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第54話 ブライダル道

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年2月。

僕は久しぶりに神戸にいた。

国道2号線沿いにあるシーサイドカフェのソファ席に座り、珈琲を注文した。鞄から辻仁成さんの「明日の約束」を取り出し、しおりをはさんでいる頁を開く。スマホのイヤホンからはジョンウィリアムズの奏でるバッハ。その崇高なクラシックギターの音色に辻さん独特の儚さと尊さを併せ持つ文体が重なり、至高の一品を味わっているようであった。

1時間くらい経っただろうか。
短編をふたつ読み終えた僕は、本を傍らに置き、しばらく須磨の海を眺めていた。

「またぁ黄昏ちゃってぇ~」

春本香織と会うのは、約1年ぶり。右手に持っていたベージュのトレンチコートを椅子の背にかけながら、屈託のないいつものおどけた笑顔で現れた。

「香織ちゃんは見る度にまともになっていくなぁ。ちゃんとしたやり手の女社長に見えるよ」

水色のブラウスに、白のタイトスカート姿の彼女からは昔の派手な面影はなくなっていた。もともとが美人で華のあるタイプでキチンとすればそれなりに見えるから、お世辞ではなく心からそう思っての発言だった。

「わお!褒められた(笑)中道さんも、ネックレスとか時計とかしなくなったよね。昔はジャラジャラつけてたのに~。まぁお互い歳とって落ち着いたって事ね」

お互いに自然な感じで笑い合えるこの空気を僕は何より嬉しく思った。そして僕が辛い時代をその笑顔で救ってくれた春本香織という存在に感謝の気持ちを抱くのであった。

「そうそう、この前久々に古田さんに会ったの」

「古田さん」とは、2年前に店じまいした多国籍料理「ブランジェール」のオーナー古田和樹のこと。その当時、僕がお世話になっていた人だ。

「古田さんね、大阪でフォトスタジオを始めるみたい。でね、中道さんどうしてる?って。今、姫路でプロデュース会社を立ち上げたところよ、って言ったら、あぁそうなんだぁ・・・じゃ無理かな・・・って。私はそれ以上深くは聞かなかったんだけど、新しい名刺だけ預かってきたから渡しとくね」

「へぇー、古田さんがフォトスタジオね。あの人の事だからまたとびきりオシャレなスタジオ作りそう。たぶん僕がまだプラプラしてたら手伝わそうと思ったんだろうね。また時間ある時、連絡してみるわ」

「古田さんとこで中道さんが何かコラボするんだったら、私にも声かけてよ!いっつも私のけものなんだから」

「わかったわかった(笑)香織ちゃんにはいの一番に声かけるよ。たぶん何も始まらないと思うけどね」

「絶対ね。約束よ!それより、中道さんいつ北野に出てくるの?」

「うーん、どうだろうなぁ・・・。北野に店を出す夢はまだ覚めていないけどね。今はそんな事より目の前の事で精一杯だから先の事まで考えられないよ」

須磨の汐の香りを感じながら、しばらく彼女と談笑していた。

店内の時計を見ると、13時を過ぎていた。僕は14時にイゾーラの鈴木さんとアポをとっていたので、そろそろといった感じで席を立ち会計に向かった。

カフェの駐車場に出ると、僕のシルバーの可愛いワゴンRの横に、春本香織の真っ赤のアウディA4がとまっている。僕は彼女に劣等感を抱きながらも、堂々とワゴンRに乗り、颯爽とウィンドウを開け、石田純一ばりに人差し指と中指を立て眉毛に当てる決めポーズをして彼女と別れた。

カーステレオに先日買ったばかりのクラシックギタリストジョンウィリアムズの「グレイテストヒッツ」をセットする。哀感溢れる「カヴァティーナ」を聴きながら国道2号線を東へ車を走らせた。

もうすぐで夙川に着くというあたりで、電話が鳴った。イゾーラの鈴木さんだった。

「中道さん、ごめん!どうしても今から大阪に行かなきゃならなくなって。本当に申し訳ない。今度は僕が姫路まで行くので!」

今日のメインの予定がキャンセルになった。
さて、どうしようか・・・。

色々考えた末、とりあえず北野へ向かう事にした。ブライトリングやロフォンデ、ホワイトルームへ顔を出そうかとも考えたが、何となく人と会う気になれず、北野坂のコインパーキングに車をとめ、いつもの萌黄の館へと歩いた。

(今日は結局、香織ちゃんと会っただけになったなぁ・・・)

萌黄の館に着いた僕はいつもの自販機でいつもの缶コーヒーを買い、いつものベンチに座った。まだ寒波のキツイ2月。熱い缶コーヒーを喉に入れてやると身体の中がほんのりあたたまる。少し身体をかがめて缶コーヒーで暖をとりながら、色んな事を思い出していた。

今、僕は夢であるスウィートブライドという会社を立ち上げる事ができた。そして何か戦略や企画ごとを仕掛ける事もないままに、スムーズに事業が進み始めている。

人の縁が風のように吹いてきた。
僕はただその風にのった。

だから、この事業は成功するのかもしれない・・・、数々のご縁の中で僕は客観的にそう感じていた。

進み始めた今は、僕らしい結婚式のプロデュースの形を追い求めていくだけ。僕はようやくその本題とじっくり向き合えるようになった事に一番の喜びを感じていた。

先日、お世話になっている社長さんがこんな事を言った。「自分の仕事の商品に愛があるから、仕事を金だけだと割り切れないんだ」と。

僕も、そうだ。

一度は結婚式ビジネスから目をそむけたいくらい嫌な時期があったけど、また僕は懲りもせず、この業界に戻ってきた。金だけだとビジネスを割り切るならば、こんな将来的に先細り確実のブライダルビジネスになんて参戦しない。

やっぱり僕はブライダルが好きなんだな。
だから自分らしいブライダルにこだわりたいと願う。そして今はそれが何より楽しいんだ。

仕事は、ひとつの芸のようなものだ。
だからブライダルの仕事も「ブライダル道」というひとつの芸の道であると感じる。そう思うからこそ学ぶ訳で、そう思うからこそブライダルを尊いものだと信じている。

芸の道は、苦労の道。

スウィートブライドを通して、僕はまっすぐに「ブライダル道」を進んでいきたい。そしてそのための苦労は買ってでもしようと思う。いつの日かその答えが見つかった時、僕はその道をまっとうしたと言えるのではないか。

姫路で、僕よりブライダルを愛してる人はいないだろうな。

そんな奢った事を考えていると、一瞬、僕の足元が明るく照らされた。萌黄の館の方を見ると、屋根の上から強烈な西日が射しこんできていた。

まるで後光のような、とても美しい輝きだった。


第55話につづく・・・

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