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第71話 仕事の意味

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年9月中旬。

聞いてはいたが、京都の暑さは想像以上だ。

「京都は、夏は暑いし、冬は寒い。観光はいいけど、住むにはあまりいいところではないよ」

京都の友人は、いつもこんな風に言っていた。その言葉が僕の心の中で反復されていたものだから、実際に来てみると余計に暑く感じるのかもしれない。

今日は、京都の神社やホテルを巡る一日。
京都でフリーのウェディングプランナーをしている僕と同業の友人に、京都の結婚式の現状を教えて欲しいとお願いをしていたのだ。

これから僕は「姫路結婚式ドットコム」を立ち上げ、姫路という地域で和婚を中心にプロデュースを展開していく。それを成功させるためには、本場京都の和婚の実情を視察しておきたかった。

京都に到着するや、まずは下鴨神社に向かった。年間700組という嘘みたいな組数の結婚式を執り行っている京都を代表する世界遺産である。何度も来てよく知っている神社だが、せっかくなので今日は彼のガイド付きで境内を回遊する。ここを選ぶ新郎新婦のタイプが何となく見えてくる。

「それにしても、年間700はスゴイよなぁ。1日11組って、ビジネス的には聞こえがいいけど、田舎者の僕からしたら、オートメーション化されたたらいまわしの結婚式としか感じないけどね」

僕は、変な負けん気が顔を出して、ちょっと皮肉まじりに彼にそう言った。

「でもこれだけ人気のあるところだから、1日に10組、11組と受けてくれるのは正直ありがたいよ。もう今日の時点で来年の春はうまってきてる状況だし。4月のこの日はあと空きは2組だけ!とか。それで争奪戦が繰り広げられてる感じかな」

「ブライダルビジネスとしてそれはわかるんだけど、でも昭和の高度成長期でもあるまいし、そんなに芋洗い状態に詰め込んでビジネスしなくても・・・。そんなので喜ぶ新郎新婦なんていないんじゃない?今は1日1組できっちりとやってあげる時代だと思うけどなぁ」

「中道さんの言う事はごもっともだけど、所詮はビジネスじゃない?神社も儲けないと生きていけない訳だから」

「それを言っちゃおしまいだよ。僕らは純粋に商売人だけど、神社は崇高な存在なんだから、僕らみたいなのと同じ目線ではダメじゃない?商売って言うのは士農工商でいくと一番下の位。そう歴史で習わなかった?」

納得できず口をとがらせている僕をなだめるように次は上賀茂神社へと移動する。上賀茂神社は朱色の感じが煌びやかな印象を与える神社でこちらも世界遺産。右向いても左向いても世界遺産だから、京都にいると世界遺産の価値がわからなくなったりする。

上賀茂神社の後は、平安神宮などの有名どころや、僕が知らない小さくてマイナーな神社だけどプランナーとしてお勧めする神社など、興味深いところを案内してもらった。

実際に行ってみると、京都ではマイナーな神社かもしれないけれど、僕の住んでる地域で考えれば、マイナーどころか滅茶苦茶いい神社に見える訳で、圧倒的な京都の凄さを痛感するのであった。

(この素敵な雰囲気で、マイナーかぁ・・・)

その後、神社挙式後の披露宴会場として利用されているホテルや料亭などを案内してもらった。創業200年の料亭は、それはそれは豪華で圧巻であった。下鴨神社で結婚式を挙げ、タクシーでこの料亭へ移動して披露宴。いかにも京都らしいその工程は、京都ブランドならではのように感じた。

今日、僕が一番感じたのは、「ここは京都であり、これは世界遺産である」という何者にも代えられないブランドの価値観があまりに大きいという事。「神社挙式」が良いとか悪いとかそういう事ではなくて、「神社挙式」というものがすでにブランドビジネス化されているという事だ。

