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【気になる演奏家】アリンデ弦楽四重奏団

 唐突だが、いま、お気に入りの弦楽四重奏団(以下、SQと表記)が5つある。

  アリスSQ Aris Quartett
  アロドSQ Quartuor Arod
  アルビオンSQ Albion Quartet
  アマービレSQ Quartet Amabile
  アリンデSQ Alinde Quartett

 みんななぜか頭文字がAなのはともかく、いずれも若くて優秀な団体だ。難関コンクールでの入賞歴だけでなく、CDやコンサートが話題になるなど、知名度も十分。

 この中で私が特に注目しているのは、アリスSQとアリンデSQだ。

 アリスSQはGenuinレーベルから出ている音盤、特にベートーヴェンが瞠目すべきもので、第14番のような難曲をじっくり聴かせてくれるだけでも只者ではない。シューベルトの「死と乙女」とショスタコーヴィチの8番を組み合わせた盤での迫真の表現も胸に残る。

 そして、当面の一番のお気に入りが、アリンデSQだ。名前は、シューベルトの歌曲のタイトルに由来しているとのこと。結成は2018年だから、活動歴はまだたったの4年ほど。若い。

Alinde Quartett

 彼らの演奏を初めて聴いたのは、2年前、ヘンスラーからリリースされたシューベルトの弦楽四重奏曲全曲プロジェクト第1弾。シューベルト没後200年となる2028年に完成を目指すとのことで"Schubert200"というタイトルがつけられている。

 これがとても良かった。

 昨今の弦楽四重奏団は、どこも精緻なアンサンブルやピッチ、あるいは、ヴィブラートを抑制した純度の高い響きを目指す。しかも、個人個人の演奏技術向上もあり、その精度は日夜高くなっている。

 彼ら彼女らは、ベートーヴェンは言うに及ばず、バルトークだろうがリゲティだろうが、できたてホヤホヤの新曲だろうが、あるいはジャンルレスの音楽だろうが、難曲をぺろっと平らげてしまう。純粋に技術的な面だけ見れば、往年の名四重奏団は、今の若い人たちには到底かなわないだろう。

 しかも、どの団体も、それぞれにプラスアルファの個性、アドバンテージがある。昔の味わい深い演奏に郷愁を覚える暇もないほどに、カルテット百花繚乱の時代を、大いに楽しませてもらっている。

 このシューベルト・アルバムにおけるアリンデSQの演奏の最大の魅力は、その「うたごころ」にある。どんなに激しい局面でもテンポやリズムにはゆとりをもたせ、たっぷりと呼吸をとってフレーズをふくよかに歌う。その「うた」を自然な息遣いでつなげていくことで、全体に大らかさえな音楽の構造が浮かび上がってくる。「楽器も、アンサンブルも、基本は人間の声ですよね」と言わんばかりに、音楽の発想の出発点に「うた」がある。

 その「うた」の中心には、第1ヴァイオリンのエウジェーニア・オッタヴィアーノがいる。名前からイタリア系の人と思われるが、そのせいかどうか、そのこぼれんばかりの美音と、艶のあるカンタービレが耳を快く刺激する。

 しかし、アンサンブル全体は、第1ヴァイオリンの完全主導型という訳ではない。奏者全員がそれぞれの自己主張をしながら、潤いに満ちた響きで歌を包み込み、シューベルトの音楽に横溢する「うた」を、のびやかに、そして、親密に紡いでいる。どんなパッセージでも、常に肩の力が抜けた柔らかく自然なたたずまいがあって、清々しい抒情を感じさせてくれるのもいい。

 面白いのは、このSQが、ノンヴィブラートの響きを多用していることだ。まったくかけていない訳ではなく、かなり抑制してヴィブラートを使っている。古楽器奏法を意識したスタイルで弾いているとも言えるのだが、その演奏には全然「古楽臭」がしない。それどころか、むしろ、適度なロマンを感じさせてくれてもいる。それもまた魅力的だし、彼らの演奏力、センスの高さの表れだと思う。

 そうした彼らの演奏の特質は、作曲者の少年期に書かれた曲たち(第10番D.87, 第1番D.18)の魅力を引き出すのに、どれほどプラスになっていることか!

