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ウクライナとロシア、悪いのはどっち?

※本記事の内容は、筆者の個人的な政治信条とは無関係です。

今回の参考書籍

今回の教養は、下記の書籍を参考に執筆しています。

書籍の画像
出典:Amazon.com

「ロシアによるウクライナ侵攻を受けての緊急出版」された本書は現在(2022/07/02)、Amazonの「ロシアの地理」でベストセラー1位になっており、ロシア・ウクライナ戦争について深い考察が得られる話題の一冊です。

本書の主張を少しだけ紹介すると、下記のようなものが挙げられます。

戦争の原因と責任は米国とNATOにある
「欧州と日本をロシアから離反させる」が米国の戦略だ
ロシア経済よりも西側経済の脆弱さが露呈するだろう

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

テレビや新聞などの主流マスメディアが報じている内容とは、あまりにもかけ離れた主張であるため、一見すると信じられないような内容ですよね。しかし、ここで考えてみてほしいのは「主流メディアが報じていることはすべて本当なのか?」ということです。

著者のエマニュエル・トッド氏は、フランスの歴史人類学者・家族人類学者で、2022年世界大学ランキングで第5位にランクインしているケンブリッジ大学を卒業しています。

ソ連の崩壊やイギリスのEU離脱、アメリカにおけるトランプ政権の誕生などを予言したことで注目を集めました。そんなトッド氏が今回のロシア・ウクライナ戦争をどのようにみているのか、解説していきます。

▶【ベストセラー1位】エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』(文藝春秋)をAmazonでチェック!

ロシア・ウクライナ戦争はアメリカとNATOの責任

現在、ロシアとウクライナの戦争に対して、ヨーロッパは論理的思考を失った感情的な反応をしています。

一方、アメリカでは地政学的・戦略的な視点の議論が起こっています。その代表となる人物が、元アメリカ空軍軍人であり、現在はシカゴ大学教授の国際政治学者のジョン・ミアシャイマー氏です。

ジョン・ミアシャイマーの画像
ジョン・ミアシャイマー氏
(出典:Wikipedia

そして、そのミアシャイマー氏が出した結論は下記のとおりです。

いま起きている戦争の責任は、プーチンやロシアでなく、アメリカとNATOにある

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

ロシアは「ウクライナがNATO(※)に入ることを絶対に許さない」と明らかに示していたにもかかわらず、NATOはこれを無視しました。ここに今回の戦争の原因があると、ミアシャイマー氏は語ります。

※NATOとは…
北大西洋条約機構(NATO:North Atlantic Treaty Organization)は「集団防衛」、「危機管理」及び「協調的安全保障」の三つを中核的任務としており、加盟国の領土及び国民を防衛することが最大の責務です。

外務省

実質的にウクライナはNATOの加盟国だった

さらに、ミアシャイマー氏は「ウクライナはすでにNATOの"事実上"の加盟国」だったとしています。

そして、ウクライナがNATOに加盟すること、つまりNATOがロシア国境に触れるのは、ロシアにとっては国家存亡にかかわる問題であるため、ロシアは西側諸国に対して繰り返し強調していたのです。

ウソをついたNATO、受け入れたロシア

そもそもNATOとソ連の間には、1990年に「NATOは東方に拡大しない」という約束がなされていました。

1990年2月9日、アメリカのベーカー国務長官はソ連書記長ゴルバチョフに対して、「NATOを東方へは1インチたりとも拡大しないと保証する」と伝え、翌日にはコール西ドイツ首相が「NATOはその活動範囲を広げるべきではないと考える」と伝えているのです。

ベーカー国務長官とゴルバチョフ大統領の画像
ベーカー国務長官(左)とゴルバチョフ大統領(右)
(出典:朝日新聞DIGITAL
ヘルムート・コールの画像
ヘルムート・コール西ドイツ首相
(出典:Wikipedia

しかし、この約束が守られることはありませんでした。

1990年にはポーランド、ハンガリー、チェコがNATOに加盟し、2004年にはルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアが加盟しています。

