
・なんか見えてないルールがある？（朱音）
・「厄」の移し方の違いとか（亜樹）
・移し方？（朱音）
・小学生時代の話って、自分で引いた「厄」を他人に押し付けてたわけだよね。でも娘の引いた「厄」は自分から引き受けてるから、その違いだったりとか（亜樹）
・なるほど。なんか民話的にはありそう（朱音）
・これ、悪いことは必ず起きる？ 数字によっては何も起きないこともあって、娘はそれを理解して何も起きないって言ったとか（水鳥）
・素数は何も起きない、とか（朱音）
・５桁の素数がわかる娘よ…（水鳥）
・その前に「５」も「１１」も素数ですが…（亜樹）
怪異を蒐集＆コメントを書いている大学生たちが主役の夜話、
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