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【一首評】短歌同人誌「柊と南天」5号

「柊と南天」は塔短歌会所属の昭和48、49年生まれの同学年の同人誌。
毎号工夫された誌面で、楽しく読ませていただいている。
今回は、その中から各同人の皆さんの連作一首評を。

快速はプラットホームを過ぎてゆく手元で伸びる直球に似て
               竹内亮「似ている話」

体感としてなんだかとてもわかる気がする一首。
この駅では停車しない快速電車が、プラットホームを通過してゆく。
あの、すーっと滑ってゆくような感じ。
スローなのに、ぐん、と加速するようなところが、
バッターの手元でぐん、と伸びる球に似ている、と作者は言う。

昔々あるところにと始まっておしまいにするカレー作りを
               安倍光恵「家族の一日」

娘とカレーを作っている連作の、最後の一首。
これまでの年月を思い返すような歌もあるので、
この一首は、カレー作りの範囲を超えて、人生を詠んでいるように思える。
あるところに生まれ、家族を作り、カレーを作って、
やがて誰にも「おしまい」が来る。
おとぎ話のように始まって、来し方行く末を考えさせられる一首。

雨粒は加速度Gで墜ちてきて湖を撃ち 湖となる
               加茂直樹「104.5度」

「水」を様々に歌った連作の一首。
「加速度G」という科学的な表現や、「墜ち」「撃ち」という画数の多い漢字を使い、硬質な歌となっている。
「雨が湖に降っている」という情景を激しいトーンで歌う。
一字空けののち結句「湖となる」で、湖はまた凪いでゆくようにも思える。

気に入った作品一つ決め置いて密かに戻り別れを告げる
               丘村奈央子「アートに会いに行く」

美術館を訪れた際の一連。
この一首は、私もいつも同じことをやっているので、共感して読んだ。
一つの作品を選ぶことで、印象を強く残したいのだ。
「密かに」が面白い。私はずんずんと通路を戻って、気に入った作品を
もう一度じーっと見つめに行くのだが
この主体はこそっと別れを告げにゆくのだ。
他の作品たちにバレないように、だろうか。

眠れずに星を見ていた九階の長い廊下の突き当たりの窓
               乙部真実「星よりも遠い」

看護師をしている主体。
他の歌から「死ぬ気で仕事だ」と覚悟を決めねばならない日さえある、ハードな毎日が窺える。
「眠れずに星を見ていた」のは最初、仮眠室で仮眠できない主体ととったのだが、入院患者かもしれない。
九階という地上からもそれなりに離れた場所、病院の長い廊下、
その突き当たりの窓という限定的な位置が、まるで一人取り残されたような不安を感じさせる。

鉄塔のなかへ西日は落ちてゆき灯るだれかの夏のカンテラ
               中田明子「静かな硬貨」

幻想的で言葉の選択が美しい一首。
鉄塔のなかへ落ちる(ように見える)西日と、
だれかの持つカンテラが灯ることに、ほんとうは関連はないのだが
まるで太陽が鉄塔の中に捕らえられて鉄塔を内側から照らしだし、
それと連動してカンテラも光り出したかのようだ。
「夏のカンテラ」という結句も、なぜか心細いような気持ちをつれてくる。

小さき手に傘揺れ絵の具道具揺れモンシロチョウのようにかけ行く
               中島奈美「君との雨」

雨中を駆けてゆく子供を眺めている主体。
学校へ向かうところだろうか。小さな手には傘も、絵の具道具も持っていて大荷物である。
それらをカタカタと揺らしながら、まるでモンシロチョウのように駆ける子供。
モンシロチョウの、あっちへふわり、こっちへふわりというイメージが子供に重なり、子供の躍動している様が目に浮かぶ。

くきやかに朱は現る白紙を離るるきわに身をひるがえし
               永野千尋「無名指」

役所での手続きのために実印を作り、それを書類に押すというエピソードを連作とした。
日常の一コマではあるが、人生にそう何回も巡ってこないエピソードという主題の設定の仕方が、とても面白いと思った。
この一首は、その印を紙に押したシーン。
普段何気なく行っている動作を、印を主体とし、紙を離れて印が身をひるがえす、と詠んだ。
その瞬間、鮮やかな朱色がぱっと現れるのだ。

突風に吹き飛ばされる風見鶏ぎらりと獲物探して墜ちる
               池田行謙「廃版海図」

風見鶏が突風に吹き飛ばされるところを見ている。
飛ばされる刹那、風見鶏はまるで獲物を探すようにぎらりと光を放ち
しかし獲物を得ることはなく、すぐに地面に墜ちてしまった。
「ぎらり」が、眩い光というよりは、鈍色の光のように感じられ、
風見鶏の質感まで伝わってくる歌である。

西陽濃き淀川に今夜の汐は満ち鉄橋こえればすなわち大阪
              永田淳「小吟(三十首詠)」

夕暮れ、淀川の上空が恐ろしいほど赤い日がある。
西の大阪港へ太陽が落ちてゆくのだ。
ここに詠われている淀川は、かなり大阪港に近い下流の淀川と思うのだが
そこに海の汐が満ちてゆくよう。
淀川には鉄橋が幾つもかかっているが、
私には、これを越えれば大阪、という感覚がない。
おそらく大阪に長年住んでいて、鉄橋の外側(?梅田側でない方)も
まだ大阪エリア、という感覚がある。
場所と場所の境目をどこと思っているかは、人によって全然違うのかもしれない。
そんなことを考えた一首。

この冊子には、他にも各種コーナーがあって、
前号評を外部の方に依頼していたり、
また同じく前号の相互一首評も掲載されている。
過去の作品も大切にしよう、という意識が伝わってくる。
                    (2022/9 柊と南天の会)





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