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ショート・ストーリー「俺以外、全員AI」

今年の3月に大学を卒業した俺は、100%リモートワークのソフトウェア会社に就職した。俺は情報工学科でプログラミングを学び、主にPythonを使うプログラマーとして就職した。

俺には夢があった。30歳までにお金を貯めて持ち家を買うこと。そのために、家賃のいらない田舎の実家で暮らし、支出を最小限に抑えて、住宅購入資金を貯めようと考えたのだ。100%リモートワークの企業なら、この計画にぴったりだ。問題は、俺の実家には光回線が無いことだったが、スマホで5Gが始まった際に、4Gエリアでも上限なくテザリングでネットが使えるようになったことで、俺は実家でも仕事ができるようになった。

入社直後の研修期間中には気付かなかったのだが、俺が就職した会社の社員は、24時間休みなく、Slackで連絡を取り合って仕事をする。俺の頭の中を、ある考えがよぎった。「24時間四六時中、Slackでやり取りしているこの連中、全員、AIなんじゃないか?」眠っていないだけでなく、食事を何時摂っているのかも分からなかった。

思い返してみれば、うちの会社のオンライン入社式の際に、顔の表示は全員OFFだった。セクハラ防止のために、全員外見は非公開。また、音声も加工してあるため、そもそも性別も分からないようになっていた。社員の性別を確認しなければならない仕事など、無いのだ。もちろん、年齢もどうでもいい。大事なのはスキルと時間管理能力だけなのだ。

就職して半年が過ぎた。睡眠時間が最低6時間必要な俺と違って、他の社員たちは24時間働き続けていた。給料は毎月振り込まれていたし、健康保険証も使えるようになっていたので、俺に不満はなかった。仕事のやり取りは全てSlackとGoogleドライブ。オンラインミーティングのURLは全てGoogleカレンダーに入ってくる。不自由は無い。しかし俺は、仕事以外の話をほかの社員としたことが一度も無かった。

思い返してみれば、入社面接もオンライン、採用決定の連絡はメール。俺はそもそも、この会社に一度も出社したことが無い。ウェブサイトを見ると、会社は東京の芝公園にあるようだ。社員数は98人。全員フルリモートなので、会社は郵便物の受け取りにしか使われていないようだった。その郵便物の処理には、派遣社員が雇われており、彼らが唯一の出社組だった。俺が就職した当時は、まだ印鑑が必要な書類もあったのだ。

月日が流れ、俺は65歳で定年を迎えた。それまでずっとフルリモートだった。入社した時の肩書はプログラマーだったが、その後、リーダーになって、最後までリーダーのままだった。

結局最後まで、他の社員が人間なのか、AIなのかは分からないままだった。飲み会は一度もなく、同僚の結婚式に呼ばれることも無かった。しかし俺は家を買うこともできたし、結婚もできた。何不自由なく生活できて、会社には感謝している。

(おわり)

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