「ありがとう💖」と言えるまで。✨パン食い競争🥐&ニット帽👒の巻
いつも私の記事に目を通して下さり、本当にありがとうございます♪
前回まで、マルクス・アウレリウスの「自省録」の解説をしていましたが、金曜のため、本日はゆったりと。笑
難しいお話は週の元気な日にまた頑張りましょう♪
というわけで、本日は箸休めもかねて、子育ての気づきの回をお送りします。
「ありがとう」と言えるまで。
我が家の子供たちは5歳と3歳。
ちょうど自分の意志もはっきりしてきて、元気元気!
時にぶつかり合い、時にワガママを押し通そうと暴れるやんちゃ盛りです。
なんでも自分の主張を通そうとする子供たちに対して、立ちはだかる親。笑
この構図は半永久的に続いていまして、幾らでもとんでもないネタを提供することができそうです。笑
ただし、本人たちのプライバシーの問題や、万が一大人になった時に読んでガッカリしないように、極力可愛らしいエピソードを載せています。
もちろん、憎らしいエピソードもいっぱいよ、そりゃそうでしょう。笑
それでも一歩ずつ頑張っている私たち。
ママも勉強中です。
最近の課題は、もっぱら「ありがとう」と言わせること。
食べ物しかり、人間関係しかり。
もらえること、やっていただけることが当たり前となってしまうと、人としても自己中心的な、ワガママ人間になってしまいかねません。
そのため、事あるごとに心からの「ありがとう」を言える子たちになってもらいたいのですが、これがまた一筋縄ではいかない。
かといって、無理やり、「『ありがとう』と言いなさい!」と怒るような親にもなりたくないところです。
今回は「ありがとう」の失敗パターンと成功パターン、2例をご紹介しようと思います!
お恥ずかしい話ばかりですが、どうぞお楽しみください。
パン食い競争
それは、とある日の朝のことでした。
「ダメ〜‼️」
突然けたたましい叫び声がしたので、急いでリビングのドアを開けると、なんと、5歳の息子と3歳の娘が、取っ組み合いの喧嘩を始めようとしていました。
彼らがお互い譲らず、ビニールの端を握りしめているのは、ホワイトデニッシュショコラ。
ヤマザキパンさんから出ている、あの白いチョコパンです。
大人のおやつ用に1つだけコッソリと買っておいたものを、どうして彼らは気づいたのでしょう?
しかも、子どもの手の届かないところに置いておいたはず……。
何で?
どうして?
と聞きたくなるのは大人の私の方ですが、とにかく、今は戦争状態に陥っている彼らを引き剥がすしかない‼️
力を振り絞ってパンを没収。
すると、両方から大クレームの泣き声。
そうは言っても、どちらか1人にあげてしまえば、もう片方が発狂するのは間違いないので、親としても譲れません。
「ボクが食べるの‼️」
「私が食べるの‼️」
2人の子ども達も、お互いに一歩も譲りません。
「分かった!ここは半分こはどうかな?」
「半分こ、ダメー‼️」
「ダメー‼️」
全くもってダメなご様子なので、こちらも悲しくなってしまいます。
(なんで分け合う精神が持てないのだろう?)
そもそもショコラパンを2個買っていなかった親が悪いのですが、やはり1個のパンを分け合うことができず、ひたすらに自分のものだと言い張る姿は、浅ましいものがあります。
普通のものであれば分け合うことができるのに、なぜ菓子パンになるとできないのか。
これはやはり、スイーツの魔力、といった所でしょうか。
結局、最後までパンを譲り合うことができず、お互いの権利を主張するばかりなので、子どもたちにはパンを渡さずに取り上げ、親の方で後ほど食べることにしました。
可哀想だけど仕方がない。
さらなる被害拡大を防ぐためには、パンの存在を忘れてもらうしかない。
全ては、「半分こする」という人類にしか成し得ない、崇高な智慧の実践が出来なかった、彼らの責任。
そこまで考えた時、ちょうど流れていたテレビの国際ニュースも相まって、ふと思いつきました。
「これって、私、今、神様の気分?」
そう。
世界には、お互いに自分の主張を譲ることができず、戦いをやめない国もあります。
どちらの主張にも一理あるか、どちらの主張も滅茶苦茶な、どうしようもない時。
神様ならどうするのかな?