 例えば、D.87の第2楽章メヌエット。前述のように、オッタヴィアーノの歌を、他の3人の奏者が包み込むさまの美しさには、ため息が出る。しかも、その歌いくちには、往年のウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の古い録音にも通じるような、人懐っこくて、どこかノスタルジックな響きがあるのもいい。

 これはCDとは別演奏の映像。CDよりもややアグレッシヴで、ライヴ的な粗さもあるが、彼らの魅力はじゅうぶんに伝わってくる。

 後期のスタイルに近づいた弦楽四重奏曲第12番(断章)もいい。全体に明るい音色を基調としつつ、それを陰翳豊かに変化させ、シューベルトの音楽に内在する「闇」を余すところなく表現していて唸る。そう、シューベルトはこうでなくては!

 すっかりアリンデSQのシューベルトに魅せられてしまった私は、続編はいつ出るのだろうかと首を長くして待っていた。そして、遂に、第2弾がリリースされた。

 今回は第9番D.173、第7番D.94、第6番D.74の3曲が収められている。コロナ禍の影響か、2019年録音の前作から2年の間隔を空けての録音だが、演奏のスタンスと魅力はまったく変わらない。

 アルバム冒頭の響きを耳にした途端、ああ、これを待ってたんだ、と思わず口をついて出てしまう。奏者4人の息がぴったり合った、ピュアでナチュラルなアンサンブルと、第1ヴァイオリン奏者の蠱惑的なまでのカンタービレにすっかり心を奪われてしまった。

 曲の性格にもよるのだろうが、今回は、音色の明るさはやや抑えられていて、まるで晴れ空の中にも不穏な雲がいつもどこかにいるよう。ヴィブラートの少ない和音の響きにも、頻繁な転調に合わせて、より複雑で細かいグラデーションがつけられていて、音楽の襞がニュアンス豊かに表現されている。弦楽四重奏というジャンルにおいて、シューベルトにしかなし得なかった独自の音世界を心ゆくまで味わうのに、まさにうってつけの演奏と言わねばならない。

 シューベルトの音楽のない人生なんて考えられない、自分の血の半分はシューベルトの音楽からできている、と思っている私のような者にとって、こんなにも彼の音楽にどっぷりと浸らせてくれるアルバムは嬉しく、ありがたい。まさに生命の水だ。

 次回作が楽しみだ。いや、出してくれないと困る。

 因みに、このシューベルト・プロジェクトでは、各アルバムに、現代作曲家の手による新作(副題はいずれも”homage to Schubert”)も録音されていくようだ。これまでの2枚には、Thomas Kotcheffの"Unbegun"、SJ HANKEの”Fever sketches”が収められている。いずれも聴きやすい作品で、アリンデSQの高い演奏力を楽しめる。

 このアリンデSQのCDは、同じヘンスラーからもう一枚出ている。デビュー盤となった、メンデルスゾーンとパーセルの作品を組み合わせた一枚。

 メインは、メンデルスゾーンの6番。彼らは、早めのテンポでぐいぐいと音楽を進め、この曲に秘められた暗いパッションを明らかにしている。第1楽章コーダの追い込みなど、息もつかせぬほどの迫力だ。

 しかし、ただアグレッシヴ一徹で責め立てるばかりではない。抒情的なパッセージをたっぷり呼吸をとって柔らかく歌うことで、絶妙にメリハリをつけているあたり、ある種の老練ささえ感じさせもする。いい演奏だと思う。

 カップリングされている同じ作曲家のカプリッチョも同傾向の演奏だが、面白いのはパーセルのファンタジア(第6,8,10,11番)集。バロック以前の曲なので、ノンヴィブラートで演奏されているのだが、これがオリジナルなんじゃないかと思うくらいの自然さで、4つの楽器が織りなすポリフォニーのなんと愉しいこと。まさにムジツィーレン(音楽する喜び)に満ち溢れた佳演だと思う。

 全体に、デビュー盤とは思えないほどに、十分に練れたアンサンブルを味わえる一枚だと思う。

 情報に疎いので、彼らが既に来日したことがあるのか、近い将来、来日する予定があるのかは分からないが、いつか是非聴いてみたいものだ。そして、彼らのシューベルト・プロジェクトの続きを楽しみに聴いていきたいし、幅広いレパートリーを聴かせてもらえることを心待ちにしている。

 前述のように、この団体の名称はシューベルトの歌曲のタイトルに由来するということもあって、「美しき水車小屋の娘」の弦楽四重奏版も演奏している。是非とも聴きたいし、「冬の旅」「白鳥の歌」も同様のバージョンで聴かせてほしい。


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