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第63話 教会挙式の一日

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年5月6日。

店舗改装真っ只中のゴールデンウィーク最終日。今日は、姫路ベアリーフ教会での結婚式と、フレンチレストラン「グランメゾン」での披露宴だ。

スウィートブライドでは初めての教会挙式。
一番苦しかった時、僕は教会の教えに救われた。だから教会での結婚式をプロデュースする事は、僕にとってとても大切な事であった。

今日はいつもより少し遅めのスケジュール。13時より教会で結婚式、14時30分よりレストランで披露宴、おひらきは17時の予定だ。

僕は9時にグランメゾンに入った。
厨房のシェフに声をかけ、控室の準備をする。そしてまだ誰もいない静まり返った披露宴会場のテーブルセッティングを始めた。いつもならブレスフローラの本田さゆりがそろそろお花を搬入してくるのだが、今日のこの時間帯は教会のバージンロード装花のセッティング中だ。挙式場と披露宴会場の距離が離れている場合は、お互いに顔を合わせての確認作業はできない。信頼のもとに成り立つ仕事のやり方である。

「おっはよーございまーす!」

静まり返っていた披露宴会場に、いつもの明るい声が響く。

「鷲尾ちゃん、おはよー!今日もよろしく!」

鷲尾響子の顔を見ると、僕の緊張感も少しやわらぐ。戦友と言っていい彼女の存在は僕の中でとても大きい。これでさらに椎名凛子がいてくれれば言う事はないのだが・・・。しばらくは新規接客から準備、そして当日のアテンド業務まで全て僕一人でやると決めたから、頑張るしかない。

10時。新郎新婦が到着。
新郎が、妊娠6か月の身おもの新婦をいたわるように扉を開けて入ってきた。新婦の顔色はいいようだ。僕はまず2人を披露宴会場に案内する。まだ花の飾りつけはしていないが、新郎新婦セレクトのシャンパンカラーのテーブルクロスが会場全体を爽やかな印象で包み込んでいる。テーブルの上にはテーブルクロスと同じシャンパンカラーのリボンを巻いたブラウンのナフキン。これも2人が選んだ色だ。

たいていの新郎新婦は、設営された披露宴会場を見ると、今日自分たちが結婚式を挙げる事を改めて実感する。そして素晴らしい表情をする。僕はそんな2人の表情を見るのが好きだ。その表情には夢と希望がたっぷり詰まっているように思うんだ。

新郎新婦の2人を控室へ案内し、鷲尾響子にバトンタッチする。再び披露宴会場に戻ると、ケーキ屋さんが引菓子の搬入に来た。新婦の勤め先であるケーキ屋さんだ。この日のために、オリジナルの引菓子を作ってくれていた。

せっかくだから、ケーキを運んできてくれた人たちを新郎新婦の控室に案内する。新婦はまだヘアメイクにもとりかかっていない段階で、友人と会話をするような余裕の時間は無いのだが、僕はこういう時にあえて友人と会わせ、ゆっくり会話をしてもらう。進行表を狂わせてでも、その一瞬の想い出を大事にして欲しいと考えているからだ。逆を言えば、それだけ鷲尾響子を信頼しているとも言える訳である。

席次表や席札のセットも終わり、ようやく僕もひと段落。缶コーヒーを飲んでいると、カメラマンが到着した。今日はスウィートブライドのカメラマンではなく、新郎持ち込みのカメラマンの西田さん。新郎とは親戚になる人だ。ただ、西田さんは僕もよく知っている人だけに、さして持ち込みという意識も無くやりとりをする。

ほどなく新婦の友人3名がにぎやかにレストランに入ってきた。これから彼女たちはここで振袖の着付けをする。僕は彼女たちをまず新婦の控室へ案内した。タイミング良く、ちょうどウェディングドレスを着た瞬間だった。

「わぁ!キレイ!」

友人たちから歓声があがる。そのまま控室を出たところの広間に移動し、しばし品評会。賑やかな友人と新婦の会話を聞いていると、若いって素晴らしいなぁと僕の眼尻も下がっていく。その間に、控え室では新郎がタキシードへ。

振袖の着付けの先生が、いつ終わるかわからない会話を待っていると、それに気付いた友人の一人が皆を催促し、彼女たちはようやく振袖の着付けへと控室へ入っていった。

さて、今からしばらくは新郎新婦のイメージ撮影。

1階のエントランスを出ると、すでに真っ白なリムジンが待機していた。グランメゾンの前の道路はそんなに広くないので、リムジン1台で道路を占有してしまっているようだ。そのリムジンを使って2人のイメージ撮影が始まる。やっぱりリムジンは絵になる。思い切ってオーダーして正解だった。

少しすると、電話が鳴った。

「中道さん!教会のセッティング完了したので、今からそっちへ向かいますね」

教会で作業中の本田さゆりからだ。僕はその電話で、今の披露宴会場の状況を説明し、追加で花を置いてもらいたいウェルカムスペースの指示をした。僕と新郎新婦も今から教会へ移動するので、本田さゆりとは入れ違いになるのである。

