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第70話 祈りの山

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年8月末。

まだ僕は、新企画「姫路結婚式ドットコム」のチーム作りに難航していた。こだわりすぎればきりがない事はよくわかっているのだが、それでも、どこかにきっといい人がいるはずだと微かな望みを持って動いていた。

方々に声をかけていたから、それなりに感触がある紹介もそこそこあった。だが、そのどれもが僕とはうまく合わなかった。

僕は、ホテル・専門式場とプロデュース会社にある何かしらの大きな壁を感じていた。同じ「結婚式」という仕事をしているのに、式場とプロデュース会社の根幹の考え方は大きく違う。いや、考え方というよりは、生き方という方が正しいのかもしれない。僕はそこにジレンマを感じていた。

そもそも僕のような異端児に合う人なんて滅多にいない訳で、このチーム探しは長期戦の様相を呈していた。人を探すより人と会う事が仕事になってしまったかのように、この頃の僕は色んな人と会って、多くの時間を浪費していた。

2013年9月。

今日は、午前中に明石の美容師さんと会い、午後から神戸のドレスショップを2軒まわる予定だ。

美容師さんとの約束は11時からだったので、少し早めに明石に入り馴染みのカフェに顔を出す事にした。オードリーウェディング時代に僕がプロデュースした新郎新婦の2人が経営しているカフェだ。

「おはよう~」

可愛い木の扉を開け店内に入ると、南の空から流れてくる汐の香りに店内の珈琲の香りがブレンドされて、一瞬でこのカフェ独特の空気に包まれる。小高い丘にあるその店内からは明石の海が一望でき、安らげる空間だ。

「中道さーーん!ビックリした。久しぶり!」

まずは奥さんのゆかりちゃんが前のめりに笑顔を振りまいてくる。厨房の奥をのぞくと、また一段と太ったんじゃないかと思う丸みを帯びた背中が見えた。

「ゆーすけさん!おはよう!」

僕がその背中に向けてそう声をかけると、フライパンでモーニングを作っている手を少し止め、自慢のあご髭を揺らしながら満面の笑顔で手を振ってくる。

(変わらないなぁ)

僕はカウンターのL字に曲がった一番右の奥の席に座った。厨房の奥で調理をしているゆーすけ君の姿を最も見やすい席だ。

「ゆかりちゃん、先月は開店祝いありがとね。サロンの目立つところに飾らせていただいてるよ」

「本当は中道さんのサロンに行きたいんだけど、店してるとなかなか出れなくて・・・」

「いやいや、そんなの気遣わないでよ。サロンと言っても小さいし、別に何てことないお店だから」

「近いうち、絶対行くね。それより今日はどうしたの?早くから珍しくない?」

「11時からこの先を少し下ったところの美容室に仕事の営業で行くのよ。その商談の後は神戸に行かないといけないから、ちょっと早めに出てきたってわけ」

「ここ下ったとこって・・・、もしかしてココア?」

「あ、そうそうココア。何?知り合い?」

「ココアの彩さんでしょ?すごく知り合いという訳ではないけど、よく夫婦で珈琲飲みに来てくれるから。とっても仲よさそうな夫婦。でも確か彩さん最近妊娠したって言ってたけど。2人目。」

「え!そうなんだ。僕は今日初めて行くんだけど、確か彩さんて言ってたからその人に間違いないと思う。でも妊娠してるのか・・・」

「うん。この前聞いたところだから、まだ発覚したばかりだと思うよ。ココアは旦那さんも美容師で、あと何人かスタイリストさん雇ってるから、彩さんが抜けてもお店はまわるみたい。そんな事言ってた」

「そうかぁ・・・。でもそうだとしたら、僕との話は無いなぁ・・・」

「ひょっとしてスウィートブライドで彩さんを使うって事なの?」

「うん。まぁそれは今からの商談なんだけど、今美容師さん探してて、色んな人と会ってるところなのよ」

「彩さん、キレイし、賢いし、しっかりしてるし、いいと思う!1人目の子供生まれる前までは大手の式場で働いてたって聞いた事あるし。確か、私たちが姫路の神社で結婚式を挙げたっていう話をした時に、そんな事言ってたかな」

「そうか。ありがとう。ゆかりちゃんの知り合いだったら、僕も話がしやすいよ。でも妊娠とはなぁ・・・。何かついてないなぁ・・・」

「中道さん!うぃーーす」

モーニングの調理がひと段落したのか、ゆーすけ君が厨房の奥から巨体を揺らしながらやってきた。彼の髭むくじゃらの愛くるしい笑顔を見ると、気が安らぐ。

「ゆかりちゃんと仲良くやってる?」

「仲良くも何も・・・。こき使われてますよ。中道さんも知っての通り、女王様だから(笑)」

「誰が女王様だってー!」

「ハハハ・・・」

他愛もない話をしていると、あっという間に時間が過ぎる。気が付いたら10時50分になっていた。

(やっぱりこうして過去の新郎新婦の2人と会って雑談するのが、僕の一番のストレス解消かもしれない。ありがたい存在だなぁ~)

その後、僕は美容室「ココア」に入り、彩さんと商談をした。しかし予想通り、妊娠が発覚した事により、すぐにはブライダルの仕事に復帰はできないという事であった。ただ、僕とは今後の事もあるから一度会って話がしたかった、と。

結果的に、今回も空振りに終わった。

僕は少し落胆しながらも気を取り直し、神戸に向かった。1軒目は、個人オーナーが経営されているオシャレなこだわり満載の小さなドレスショップ。2軒目は大通りに面した風格のある老舗衣裳店。

どちらも悪くはなかった。
いや、むしろ良すぎたという方が言い方としては正しいだろう。スウィートブライドの「大人婚」というコンセプトには申し分ないが、「姫路結婚式ドットコム」のコンセプトには合わない。それが結論であった。

