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第75話 司会のピース

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2014年2月23日。

姫路ベアリーフ教会とグランメゾンでの結婚式が無事に終わった翌日、僕は姫路のあるショッピングセンターを訪れていた。目的は、このショッピングセンターでブライダルプロデュースの店舗を構えている同業ライバル社の社長と話をするためだ。

今年はチーム再編が急務。
まずは音響に着手し、旧知の山形さんに依頼する事でひとつのピースが埋まったところ。次に僕が着手したのは、司会者であった。

司会者を誰にしようか・・・、そんな風に考える時、いつも僕の頭には一人の女性がいた。今の僕の仕事のやり方を任せられるのは、彼女以外にいないと思っていた。

彼女の名前は、朝比奈敬子。
プロダクションに属する事なく、フリーで活躍している司会者。地元の専門式場を経て、格式高い超一流ホテルでの仕事をやってこられ、その実績からも姫路の小さなレストランで司会をしていただくのは気が引けるような、そんな存在。

僕は、オードリーウェディング時代に、ある人から紹介を受け出会った。その時は、目力が強く、上品で凛としたオーラに溢れ、確固たるブライダル哲学を持っている人だという印象。当時の僕には恐れ多いように感じたものだ。その後すぐに僕はオードリーウェディングを辞める事になったので、彼女と仕事をする事はなかった。

ただ、その時の彼女のオーラが忘れられず、いつの日か一緒に仕事ができればという想いがあった。

そんな彼女と、先月、グランメゾンで偶然再会したのだ。再会とは言っても、直接面と向かって話をした訳ではなく、遠巻きに姿を見たという程度。その日は僕も新規の新郎新婦の見学でグランメゾンに来ていて、朝比奈敬子は同業ライバル社の仕事で打合せに来られていた。

以前のロングヘアではなく、ベリーショートにされていたので一瞬わからなかったが、そのオーラは健在で、すぐに彼女とわかった。僕が必死にチーム再編を考えているこのタイミングで、偶然でも出会えた事に改めてご縁というものを感じた。

司会者という職業は、フリーであれば仕事の形態は色々だ。結婚式の仕事ばかりではなく、イベントの仕事もあれば選挙の仕事もある。朝比奈敬子も当然、色々なところからオファーを受けて様々な司会の仕事をされているだろう。

だから僕が直接彼女に仕事のオファーをする事は可能であったし、何ら問題はなかった。しかし、僕の考え方として、この世には筋道というものがあり、仁義を切るという事は長く仕事をする上で大切な事だという確固たるものがある。

そこで僕は、朝比奈敬子に直接連絡をする前に、同業ライバル社の社長に直談判する事にしたのだ。ショッピングセンターの1階のカフェで、僕は同業ライバル社の社長に深々と頭を下げた。

「スウィートブライドとして朝比奈さんに仕事のオファーをしたいんです。ただ、今は社長のとこでも朝比奈さんに仕事を依頼されているみたいだから、今日は朝比奈敬子にオファーをする許可をいただきに来ました。一応、この姫路という狭い地域でお互いにプロデュース会社をやっている訳だから、社長には筋だけは通したくて」

「そんなの気にしなくていいのに。中道さんの好きにしてください。今はもううちもプロデュースする組数減ってるし、年間でそんなに彼女に仕事を依頼している訳でもないから」

僕がオードリーウェディングを立ち上げた頃、姫路のオリジナルウェディングを牽引する2つのプロデュース会社があった。僕はそれを「ツートップ」と呼んでいたのだけど、その2社が今の姫路のレストランウェディングの基盤を作ったと言っていい。

僕はそんなプロデュース会社に憧れて、オードリーウェディングを作った。だから、その2社の事は心からリスペクトしている。今日、話をした社長はそのツートップの一人。僕から言えば、雲の上のような人なのだ。

ブライダル業界というのは、閉鎖的で保守的でしがらみまみれ。そして悪い噂ばかりが独り歩きするとても生きにくい業界である。僕のような新参者がこの地でやっていくには、それ相応の仁義を切っていかないと生き残れないのである。

ーーー その翌日。

僕は早速、朝比奈敬子に電話をした。
ここに至るこれまでの経緯を簡単に説明し、僕は本題を切り出した。

僕と一緒に結婚式を創り上げてほしい。

彼女は僕のブライダル哲学について質問をしてきた。「こういう場合、中道さんはどう考えるの?」「こんな事が起きた場合、中道さんはどう対処するの?」

それは、まるで面接のようであった。

僕は自分の持論である結婚式の考え方を答えていく。彼女からの質問は、とても的を得ていた。なぜ彼女がその質問をしてくるのか、その意図まで僕は理解できた。質問を受けている僕が面接官である彼女を評価するのはおかしいのかもしれないが、そういう質問をする人だからこそ、僕は一緒にやれると確信をした。

朝比奈敬子もまた、僕と仕事をする事に意欲と喜びを持ってくれているように感じた。

(やっぱり僕のペアは朝比奈さんしかいない)

彼女への初めての仕事のオファーは、2014年4月1日。その日は、僕の記念すべき書写寺での初プロデュースの日である。正午に書写寺で結婚式を挙げ、下山して15時からグランメゾンで披露宴という予定の一日。

僕の夢の全てが動き出す、そんな区切りの日だ。

僕はその大切な日を、どうしても朝比奈さんとしたかった。司会者は、プランナーと一心同体である。プランナーである僕の熱い想いを司会者がどれだけ共有してくれるかで、その一日は大きく変わる。

僕が人生を賭ける書写寺の結婚式。
僕と同じ温度で人生を賭けてくれる朝比奈敬子の存在は、僕にとって、いや、新郎新婦にとっても何より大きな存在なのである。

こうしてまたひとつ、ピースが埋まった。


第76話につづく・・・



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