と考えました。
すると、
やっぱり、領土はどちらにも与えない。
争いの元になるくらいならば、領土はお取り上げ、という可能性もあるのかな、と思いました。
つまり、どちらかが力づくで領土を取り上げたところで、正当性がないのであれば、あまり好ましく思われないだろう。
むしろ、次なる反省の機会がやってくるのだろうな、という気づき。
「菓子パン」という争いの元を没収し、泣きわめく子どもたちを落ち着かせたところで。
気を取り直して、子どもたちに語り掛けます。
「どうして、パンを買っておいてくれてありがとう、じゃなくて、自分が食べたい~!しか思いつかないのかな?」
すると、
「パンを2こ買っておいてくれなかったママが悪いんだよ!」
「そう!ママが悪いの~!」
の大合唱。
なんとここでは二人は口をそろえて、「ママが悪い」というのです。
これもまた、「それぞれの土地を自分たちのものだと約束してくれた神様が悪い」、と言いそうな中東の国々を思い出します。
何事も、すでに与えられていることに感謝して、分を知って生きていかなければ駄目ですね。
結果的に、意味不明な理不尽な理由でケンカするくらいなら、パンも領土も没収!となってしまいかねません。
お互いに譲り合い、自分たちの分相応の範囲内で欲をとどめておけば、共存する道もあっただろうに。
残念なことです。
「ありがとう」をついに言うことのなかった子どもたちでしたが、朝のパン一つから、領土問題にまで思いを馳せることが出来ました。
大切なことを気づかせてくれた子どもたちということで良し、としましょうか。
「ママ、見つけてくれてありがとう。」
「ママ、見つけてくれてありがとう」――この言葉を3歳の娘が可愛らしく言えたのは、つい先週のこと。
なんでも幼稚園に行く時に被っていきたい帽子があったそうで、「ピンクの!お花柄の帽子!」とわめいていた娘。
ああ、あの帽子か。
でも、その帽子は夏用帽子だったから、この間閉まっちゃったんだよなぁ。
そう、娘のお気に入りだったピンクの花柄の帽子は、衣替えのために押し入れの奥の方にしまわれているのです。
しかも、来年にはサイズアウトしそうだったから、メルカリで売ろうかと考えていたなんて、口が裂けても言えませんね。笑
「帽子~!」「ピンクの~!」と泣きわめき、朝から大騒動の娘。
どうしよう。他に何か代用品は?
その時、ふと思い出しました!
おじいちゃんにもらったポンポンつきニット帽があったじゃないか!!
そう、去年のクリスマスプレゼントにいただいた、可愛いポンポン付のニット帽。
当時4歳の息子と2歳の娘用に、お揃いで買ってくださったのですが、去年は少し大きめで、タンスの中にしまってあったのでした。
もしかして、あのニット帽、今年ならサイズが合うのでは?
夏帽子に変わって、気に入ってもらうチャンス!
そう考えた私は、娘に声をかけてみます。
「じいじにもらってたポンポン帽子ならあるよ、被ってみる?」
すると娘は泣き止み、「うん!」と一声。
急いでタンスの中から取り出し、兄とお揃いのニット帽を見せると、満面の笑み。
「これ着たい!お兄ちゃんと着たい!」
可愛いデザインに大喜びの娘。
良かった、とホッとしたのもつかの間。
息子の方が、
「え~、着たくない、いらない」
なんともまぁ、タイミングが合わないお二人なことで。
「ダメ!お兄ちゃんと一緒に着るの!」
ああ、やめて。
せっかく泣き止んだのに、またケンカしないで。
「ごめんね、お兄ちゃんはまだお帽子被りたくないんだって。でも、Nちゃん(妹)はお帽子被ると可愛いなぁ。とっても可愛いよ?どうかな?」
するとまんまと乗せられた娘は、「エへ♪」と喜び、冷蔵庫越しに映る自分の姿を確認。
「Nちゃん、可愛い‼ 可愛い可愛いNちゃん!」
と大きな声でのたまいます。
おお、自分で言ったか、と思いつつ、ご機嫌なのは何より。笑
結局、お兄ちゃんは帽子を着ずに、妹のみ帽子を着用して、幼稚園に向かいます。
幼稚園に向かう途中で出た言葉が、「ママ、見つけてくれてありがとう」でした。
いつもはあれが欲しい、これは嫌だ、とあれやこれやと言ってはわめくので、こんなに満面の笑みでお礼を言ってきたのは初めて。笑
こちらから何も促さずとも、ポツリと「ありがとう」と言ったということは、よほどうれしかったのでしょう。
この調子!と思い、「じいじにありがとう、だよ」と伝えると、
「ありがとう!」
やった、やっと素直に「ありがとう!」が口に出た!
本当に些細なことなのですが、心からの「ありがとう」が聞けて幸せでしたし、この子も感謝の気持ちが分かるんだな、と嬉しくなりました。
ニット帽一つ取ってみても、
原材料の毛糸を作ってくれた人。
帽子をデザインしてくれた人。
帽子を作ってくれた人。
帽子を売ってくれた人。
帽子を買ってきて、プレゼントしてくれたおじいちゃん。
色んな人の愛が何段階にも繋がって、今のあなたの頭の上にあるんだよ。
そのことに気づくのには、もう少しだけ時間がかかるかな。
そんなことを考えながら、パン食い競争で感じた神様の視点とはまた違った形で、この世界に循環する愛について感じることができました。
<まとめ>
いかがでしたでしょうか?
子どものてんやわんやの中にも、人生の気づきってあるものだな、とつくづく思います。
「家庭は社会の縮図」という言葉もありますが、子どもたちの争いポイント一つをとっても、人間の浅ましさを感じます(笑)。
また、逆に心からの「ありがとう」は、どんな子にも愛を感じ取る心、感謝を自発的に言える心があるのだな、と感動します。
同じことの繰り返し、と思ってしまいがちな毎朝の準備でさえ、こんなに気づきがあるのですから、きっと一生を通したら、ものすごく沢山の気づきがあるのでしょうね。
いったいどんな子育ての気づきがやってくるのやら、楽しみにしながら、noteライフも続けていこうと思います。
つなたい私の小噺でしたが、楽しんでいただけたなら幸いです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!
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