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第57話 神の気の通り道

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年3月末。

「姫路市民会館の前の雑貨屋さんが閉店した跡地、テナント募集になってますよ」

フレンチレストラン「グランメゾン」の水木支配人からそんな電話があったのは、姫路城の桜の蕾がほころび始めた頃だった。

「え!あそこ閉店してたんですか!」

僕はテナント募集より閉店の方に驚いていた。

この雑貨屋さんは僕自身とても気に入っていたお店で、知り合いの誕生日プレゼントやお祝い事を買う時などよく訪れていた。ブルーの壁にピンクのテントが目立つ可愛いお店だった。

そして僕が何よりこの雑貨屋さんに愛着を持っていた理由は、オードリーウェディングの最初の広告撮影でこの雑貨屋さんの前を使わせていただいたからだ。

今振り返れば、その撮影は僕にとってブライダルプロデュース業のデビュー戦のようなものだったかもしれない。

この撮影の日、僕はオードリーヘップバーンが映画「ローマの休日」で乗っていたスクーターを大阪のとあるバイクショップから撮影用に借りてきていた。

どうしても映画と同じ型で尚且つ緑色のスクーターが欲しくて、僕は全国のバイクショップを探しまわった。そして、ついに大阪に1台だけある事を突き詰める。

僕はすぐに大阪に飛び、そのバイクショップを訪れた。でも最初は撮影のためにレンタルする事を渋られる。

どこの馬の骨ともわからない奴が姫路から突然やってきて、「撮影に必要だから貸してくれ!」と言っても訳がわからない話だろう。今となっては相手側の困惑した気持ちもよくわかる。ただ、当時の僕はオードリーウェディングの立ち上げ時の夢と情熱そのままに「そのバイクじゃなきゃダメなんだ!」と呪いでもかけられたかのように必死でそのバイクショップに何度も足を運び懇願していた。

結果として、「あんたの熱意には負けたわ。1日貸してあげるけど、その代わり姫路までは自分で運んでよ」と、最後はしぶしぶ了解してくれた。

撮影当日、僕はスクーターを積む大型のバンをレンタルし、明け方近く大阪に向かった。そしてスクーターをバンに積み込み、姫路へとんぼ返り。たった数枚の撮影のためにお金も手間も時間も相当にかかったものだが、あの時バンにスクーターを載せて阪神高速道路を運転していた時の気持ちの高鳴りを今でも鮮明に思い出す。

それくらいの想いで借りてきたスクーターだった。
そして、そのスクーターと新郎新婦モデルの撮影場所にと選んだのが、この雑貨屋さんだったという訳だ。

当時のカメラマンと姫路の街をロケハンをしていた時に、この雑貨屋さんの外観に一目ぼれした僕は、その足で雑貨屋さんに飛び込み、店長に直談判した。

(実は、この時の店長をしていた女性が、それから8年後、スウィートブライドで結婚式を挙げてくれる事になる。ご縁というものはステキなものなのである)

この時に雑貨屋さんの前で撮影した写真は、今でも僕の心に強く残っている。

話はだいぶ横道にそれてしまったが、僕がこの雑貨屋さんに思い入れが強いのはそうした理由からだ。だからその雑貨屋さんが閉店したと聞いた瞬間、僕の心に一気に切なさがこみ上げてきたんだ。

「あの場所、いいんじゃないですか?」

僕は水木支配人の言う意味がわからなかった。

「どういう事ですか?」

「スウィートブライドのサロンにですよ」

「あぁぁ・・・」

少しして、それはサロンの出店の事だとわかった。しかし僕はサロンを持つ事は考えてもいなかったので、その時は現実味が無く、ただため息のような返事に留まった。

ーーー その日の夜。

僕は、ピアホテルにいた。
AM3時。休憩用の仮眠室でサロン出店について考えていた。

今は、各レストランのホームページにウェディング専用ダイヤルとしてスウィートブライドの電話番号を掲載させていただいている。お客様から問い合わせが来たら、僕はそのレストランで接客をするというシステムにしており、それは思っていた以上にスムーズに流れていたので、今さら独自のサロンを作らなければいけないという切迫感は持っていなかった。