ウクライナ問題とNATOの東方拡大の画像
約束を破り拡大を続けるNATO
(出典:Yahoo!ニュース

そして、ロシアは約束が守られなかったことに対して不快感を示しながらも、2度もNATOの東方拡大を受け入れているのです。

さらに、2008年4月にはブカレストで行われたNATO首脳会議で「ジョージアとウクライナを将来的にNATOに組み込む」ということが宣言されました。

この発表にはさすがのロシアも堪忍袋の緒が切れたようです。宣言の直後、プーチン大統領は緊急記者会見を開いて、「安全保障への脅威となる」と主張しました。

出典:TBS NEWS DIG

つまり、この段階ですでにロシアは「ジョージアとウクライナがNATOに加盟することは許されない」と警告し、「超えてはいけないレッドライン」を示していたのです。

アメリカとイギリスによって強化されたウクライナ

先程、「実質的にウクライナはNATOの加盟国だった」といいました。

ミアシャイマー氏の言葉を借りると、これは「ウクライナは、アメリカとイギリスの衛星国になっていた」ということです。

ウクライナ戦争が始まるまえから、アメリカとイギリスは最先端の兵器をウクライナに大量に送ったり、軍事顧問団を派遣してウクライナを「武装化」していました。

ロシアがウクライナに侵攻した当初、ロシアはあっという間にウクライナを陥落するいう声もありました。実際、ロシアとウクライナの軍事力を比較したグラフをみても大きな差があるため、誰しもがそう考えるでしょう。

ロシアとウクライナのミリタリーバランスのグラフ
ロシアが圧倒的に優勢
(出典:産経ニュース

しかし、いざ蓋を開けてみるとウクライナ軍はロシアの予想以上の抵抗をみせています。

これは、もちろんウクライナ人兵士の力によるところもありますが、それ以上にアメリカとイギリスによって「強化」されていたことが大きな要因です。

ウクライナは、アメリカとイギリスによる軍事支援によって、ロシアの攻撃に耐えられるようになったのです。

ロシアがマリウポリを攻撃する目的

最近、ニュース番組で「マリウポリ」という言葉を耳にしませんか?

ウクライナの街であるマリウポリは、ロシアが激しく攻撃しているためニュースでも多く報道されています。

なぜ、ロシアはマリウポリを集中的に攻撃しているのでしょうか? 

MBS NEWSによるとその理由は、

  • 工業地帯であり物流の要所だから

  • 支配したクリミア半島とドネツク・ルガンスクをつなげたいから

としています。

マリウポリの解説
一般的にはこのように報道されている
(出典:MBS NEWS

しかし、これ以外にも大きな目的があることはあまり知られていません。

その目的とは、「アゾフ大隊」を潰すことにあります。

アゾフ大隊とは

アゾフ大隊の画像
アゾフ大隊(出典:SPUTNIK

アゾフ大隊とは、白人至上主義かつ極右思想の外国人義勇兵(※)も含めた民兵組織として、2014年に立ち上がった準軍事組織です。

※義勇兵とは…
正規軍に所属せず、金銭的見返りを求めずに自発的に戦闘に参加した戦闘員を指す。

Wikipedia

現在はウクライナ内務省の傘下ですが、ナチス・ドイツの象徴であるハーケンクロイツ(鉤十字)を連想させるエンブレム、「ヴォルフス・アンゲル」を部隊章として使用しています。

アゾフ大隊のエンブレム「ヴォルフスアンゲル」
アゾフ大隊のエンブレム「ヴォルフスアンゲル」
(出典:Wikipedia

「ヴォルフス・アンゲル」はナチ党の最初の象徴であり、この紋章と象徴はユダヤ人を強制収容所に送り込んだナチス親衛隊、第4SS警察装甲擲弾兵師団や第2SS装甲師団など、様々なドイツの師団が使用していました。

「第4SS警察装甲擲弾兵師団」の師団章(出典:Wikipedia)
ナチス・ドイツの師団「第4SS警察装甲擲弾兵師団」の師団章
(出典:Wikipedia
「第2SS装甲師団」の師団章
ナチス・ドイツの師団「第2SS装甲師団」の師団章
(出典:Wikipedia


また、日本の公安調査庁はアゾフ大隊について「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」としていましたが、現在はHPからその記載が削除されています。

在日ロシア大使館が日本の公安調査庁がウクライナの国家組織「アゾフ大隊」をネオナチ組織と認めているとSNSで拡散するなか、公安調査庁はホームページから「ネオナチ組織がアゾフ大隊を結成した」などの記載を削除しました。

テレ朝news

ロシア系住民を虐殺したとされるアゾフ大隊

エマニュエル氏は本書で下記のように語っています。

ヤヌコビッチ政権崩壊以降、ウクライナ東部では、言語的・文化的にロシアに近い住民が攻撃にさらされました。この攻撃は、事実上、EUによって是認され、おそらくはすでに武器をもって実行されていました。
だからこそ、プーチンは「ウクライナにいるロシア人の保護」を主張してきたのです。