僕は何事にもくそ真面目に追及していくタイプの人間だから、「神社挙式」と言うと氏子がその土地の氏神(産土神)である神社で結婚式を挙げるという本質的なものを重視して考えてしまう。

神社挙式はブライダルビジネスではない。

これは僕の持論だ。
「ウェディングプランナーとして神社挙式をどう捉えるべきか・・・」、僕は来る日も来る日もそればかり考えていた。

(神様って何なのか、新郎新婦は何に結婚を誓うのか、誰に結婚を誓うのか・・・・)

そんなくそ真面目な考え方の僕の脳は、神社の聖地である京都の神社挙式の現状を知る事で、より一層混乱を極めていた。京都はもはや僕が考える結婚式の形では無く、単なるブライダルビジネスにすぎなかったのだ。

姫路に戻り、しばらくは放心状態が続いた。

僕は今から姫路の新郎新婦に何を売ろうをしてるのだろう・・・。僕がプロデュースしようとしている神社挙式は、京都で執り行われているマニュアル化された神社挙式と何がどう違うというのだろう。所詮はビジネスなのだろうか・・・。

(僕が今から始める「姫路結婚式ドットコム」に、僕がやらなきゃいけない意味はあるのだろうか)

2013年9月末。

京都から戻った僕はかなりの重症だった。
そんな中、僕はもう一度自分自身としっかり対峙するために、姫路を中心とした播磨地域の全ての神社を訪れる事にした。一般の参拝者として全ての神社を肌で感じてみようと思ったのだ。

京都にはない、播磨地域ならではの神社の空気感を。

僕は来る日も来る日も、どんな小さな神社も片っ端から参拝してまわった。参拝をする際には、社務所にちらっと見える神主さんや巫女さんの空気感や、境内を掃き掃除している神職の様子などをじーっと観察した。

神社の建物としての雰囲気が3割、そしてそこで働く人たちの雰囲気が7割。僕は、神社に祀られている神様よりも、そこではたらく人が大事だという考え方を持っていた。

(この神社は、僕の大切なお客様の一生に一回の晴れの日を任せられるところだろうか)

そもそも僕が神社を査定するなんてお門違いかもしれないが、僕も人生を賭けてこの仕事をやる以上、妥協はできなかった。

数日かけて、視察(参拝)を終えた。
しかし、それでも僕は何も見出せていなかった。

(姫路結婚式ドットコムは、やらない方がいいのだろうか・・・)

心が折れそうになりながらも、それでも僕は答えを探そうと必死に考えた。あの日の仏様からのお告げは、きっと必然だったはずなのだ。僕はただそれだけを信じて、自分自身と対峙をした。

(ブライダルの神様は、僕に何を言いたかったのだろう)

2013年10月。

何も結論が出ぬまま、時間だけが過ぎていった。
僕は心をリセットする意味も込めて再びここを訪れた。

書写寺である。

初秋の山上は心地良い空気が流れていた。今日は本堂から足をのばし、大きな伽藍とその奥にある奥之院へ参拝した。そのまま山内をぶらぶら散策していると、小さな祠のようなお堂にたどり着いた。立て看板を見ると、「根本堂」とある。僕はそのお堂に何とも言えず心奪われ、しばらくここに座ってそのお堂を眺めていた。

(自分の仕事に意味を持つって、難しいもんだなぁ・・・)

下界にはない独特の穏やかな空気の中、僕は心を無にしていく。やがて、僕の心の中のもやもやがスーッと消えていくように感じた。

根本堂から本堂に移動した頃には、だいぶ晴れやかな気持ちになっていた。

(ひょっとしたら、僕の仕事に意味なんて無いのかもしれない。僕は黒子で、2人の応援団。2人が幸せになるために誠心誠意仕事をしていくだけ)

少し考えすぎなのかもしれないな・・・。そう感じながら、お線香を供え、観音さんに手を合わせ般若心経をあげて、本堂を後にした。

もう夕暮れどきになっていた。


第72話につづく・・・






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