もちろん自分のサロンを持つという夢はあるけど、一度大きな失敗をした身。今さら表舞台でドンパチするつもりは毛頭無かった。

あくまでも裏方としてお世話になったレストランに恩返しをするという気持ちの方が強く、今のサロンが無い状態でもレストランウェディングを遂行できているのであれば、無理して表舞台に出る必要は無いと思っていた。

世間は冷たい。
わざわざ自分から首を突き出して叩かれに出るという選択肢はその時の僕には無かった。決して派手にせず、粛々と自分の仕事をしていくだけであった。

しかし今夜はそんな自分の心と真摯に向き合っていた。仮眠すらままならない程、色々と考えた。これだけ好きだった場所が自分のオフィスになるという事は、僕にとってあまりに魅力的であったという事だ。

朝、ピアホテルのバイトが終わり、爽やかな春の風を感じながら自転車で帰路につく。その間も、頭の中はその事ばかり。自宅に着いた頃には、ようやく自分の中でひとつの結論がでていた。

シャワーを浴び、部屋着に着替えてリビングに入ると、ワイフが晩ご飯のような朝ご飯を作ってくれている。そのご飯を食べながら、僕はワイフに自分の気持ちをゆっくりと話し始めた。

「サロンを出すには最高の場所だと思う。でもやっぱり、やめとく。サロンを出すとなると、それなりの経費もかかってくるし、今の我が家では経理的に厳しい。それに僕自身、まだ表舞台にでたくないという気持ちもあるし・・・」

「うん。そうね・・・。お店を出せば家賃や光熱費もかかってくるし、出るお金は増えるよね。まぁでも、自分のやりたいようにやればいいんじゃない。私はどちらでもいいよ」

ご飯を食べたあと少し仮眠をとり、午後1時くらいに家を出た。グランメゾンに着いたのは午後2時を少し過ぎたところだった。

「支配人、せっかくいい情報を教えていただいたんですけど、やっぱりサロンを出すのはやめときます。まだ僕には早いように思うんです。もう少し仕事が軌道に乗ってきたら、またその時に考えます」

ランチのお客様がひいた店内のテーブル席で珈琲をいただきながら、僕は水木支配人へ自分の気持ちの報告をしていた。

そんな時だった。
水木支配人が携帯を取り出し電話をかけ始めた。

「姫路市民会館前の雑貨屋さんの物件、まだ借り手は決まってませんか?決まってなければ、見学に行きたいんですけど。はい、えーえー・・・、はい。そうですか!あ、ちょっと待って下さい」

水木支配はそう言うなり、スマホの口の部分を左手でおさえながら、僕に聞いてきた。

「明日、何時くらい大丈夫ですか?」

「え!いや・・・その・・・、今と同じ14時くらいは大丈夫ですけど・・・」

水木支配人は左手でGOODの合図をして、電話の相手先に明日14時の約束を取り付けた。その相手先は、不動産屋だとすぐわかった。

「明日、14時にあの物件に行ってください。今、不動産屋と話をしましたから。結構な数の業者さんが見に来ているらしいけど、まだ決まっていないみたい。せっかくだから一度見てから判断してはどうですか?」

「はぁ・・・、まぁ見るだけなら・・・」

僕は水木支配人になかば押し切られる形で、急遽明日の見学が決まった。

ーーー 翌日。

午前中の打合せを終えた僕は、一度帰宅した。そして、ワイフと息子たちを連れ姫路へと向かった。

ビルの南側のコインパーキングに車をとめ、その物件の入り口まで来ると、紺のスーツを着た若い女性が立っていた。

「中道さんですか?」

「はい、そうです。今日はお世話になります。家族全員で押しかけてすみません」

かつてはここの雑貨を買いに来ていたから店内の感じはわかっているつもりだったが、扉を開けていざ入ると、その景色は全く違っていた。雑貨の商品はもちろん、棚、什器含め全てが撤去されていて、もともとのこのビルの下地がむき出しになっていた。

