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ナカさんの読書記録 「新装版 海も暮れきる」吉村昭

この夏に俳句を始めてから、俳人関係の本を読むことも多くなりました。
尾崎放哉、名前は聞いたことあっても俳人ということは知りませんでした。「自由律俳句」というのも知らなかったし。有名な句「咳をしても一人」。なーにそれ?というレベルです(笑)お恥ずかしい・・。
今年の春先、近場の博物館や資料館などを散歩がてら訪れていた頃に荒川区に「吉村昭記念文学館」という施設があるのを知りました。行ってみたいなと思ったけど、吉村昭作品ひとつも読んだことなかった(汗) とりあえず何か一冊位読んでから、と思っていましたので丁度良く手に取りました。

尾崎放哉が大正14年8月、小豆島霊場第五十八番札所、西光寺の南郷庵に入庵して、闘病の末、翌年春に亡くなるまでの8か月を描く小説です。
妻の馨や身内からは見放され、エリート人生からも脱落、俳人仲間の恩情で細々と生きてきた放哉は知人を頼って小豆島を訪れます。庵主をさせてくれるところがなければ台湾に渡って垂れ死ねばいい、と考えて自暴自棄な放哉。船が島に着くと「もう少し生きてみよう、放哉は海の輝きに眼をしばたたきながら胸の中でつぶやいた」海は放哉を包み込み、また死をも意味する。海を見るのが好きだった放哉。生きたい、でも死にたい、でも生きたい・・・。そんな逡巡が見えます。島に渡ると運よく空庵がみつかり、希望通り庵主になることが出来た放哉。「職をはなれ妻に去られてから、いくつかの寺の寺男になり、雑役をし托鉢をして一年九か月をすごした。(略)果たして仏教に自分のすべてを託しているか否か、自信はない。かれは、身を置く場所として仏教を利用している意識が自分の内部にひそんでいることも知っている。」西光寺の住職やお遍路さんの賽銭をあてにする、自分の甘えに気づきながらもそうすることでしか生きていくすべがない放哉。病におかされ、乞食同然の暮らしに身を落としてもなお、自分の力で何とか好転させようとはせず、他人に甘えて生きていかざるを得ない。

放哉は相当の酒癖の悪さで職を失い、妻や友人たちからも避けられていました。「酒に乱れるのは血ではないだろうか、とかれはひそかに思う。抑えきれぬ魔性のようなものが自分の内部に根強く巣くっていて、酒が体内に浸み入ると意志とは無関係に動きはじめる。(略)かれは、庵の中で横たわりながら、血が自分を乱れさすのだ、と思った。」今で言うアルコール中毒ですね。よく「人は悪くないけど酒が悪い」みたいな言い方しますが、まさにそれです。普段は好い人なのに酒が入ると口が悪くなり、誰彼構わず悪口 雑言を吐く。良い大学出て、一流企業の要職にあり、俳句の才能もあるのに。。。
しかも放哉の開き直りっぷりがヒドい。指導してやっている後輩の俳人が自分を世話してくれるのは当然だ、とか、飯屋の支払いをカケにするのに「私は帝大出で一流保険会社の重役もしていた。知己も多く、金はどしどし送ってきてくれる。払いの点は心配ないからな」とドヤ顔で学歴をひけらかす放哉。実のところは仲間に無心して金を送ってもらって暮らしているくせに。無心するのにも慣れていて「援助してくれるのは当然」といった開き直り。
本当にひどいです。始末に負えない男、仲間たちは白い目で見ながらも放哉を支援してくれてる。禁酒の約束を破り、それがバレることに怯え、相手に裏切られたと思ったり、また優しくされれば申し訳なかったと手を合わせ。放哉の目まぐるしく変わる心情。精神状態の乱れようが読んでいて辛い。

肋膜炎の症状がだんだん悪化して死期が近づくなか、放哉の身の回りの世話をする老女シゲ。春になったらやってくるお遍路さんに、筆の立つ放哉が手紙の代書をしてはどうかと提案するシゲ。「早く暖かくなればいいな、三月よ早く来い、三月よ、フレー、フレー、彼はどんより曇った冬空に目を向けながら胸の中で叫んだ」しかし、お遍路さんがやってくる頃には放哉の病状は悪くなり、ついに寝たきりになってしまいます。厠に行けなくなってしまったので便器を買って来てほしいとシゲに頼む放哉。血のつながりもないし謝礼も出していないシゲの返事は「なにを今さら水臭いことをいいなさいます。下のものを今日からとりましょうよ。病人なら病人らしくわがままを言って下さいな」シゲの仏心に驚かされます。そんなことできますか?どこの馬の骨とも分からない病人に。シゲはまさに仏、「無償の愛」でしょう。
放哉の最期。「海が見たい」と細い声を洩らし、壮絶な死に顔でシゲの腕にもたれ絶命する放哉。声なき絶叫が聴こえてくるようです。

生きたい、でも死にたい、でも生きていたい、春になればお遍路さんが来る。鈴の音が聞こえてくるのをじっと待っている。海に抱かれ死んでいく。
享年41。尾崎放哉の残した俳句の言葉が孤独とともに心に浸み込んできます。海を見つめる放哉の孤独が言葉に宿っているようです。
タイトルの「海も暮れきる」は放哉の俳句から。またこの小説を原作として、1986年NHKでテレビドラマ化され、尾崎放哉役は橋爪功だったそうです。機会があれば見てみたいと思います。

2020.11

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