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【月刊お気楽フリーランス論 sidestory#5】「自殺する」と中川が言った日。〈後編〉---2人会社の業務分担

株式会社ケロジャパンの吉河です。「自殺する」と中川が言った日、後編です。中川が自殺騒動を起こすまで、何も気がつかなかった私。このできごとから、会社内での業務分担が明確になりました。

〈ある日、中川が仕事関係の連絡を絶ち、「死にたい」と言いました。中川と電話で話した私は、仕事はしなくていいから休んで、そのかわり翌朝もう一度電話に出てほしいとお願いしました。〉

電話を切った後、私は中川の納品するはずだった原稿をなんとかすることに取りかかりました。

昔も今もなのですが、社長としての中川のプライベートについて、私は、傍目にはとてもクールかもしれません。中川が私に第一に期待するのは、ビジネス面で内側から力になること。また私は、たくさんの人から中川は支えられていることを知っています。仕事でもプライベートでも。

まだ社長になる前の中川が近くにいた人を自殺で亡くした後、一時、当時の中川宅には常に誰かがいるようになったことがありました。

誰からともなくやり始めたことで、古い一戸建ての中川の家に、どうしてるかなと入れ替わり立ち替わり窓から覗いたりしてたなあ。独りじゃないよ、俺らだっているんだよと、それぞれは知らない人同士でも、きっとみんながそう思っていました。そして私も、友人と共に訪れた一人でした。

建前をつくらない中川が来なくていいと重ねて言うのなら、それはそうなんだろう。いま、中川の危うくなっている心を物理的な距離で安らげられるのは私ではない、私には私しかできない仕事があるということだと思う一方で、中川のところへ誰かが来てくれるような気がしていましたし、願っていました。強く、強く。

納品日だったその仕事は、中川が複数のライターさんに指示を出して原稿を書いてもらい、中川がそれらを編集して提出するという毎月のレギュラー案件です。いつも提出時に中川は私を同報してくれていましたが、私はRead Only Member、いわゆる”ROM専”。メールは辛うじて見るものの、添付ファイルは開きもしなかった。最悪です。

それまで誰かの原稿を見たことなんてありませんでしたが、過去メールを掘り起こし、関係がありそうなライターさんに片っ端から連絡し、情報をかき集め、原稿を取り寄せ、以前中川が納品したものを参照しながら体裁を整え、なんとか乗り切りました。

同時に、猛省していました。しまったことをした。私はなんて愚かなんだ。
この人は、全部抱え込んでしまうんだ。

もともと一人でやっていたのだし、中川にとって自分にきた仕事を自分がするのは当たり前のことだったかもしれないけれど、仕事がいきなり増えているのに体が心が追いつかないのは、当然だ。私は何をぼんやりしていたのか。言われたことだけしかせず、一緒に仕事をしている人をまったく見ていなかった。

私ができそうな部分は、巻き取っていこう。この仕事の代打をきっかけに、私は、とにかく中川の仕事を観察し、気配に敏感になろうと決めました。

そう決意する夜の間も、頼むから命の炎が消えませんように。大丈夫だと信じ込みたい気持ちと、まさかがあるという否定できない可能性に、一睡もできない。何も手につかず、パソコンの前で、目がギンギンのまま地蔵のようになっていました。

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夜って、こんなに長かったっけな。

何時なら電話していいかな。5時はまだ早いよね。6時…も早いか。8時なら常識の範囲内?それとも、10時くらいが普通?

逡巡した結果、7時にしました。まだ早い時間だけど、それより遅くは私が持ちそうにない。そして夜が明け、7時になるのと同時に祈るような気持ちで電話をかけると、中川は無事で、すぐに出てくれました。…あ。崩れ落ちそうになる。

「…おはよう。大丈夫? ちょっとは、寝られた?」
「おぉ」
「そっか。よかった。…なんか、食べたりした?」
「うん。もう大丈夫」

あれから、誰かがお弁当を買って持ってきてくれたこと、たくさん寝たこと、とりあえず生き続ける気になったことを聞き出して、私は爆睡しました。そんでもってーー

あのさ、あの仕事、私やるから。

初めて私が能動的に、中川にものを言った瞬間でした。そしてその後、仕事というものは自分からできることを見つけてやっていくと、どんどん輪が広がって、楽しくなることを私は体感することになります。

ここで、中川の仕事は、基本的に中川に指名で依頼されたもの、中川ならでは、なものがメイン。私はそれ以外の、資料を揃えるとか、体裁を整えるとか、色をつけない原稿関係、それから契約やお金の話。私のなかで、こういう業務分担が出来あがりました。

中川は求められたらギリギリまで頑張ってしまう。2人の会社だからこそ、互いにどのように仕事をしているかという気配を感じることはとても大切でした。相手はこう思っているのではないかとか、独りよがりに憶測せずに、わからないことはストレートに聞く。自分ができそうなことを提案する。

それだけで、見えてくるものも、誰かが崖っぷちから落ちないで済むこともあると思うんだ。いま隣にいる人に、目の前にいる人に、きちんと関心をもとう。それを学びました。

(ーー次回【#6】 は、「男女2人の会社ということ」ですーー)

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随時、吉河が裏話を挟みます。こちらは無料! 「あの時、裏ではこういうことが……」ケロジャパン秘話が盛りだくさん。サイドストーリーもお楽しみいただければと思います。

フリーになってから19年、ネットニュース編集を始めてから14年、本が売れてから11年、そして会社をY嬢こと吉河と始めてから10年。一旦の総…

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