ガランとした歪(いびつ)な五角形のその部屋はとても狭く感じた。

扉を開けた瞬間、すぐに目の前に壁が立ちはだかるような・・・、それくらい狭い印象だった。さらに昭和初期を思わせる古いタイル張りで、あちこちが相当傷んでいる。上下水道の水道管も通っておらず、広さも体感的に六畳一間程度に感じられた。

「あぁぁ・・・、こんな感じなんだぁ・・・」

そんな風に思いながら、僕は入ってきた扉の方を振り返った。

すると、閉鎖的な壁面と打って変わり、あまりに開放的なウィンドウが僕の心をグッとつかんだ。ウインドウは北側なので陽光は射し込んでこないが、明るくて、圧倒的な見晴らしの良さが窮屈に感じていた狭さを十分に解決してくれていた。

そしてその時、僕の心に奇蹟が起こった。

「気」が、僕の心臓をスーッと貫いた。
それはとても大きな「気のエネルギー」だった。

その昔、こんな話を聞いた記憶がある。
この辺りは、神聖な広峰山から神様の気が旧野里街道を通って流れてくる「神聖な気の通る道」。まさにここのウインドウは山から降りてきた神聖な気を真正面から受ける素晴らしい位置にあったのである。

スウィートブライドの未来がパーンと見えた気がした。

「いいな、ここ・・・」

思わず言葉が漏れる。

「うん。私もいいと思う」

ワイフもすぐに同調してくれた。

「ここ、今どんな状況ですか?」

「ここはこの立地ですから人気があって、実はすでに40社ほど見学に来られています。職種的には、モノを売るショップが多いように思います。でも、まだどちらも正式に決定まではいたっていません」

「へぇ、40社も!正直なところ、とてもいいですね。前向きに考えてみたいのですが、仮押さえはできますか?」

「仮おさえというのは無いですけど、また改めて大家さんに確認とってみます。中道さんはブライダルのお店ですよね?」

僕は見学してこんなにも心を動かされるとは思ってもみなかった。急な展開に自分でも驚きを隠せない。

「ここどう思う?」

7歳の長男にも聞いてみた。

「ちっちゃいな」

「ハハハ。確かにちっちゃいよな」

「でもいいんじゃない?ボクは嫌いじゃないよ」

長男の言葉にも背中をおしてもらってるような気がした。しかし、帰りの車の中でワイフと現実的な話になる。

「月々の家賃と光熱費は何とかなりそうに思うんだけど、保証金と礼金があるからなぁ・・・。それに内装工事費も200万くらいは要りそうだよね。水道管も通ってなかったし・・・。今は我が家にそんなお金無いよな」

物件を見てかなり心は踊ったものの、やはり現実のハードルは今の我が家には相当高かった。

「まぁ、あなたの場合、いつも計画性ゼロの無鉄砲だからねぇ。今に始まった事じゃないよ。アハハハ」

そう言うワイフに、僕もただ笑うしかなかった。

(やっぱり今はあきらめよう。もともとサロン出すつもりは無かった訳だし。今はじっくりと体力をつけていく時期。またそういう時がきたら、それからでいいじゃないか)

見学した事で少し夢を見てしまったが、僕たち夫婦はすぐに素に戻った。

ーーー その日の夜。

グランメゾンの水木支配人に電話をした。そして、場所は気に入ったが、今回は出店を見送る意思を伝えた。支配人はとても残念そうであったが、まだ今の僕はその時期ではないと結論づけた。

少し未練はあった。

でも今は一歩一歩キッチリと進んでいく事が大切で、僕は「身の丈」という言葉でその未練を断ち切ろうとしていた。


第58話につづく・・・


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