日本はいつまでもマラドーナに依存するアルゼンチンと同じ_あまりに多い途上国との共通点

昨年、アルゼンチンの英雄・マラドーナ氏が死去しました。70歳でした。

マラドーナといえば、アルゼンチンをワールドカップ初優勝に導き、母国アルゼンチンでは引退後も英雄としてもてはやされています。


引退後はアルゼンチン代表の監督も務めましたが結果は出ず、自身も薬物使用で逮捕されたりもしました。
しかし、それも悪いのは結果を残せなかった選手、薬物使用もアルゼンチン経済の負の側面が映し出されたという見方で、マラドーナの名前が色あせることは全くなく、アルゼンチンでは英雄のままです。


現在では、名門・バルセロナのエースであるメッシがアルゼンチン代表でもエースですが、マラドーナの再来にはなれず、そのことも余計にマラドーナの名を高める結果になっています。

途上国では、特定のスターに依存する傾向がかなり強いのが特徴です。
そのため、独裁政権が誕生しやすく、国民も独裁者に深く依存します。
中東や南米ではこのような国がかなり多いです。北朝鮮も金正恩政権の独裁政治です。

一方、先進国では国民の教育レベルが高く、特定のスターに依存し続けるということがあまりありません。アメリカも大統領は最長でも8年まで。ヨーロッパでも政権交代は多く、一つの体制が長く続くことは稀です。

日本でも戦後は多くの総理大臣が誕生しました。スポーツ選手やタレントでも次々と新しいスターが出てくるし、なんといっても日本は組織力が高いのが特徴です。法律などの規律がとれていて統治体制も一律ではなく、地方自治やいくつもの省庁、部署が分割して組織をまとめています。教育レベルが高いので人材も豊富。優秀な人材がたくさんいるので国や組織も高いレベルを維持し、更なる発展へと結びつけているのです。

ところが、今その日本でも持ち前の組織力に陰りが出ています。

政治では、安倍政権も菅政権も指導力を発揮できず、2度にわたる緊急事態宣言で権限を都道府県知事に譲渡。国民は強いリーダーを求めるようになり、小池都知事が台頭して今や国のリーダー役まで買って出るほどです。
小池知事の支持率は急上昇。
小池知事はステイホームを掲げ、昨年5月の大型連休時には日本全体がステイホームで1つになるほどでした。日本の組織力が発揮された瞬間でした。
しかし、緊急事態宣言が解除されてからは一気に日本は統率力を失い、国民は自粛する人とそうでない人に分断されました。テレワークができる人とそうでない人、正規雇用と非正規雇用、など社会の分断が進み、それによりあれほど売りだった世界に誇れる日本の組織力が急速に力を失っているのです。

両者を再び一つにすることはもはや不可能で、それゆえ命令規定や罰則規定で自粛しない人を無理矢理ステイホームさせようと小池知事は画策しています。まずやり玉に挙げられたのが飲食店ですが、憲法で保障されている営業の自由など完全無視で閉店に追い込まれた店もかなりあります。
それに伴い、失業者も急増。自殺者やホームレスも増えていると聞きます。
社会不安から、犯罪も増加。詐欺グループや犯罪グループによる被害が相次ぎ、性犯罪も増えています。

コロナ感染者に対する差別や偏見も根深いものになり、誹謗中傷が後を絶ちません。それにより、企業が休業・倒産するケースまで出ています。
感染者及び感染の疑いがある人は出社も許されず、それにより生計が立てられなくなるケースも出ています。
国民の自由な活動が制限され、憲法で保障されている人権も有事の場合には通用しないこともあると言わんばかりです。

とにかく、法律に則って政治が行われなかったことのツケが今になって完全に回ってしまっているのです。特に国の最高法規である憲法が完全に無視されてしまっています。憲法改正論議とは何だったのかと思ってしまいます。

これらのことが何を意味するか。一言でいうと、民主主義の崩壊です。

今の日本は、民主主義国家とは言えない状態です。憲法も無視され、国会ではなく総理大臣の鶴の一声で国の重要事項が決められ、緊急事態宣言後は都知事が国政の主導権まで握っている。どこかの途上国で独裁政治が行われているのではないかと思えてしまうほどです。

前述のとおり、独裁政治の下では独裁者が完全にスター扱い。民衆も独裁者に強く依存するのが特徴です。
今の日本も、これと同じ状況です。
国民が独裁者の誕生を望んでしまっています。それだけ国民も強いリーダーに依存してしまっているのです。自律性が失われ、高い教育レベルが発揮されることもなく、救世主の出現を待っているだけになってしまっています。
マラドーナのようなスターは出てこないのか、というアルゼンチンのようになってしまうのです。

安倍総理も菅総理も無為無策。それだけにステイホームを掲げる小池知事に期待が高まるも、飲食店に罰則規定を適用する所から手を付けるあたりは戦時中の治安維持法を思わせ、独裁者の予感もします。マスコミの警戒心も薄く、小池知事の名を借りて居丈高な人まで出てくるのは、独裁者の下で軍隊が狼藉をするのによく似ています。

大阪にも吉村知事がいますが、都構想実現を目指すも失敗。コロナ対策の遅れも批判され、ますます小池知事の名が上がってしまう所も、マラドーナの代わりはやっぱりいないんだというアルゼンチンと同じになってしまっています。

今の日本は、あまりにも途上国と共通点が多すぎます。
①民主主義でないこと。
②スター待望論から独裁政治が容認されていること。
③国民も特定のスターに深く依存してしまっていること。
④代わりのスターが出てくる見込みはないこと。出てきたと思っても、結局それまでのスターの方がいいとなってしまうこと。
⑤特定のスターの時代が終わったら、確実にその社会は終わること。

ここまで書くと、小池知事でダメならもう日本は終わりかとも思えてしまいます。しかし、日本は途上国でないことを証明しようという気概が本当にないのだろうかとも思います。まだまだ日本の良識、知性、そういったものは失われていないことを我々国民は示せるのか。

自分と家族だけが助かればいい。それで助かる人が日本では以前に比べ大幅に少なくなったことも今回露呈しました。そのことも、社会の分断を促進し日本の組織力の低下につながっています。自分は正直言うと助かる部類です。でも、弱者を助けるのは個人よりも政治の力によるところが大きいです。個人の力に頼るのは途上国ならではです。一般社会には社会的弱者救済を実現できるほど強い力を持った個人は存在しません。そんな個人が本当に存在すると信じているのも途上国の国民の特徴です。マラドーナ、マラドーナと連呼するアルゼンチンがまさにそれです。残念ながら、今の日本人にもそう信じている国民が多いのも事実です。

政治を中心とした高い組織力でないと弱者は助からないでしょう。
今の日本には、以前ほどその力がないこともすでに示されました。
このまま途上国に成り下がるだけで終わるのか、日本は国家体制まで過渡期を迎えていると言えると思います。

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