ここでのイメージ撮影が終わり、新郎新婦とカメラマンの西田さんと鷲尾響子がリムジンに乗り込む。これから5分少々のリムジンの旅。スッと行くとあまりに素っ気ないので、わざと遠回りをして姫路城前を通るコースを考えていた。

リムジンを見送った僕は自転車にまたがり、教会へ。リムジンより先に教会に到着しなければいけないので、頑張って自転車をこぐ。

教会に到着すると、まずは牧師先生と奥様に挨拶をしてから、次に信者の人たちに挨拶をする。結婚式場のチャペルと違い、ここは本物の教会だから聖歌隊もオルガニストも本物のクリスチャンの方々。皆さん、ボランティアで結婚式のお世話をしてくださる。本当にありがたい事なのである。

挙式場に入ると、可愛い花がバージンロードに並べられていた。そして祭壇の横には大きな壺に入った華やかな壇上花。本田さゆりの力作である。受付、プログラム、ブーケスタンド、フラワーシャワー等準備物を確認していると、リムジンが到着した。

あまりにロングボディーなので、教会前に横づけするだけでもなかなか大変だ。ドアを開けると、楽しそうな新郎新婦の笑顔。カメラマンの西田さんも鷲尾響子も楽しそうだ。日頃、リムジンに乗る機会なんてなかなかないから、皆こういう笑顔になるのだろう。

なるほど・・・。
レストランへ戻りのリムジンでちょっとサプライズプレゼントしてみようかな。いい事を思いつくと、気分があがる。(これはのちほど・・・)

到着した2人はすぐに挙式場に入り、早速イメージ撮影。木のベンチ、木の壁、木の天井・・・。落ち着いた木の香り漂う教会に純白のウェディングドレスの新婦が映える。

挙式場内での撮影が終わると、教会の外に出てさらに撮影が続く。挙式場では、信者さん達の讃美歌の練習が始まった。

表で撮影していると、一台また一台と車が入ってくる。今日のゲストは約40名。到着したゲストを待合室へご案内する。すぐに信者さん達がお茶をだしてくれ、僕は今日のプログラムを一人一人に手渡ししながら、ゲストのお名前を確認し、挨拶をしていく。

広い教会ではないので、すぐに人であふれてくる。待合室でお茶を飲んでゆっくりされている人もいれば、表に出てタバコを吸う人、新郎新婦の撮影を見る人などゲストの行動は様々だ。

こういう場面でも、ゲストにはできる限り自由にして欲しいというのが僕の信条なので、あえて導線を設けたりはしない。

撮影を終えた新郎新婦も、ゲストへ挨拶をしながら会話をしたり、写真を撮ったり、ゆったりとした時間を過ごしている。とてもいい時間だ。

親族に次いで友人たちも続々と教会に到着する。新郎新婦を取り囲む人の群れは一層賑やかになる。振袖に着替えた先ほどの友人3名も教会に到着。その輪の中に飛び込んでいく。

12時50分。
挙式10分前になり、まずはゲストの入場。新郎側、新婦側を説明しながら座席へと誘導していく。僕は壇上からゲストへ今日の注意事項を説明する。

13時。
扉口には、新郎、そしてベールをおろした新婦と、その横にはお父様。扉を開ける役割の信者さんたちも緊張の面持ちだ。

ワーグナーの結婚行進曲が流れてきた。

ゆっくりと扉が開く。
まずは新郎が一人で入場、そして新婦とお父様。

僕は新婦とお父様の背後から入場シーンを見つめる。歩きはじめる時、お父様が少し新婦の方を見た。それに応えるように、新婦が少しうなづく。右足、次に左足・・・、一歩一歩足並みを合わせながらゆっくりと歩を進めていく。

何度見ても、ステキなシーンだ。

新婦のウェディングドレスのトレーンが完全に入口に入ったところで扉を閉める。「ふぅー・・・」僕は大きな息をはいた。感慨深い想いとつつがなく進行がスタートした事に安堵する。

僕は教会の表に出て、レストランにいる司会者に電話を入れた。レストランの今の状況をつかむためだ。会場のセッティング、そして音響との音合わせも順調にいっているようで、ひとまずホッとする。そしてこちら側も今無事に入場した事を伝える。

電話を終え、別の扉から挙式場に入ると、1曲目の讃美歌のタイミングだった。本物の教会の結婚式では専門式場のチャペルと違い何曲も讃美歌を歌う。僕は挙式場の一番後ろの壁の前に立ち、大きな声で讃美歌を歌う。2人の祝福のために、これも大事な僕の仕事のひとつなのである。

指輪交換、ベールアップ、誓いの言葉、結婚証明書へのサイン、そして牧師先生からの言葉が続く。専門式場のチャペルはだいたい15分くらいだが、ここの式は45分もある。牧師先生の想いの深いとてもあたたかい結婚式なのだ。

全ての儀式が終わり、2人は扉口を向き、ゲストの拍手の中、退場。
そして教会の外で青空のもとフラワーシャワー。皆の「おめでとー!」と言う声、そして2人の笑顔。この時が最も幸せを感じる瞬間かもしれない。フラワーシャワーの後は、椅子を並べて集合写真。

