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第72話 松のひびき

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年10月。

秋のブライダルシーズン、スウィートブライドもそれなりの繁忙期に突入していた。

今年の秋は、自社のサロンができた事もあり、接客やヘアリハーサルで使用する場所に神経を使う事がなくなり、繁忙期ではあったが、スムーズに流れているように感じていた。

ただ、結婚式の仕事が忙しい事に変わりはなく、そしてデザインの仕事も各レストランの秋の新作メニュー等の撮影をしてホームページをリニューアルしたりする事が重なり、さらにそこに姫路結婚式ドットコムの立ち上げもある訳で、脳みそは常にフル回転状態であった。

そしてそれらに加え、夜になればピアホテルの深夜バイトがある。身体に鞭打ち仕事をし、朝、バイトが終わったら帰宅せず、そのままスウィートブライドのサロンに入りブライダルの仕事をする。睡眠不足はもちろん、大幅に体力も奪われ、僕としては泣きそうなくらいかなりハードなライフサイクルであった。

それでも頑張ってやれたのは、「姫路結婚式ドットコム」という希望の光が、その先にあったからだと思う。

『希望があれば人は死なない』
これは、僕が大好きな辻仁成さんの詩集の一節だが、まさにそういう事なのであろう。

ーーー そんなある日。
僕はサロンで珈琲を飲みながら、デザイン作業をしていた。播磨地域の各神社の画像をリストアップ的に並べて、姫路結婚式ドットコムのトップページレイアウトを作っている途中であった。しかし僕の悩み、迷いは一向に解消されていなかった。

(これでは、ただ神前式ができる神社をズラリと揃えただけ。よくあるポータルサイトと何ら変わらない。僕がやる意味とは・・・)

何かが足りない。そのトップページからは僕が新郎新婦へ送るメッセージが伝わってこないのだ。心から新郎新婦にオススメする「核」になるものが足りないように思えた。

僕はしばらく腕組みをして扉の外をボーッと眺めていた。ある感情が僕の中に沸き上がったのは、その時であった。

悩んだ時、迷った時、いつも僕の心を癒してくれるあのお寺で結婚式できないのだろうか・・・。一瞬そう思うも、僕の頭の中ですぐに否定する。

(いや、まさかあのお寺で結婚式はできないだろう)

僕はすぐにワイフに電話をした。

「今、ふっと思ったんだけど、書写寺で結婚式してると思う?」

「いやぁ、どうなんやろ。聞いた事ないなぁ。お寺って何式になるの?」

「神社は神前式だけど、お寺は仏前式になる」

「へぇ、仏前式ってあまり聞かないよね。でも書写寺は観光名所みたいな大きなお寺だから、姫路城と同じような感覚に思うけど・・・」

「うん。確かにちょっと色んな意味で規模がでっかすぎるよな・・・。無理だとは思うけど、でも、あそこで結婚式できたら最高じゃない?なんかね、幸せになれる気がするよ!」

僕は、身体中に鳥肌が立っているのがわかった。

あれだけ参拝に行ってるのに、僕の頭の中であのお寺と結婚式とが全く結びついていなかった。もし、あのお寺で結婚式ができるなら、これからの新郎新婦に熱いメッセージを伝えられる気がした。そしてそれは姫路結婚式ドットコムのまさに「核」となるべき存在であると思った。

僕はいてもたってもいられず、すぐにサロンを出てロープウェイに向かった。

(とりあえず、行ってみよう!)

山上に着き、僕はここで結婚式をやる意味を考えながら、ゆっくりと参道を歩いた。

新郎新婦には「色々な物語」がある。しかしその物語はハッピーばかりとは限らない。「色々な物語」は、「色々な問題」と、言い換える事もできるくらい、ときに残酷であったりもする。だから、結婚式は難しい。

僕ができる事は、2人の幸せを願う事。そしてご両家の幸せを願う事。

本堂に入り、中央にある大きな香炉の横に正座し、観音様に手を合わせる。その時、ふっと感じた。ここの観音様は僕の願いを叶えてくれそうな気がした。

(そうか!うん、そうだ!姫路結婚式ドットコムは、2人の幸せを願うサイトであるべきなんだ!)

それはまさにこの数ヶ月僕自身が探し求めていた姫路結婚式ドットコムの「核」であった。そしてそれを叶えてくれるのはこのお寺の観音様以外にないと思った。

僕は高揚し、再びワイフに電話をする。

「今、書写寺に来てる。やっぱりここだよ!」

「やっと見つかったのね」

「うん。やっと見つけた。僕はここでプロデュースしたい!」

この日の想い、僕は一生忘れないだろう。

祈りの山、霊峰書写山。
松を渡る風の音が山内に響いていた。


第73話につづく・・・



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