それなら、姫路結婚式ドットコムとしてではなく、スウィートブライドとして契約をすればとも思うのだが、いかんせん姫路地区の組数は多くは望めず、ビジネス的に数社と取引する事はあまり良い事ではなかった。また、僕があっちこっちに浮気をしているようでは、これまでの義理人情に反するところもあり、仕事のやり方の前に、生き方として、僕はお付き合いを拡大するのをやめていた。

ただ、こうして営業にまわる事のメリットもある。当社でレストランウェディングをする新婦様から「このブランドのドレスが欲しい!」と希望があった時、僕が1件でも多くのドレスショップと知り合いだったら、その希望のドレスを一緒に探してあげる事ができるから。

だからたとえ空振りに終わった営業であっても、案外と「無」にはなっていないものなのだ。

2013年9月。

ブライダルの神様が降臨し、「姫路結婚式ドットコム」という新しい企画が生まれて2ヶ月が過ぎようとしていたが、依然としてチームの骨格はできていなかった。

(僕のこだわりが強すぎるのかもしれない・・・)

少し気分転換が必要なように思えた。

その日はまだ残暑厳しく蒸し暑い朝だった。
僕はロープウェイに乗っていた。

山上駅に着くと、何とも言えない凛とした空気が僕を包み込む。やはりここの空気は特別である。参道沿いにある西国の観音様に手を合わせながらゆっくりと歩いていく。

しばらくすると楼門が見えてきた。
「書写寺」の入り口だ。

何かに悩んだ時、弱っている時、僕はここに拝みに来る。僕にとって大切な場所だ。山上の穏やかな「気」を感じながら歩いていくと、小さな石の橋があり、そこを渡ると眼前に大きな本堂が見えてくる。京都の清水寺のような豪快な懸け造りのその本堂は、圧倒的な存在感で僕の心に迫ってくる。

石段を上がり、その本堂に入ると平日にも関わらず多くの参拝客で賑わっていた。「南無観世音菩薩」と書かれた白い服を着た人たちも多くいる。

僕は本堂外陣中央にある線香の匂いに誘われるように、さい銭箱に100円を入れ、ろうそく1本と線香3本をお供えする。そしてその大きな香炉の横に正座をし、祖母から譲り受けた数珠を手に掛け、ゆっくりと般若心経をよみあげた。そしてそのままそっと目を閉じ、手を合わせ、しばらく拝む。だが、悶々とした仕事の悩みが頭の中を駆け巡り、なかなか心が落ち着かない。

結局、今日は他の塔頭には行かず、本堂で2時間ほど僕は入れ替わり訪れる多くの参拝客を眺めながら、ただただじっと座って過ごした。

少しずつだが、心が晴れていくのを感じた。

(来てよかった・・・)

書写寺から下山した僕は、スウィートブライドのサロンに祀っている神棚のサカキが傷んでいたのを思い出し、商店街の花屋さんに行き、店頭に置いてあるサカキを選んでいた。

その時だった。

「中道さん!」

声の主は、伊勢屋の社長であった。
伊勢屋は姫路の老舗衣裳店のひとつ。これまで僕とは仕事での繋がりは無かったが、時折こうして出会った時にちょっとお茶をして情報交換をするくらいの関係だった。

姫路は狭い地域だから、ビジネス上の関係性も密集しており、「知り合いイコール仕事」という関係が成立するものではない。僕は、その複雑なしがらみの中で自分ができうる限りの義理人情と筋道を立てて、これまで色々な人とお付き合いをしてきた。

ブライダル業界はとても古い業界であるから、1+1が2ではない、何とも難しい業界なのである。

「あ、社長。お久しぶりです」

「中道さん、花買ってるんですか?」

「今日は朝から書写寺に参拝に行ってて、今下山してきたところなんです。で、サロンに入ろうと思ったらサカキ買わないといけない事に気付いて」

「そうなんですね。じゃ、今少し時間あるんですか?」

「はい。時間は全然ありますよ。そうだ!良かったらスウィートブライドのサロン見に来てくださいよ」

こうして、花屋で偶然会った伊勢屋の社長とスウィートブライドの真新しいサロンで話をする事になった。そして、サロンを出店するまでの経緯やら、今からの仕事の展望など色々と雑談をしながら久しぶりの時間を楽しんでいた。

姫路結婚式ドットコムの話がでたのはその時だった。

止まりかけていた大きな滑車の歯車がなめらかに動きだすように、姫路結婚式ドットコムの衣裳の話がとんとん拍子に進んだ。社長から自然にスッと出た提案内容は、僕がこの2ヶ月求め続けていた内容であった。

それは、本来、相当な付き合いがあり、そして相当な交渉をしないとあり得ない提案内容である。僕は何より、ビジネス的な駆け引きの無い事に驚いた。

「それで中道さんの助けになるなら、うちは全然いいですよ」

社長と別れた後、しばらくは感謝の余韻に包まれていた。この古いブライダル業界で独りで自営業をする事は、なかなかに大変な事で、それは誰よりも僕自身が痛感していた。

足の引っ張り合い、陰口の応酬・・・。
そんな中で、ビジネス的な駆け引きよりもただ応援してくれるというのは、僕の中では奇蹟に近い事であった。

(なんてありがたいお話なんだろう・・・)

これで「姫路結婚式ドットコム」をスタートさせる事ができる。構想から2ヶ月で僕はようやく、スタートラインに立てた気持ちになった。

(書写寺の観音様のおかげかもしれない)

僕はスウィートブライドから北西の方角にある書写の山に向かって手を合わせ頭を下げた。

涙が出た。


第71話につづく・・・








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