ただ、この幸せの時間は、プランナーの僕にとっては実は最も慌ただしい時間でもある。挙式場を退場した新郎新婦を一度控室にかわし、その後退場するゲストにバージンロード装花を配りながら、教会の外に誘導する。2列に並べ、一人一人にフラワーを配る。配り終えたら新郎新婦を控え室から表に誘導し、元気一杯の掛け声でフラワーシャワーをスタートさせる。その後、椅子を並べ、新郎新婦とゲストを集合写真用に整列させながら、同時に先ほどのフラワーを回収していく。スタッフが何人かいれば問題ないのだが、これらを一人でしようと思うと結構大変な作業なのである。

あぁぁ椎名凛子がいれば・・・。いつまでも往生際が悪い。

集合写真を撮りはじめると、僕は別の場所に待機させていたリムジンを呼び、手前の道路に横づけさせる。その瞬間、今日初めてリムジンを見たゲストからは感嘆の声があがる。

皆、一度は乗ってみたいだろう。

集合写真が終わると、新郎新婦をリムジンへ。次いで、カメラマンの西田さんと鷲尾響子が乗車。そこで先ほど思いついた僕からのサプライズプレゼント。このリムジンはロングボディーだからまだまだ乗れるので、皆さんに声掛けをする。

「皆さん!今からそれぞれ披露宴会場のレストランに向かっていただきますが、このリムジンには、あと7名ほど乗れるんです!いかがですか?乗りたい人いたら乗ってみませんか?」

「おー!」と歓声があがり、いち早く手を挙げたのは、あの新婦の友人の振袖3人娘。次いで、従妹などが希望し、瞬く間に満席になった。こういうのも楽しい時間の共有なのである。振袖3人娘用にチャーターしていたタクシー代だけ赤字になってしまったけど。

リムジンの出発を見届け、他のゲストのタクシー等の乗車を確認してから、教会の牧師先生や信者さん達にお礼を告げ、自転車でグランメゾンへ。リムジンより先に着きたいので、全力疾走だ。

はぁはぁと肩で息をしながらグランメゾンに着くと、何とかリムジンよりは先廻りできたようだ。披露宴会場に入ると、司会者、音響担当、グランメゾンのスタッフが和やかに待機している。専門式場だともう少しピリピリムードだろう。でもスウィートブライドではそういうピリピリ感は一切無い。皆が楽しく。それがモットーなのである。

リムジンに続き、ゲストの車やタクシーも続々と到着。見る見るうちにグランメゾンは華やいだゲストでいっぱいになる。

14時30分。
ベールを取りヘアチェンジをして印象をガラリと変えた新婦と新郎が手を組み明るく入場する。

披露宴では、新郎の友人のギター演奏や、例の振袖3人娘によるサプライズムービーの余興など、楽しい時間が過ぎていく。お色直しのゴールドのカラードレスもとても素敵だった。

17時。
場内は暗転し、新婦お手紙。そしてご両親にお酒や旅行券、お花を贈呈。新郎お父様の代表謝辞に続き、最後は新郎のあいさつ。

お2人とご両家は退場し、扉口でプチギフトでの送賓の準備。そして僕は今日の最後の仕事であるエンドロールムービーの上映だ。グランメゾンは専門式場のような自動のスクリーンやプロジェクターはないので、全て手動でスクリーンを設置し、プロジェクターを持ち運び、再生しなければいけない。ここで再生ボタンを押してムービーが流れなければ、今日の全てが水の泡になるという結構なプレッシャーが最後の最後に待ち構えているのである。

エンドロールが終わると、ゲストのお見送り。そして、外で待機させていた友人へ向けてブーケトス。空高く舞い上がるブーケ。最後の最後にゲストの歓声があがる。

2階の控室。ドレスとタキシードを脱いで私服に着替えた新郎新婦と今日一日を振り返る。まだまだ感動の余韻に包まれた時間だ。その余韻をしばらく一緒に楽しんだあと、2次会場へと向かう新郎新婦をお見送りする。

披露宴会場に戻ると、グランメゾンのスタッフが料理や皿を下げている。僕はテーブルクロスやナフキンを一枚一枚たたみ、返却用の箱に詰めていく。花器等の備品類も全て片付けたら、ようやく今日の仕事終了だ。

と、思うが、実はまだ終了ではない。

再来週結婚式予定の新婦がグランメゾンに来てくれた。今からこの新婦のヘアリハーサル。まだまだ今日の仕事は終わらないのである。ヘアリハーサルはだいたい1時間から1時間半くらいかかるから、鷲尾響子にももう少し延長して頑張ってもらう。

こうして、ようやく結婚式の一日が終わるんだ。
長いようで短く、短いようで長い一日が。

自宅に戻ると、ワイフが玄関にとんできた。

「どうだった?うまくいった?」

ワイフの顔を見て僕はようやくひと息つく。

「うん。バッチリ」

そう笑顔で答えた後、僕の守護仏の阿弥陀さんに手を合わす。キリスト教の仕事の報告を阿弥陀さんにしているのもおかしなものだと思いながら・・・


第64話につづく・・・


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