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

エマニュエル氏と同じケンブリッジ大学を卒業している元駐ウクライナ大使、|馬渕 睦夫<<まぶち むつお>>氏も、「東ウクライナでロシア人が虐殺されている」と語っています。

そして馬渕氏は、虐殺を行っていたのがアゾフ大隊だとしています。

なかでも悲惨なものが、ウクライナの港湾都市オデッサで起きた虐殺事件です。この事件では、数十人のロシア系住民がビルに閉じこめられ、火を放ち、焼き殺されたとされています。

オデッサ(出典:ZenTech

アゾフ大隊の発祥地マリウポリを潰したいロシア

では、話を戻しましょう。

ロシアがマリウポリを集中的に攻撃する理由は、マリウポリが戦略適要衝というだけではなく、アゾフ大隊の発祥地だからです。

実際にプーチン大統領はウクライナに軍事侵攻をした目的を、「8年間ウクライナ政権によって虐殺や大量虐殺にさらされてきた人々を守ること」だと語っています。

そして、この目的のために「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」を達成しようとしています。つまり、マリウポリを攻撃してアゾフ大隊を潰すことでロシア系住民を守ることが目的の1つにあるのです。

ウクライナ戦争はアメリカの威信をかけた大戦

ミアシャイマー氏はウクライナ戦争の勝敗について、下記のように語っています。

ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

その理由は、ロシアにとってウクライナ問題は国家の存亡にかかわる重要事項であり、なんとしても勝とうとする一方で、アメリカにとっては「遠い国の問題」「優先度が低い問題」であるため、としています。

しかし、この見方に対して著書のエマニュエル氏は否定的な考えをもっています。なぜなら、ウクライナ問題はすでにアメリカにとっても「死活問題」となっているためです。

ロシアが勝つとアメリカの威信に傷がつく

これまでは、アメリカが主導権を握って国際秩序を保ってきました。

しかし、ロシアがウクライナに軍事侵攻をしたことは、このアメリカ主導の国際秩序に殴り込みをかけるようなものであるため、アメリカは衝撃を受けました。

したがって、アメリカを始めとする西側諸国はロシアに対して厳しい経済制裁を科しつつ、ウクライナには大量の軍事的・財政的支援を行うことで、なんとしてもウクライナを勝たせようとしています。

ロシアに対する制裁一覧
様々な制裁を科す西側諸国
(出典:日本経済新聞

もし、アメリカがここまでしてロシアが勝った場合、アメリカの威信はどうなるでしょうか?

世界のリーダーとして君臨していたアメリカの威信は崩れ、その地位を引きずり下ろされることは必須です。

アメリカは実物経済(※)を海外からの輸入に頼ることで、金融と軍事の面において世界で最も進んでいる国になりました。しかし、もしロシアが勝つと、このシステムが崩れる危険性があるのです。

※実物経済とは…
実際にモノやサービスの取引を行い、それによって対価を得るような経済的な活動のことを言います。(中略)本質的な経済の実態を見極めるために非常に大切な指標のひとつとなります。

東海東京証券

「ロシアを潰すならウクライナを引き離せばいい」

あなたはウクライナ戦争について、下記のような認識をしていませんか?

『もともとは「ロシアとウクライナのいざこざ」というローカルな問題だったけど、いまは世界を巻き込んだ問題に発展した』

実は、この認識は正確ではありません。

ウクライナ戦争は「グローバルな問題になった」のではなく、「もともとグローバルな問題だった」のです。

その理由を知るためには、ズビグネフ・ブレジンスキーという政治学者の言葉がカギをにぎっています。

ズビグネフ・ブレジンスキーの画像
ズビグネフ・ブレジンスキー氏
(出典:Wikipedia

アメリカの政治学者であり、元国家安全保障問題担当大統領補佐官のズビグネフ・ブレジンスキー氏は著書で下記のように述べているのです。

ウクライナなしではロシアは帝国にはなれない

地政学で世界を読む―21世紀のユーラシア覇権ゲーム (日経ビジネス人文庫)(筆者強調)

つまり、「ロシアがアメリカに並ぶ大国になるのを防ぐためには、ウクライナを西側諸国の仲間にすればよい」ということです。

そのために実質的にウクライナをNATO加盟国とすることで、ロシアをアメリカに従属させるポジションに追い込むことがアメリカの計画でした。

一方で、ロシアはこの計画を阻止し、アメリカに立ち向かえる大国としてのポジションを維持することが狙いです。

すでに第三次世界大戦に突入している

そしてアメリカは、計画を進めるためにウクライナを「武装化」していき、実質的にNATO加盟国にしていきました。

つまり、もともとは「ロシアとウクライナのいざこざ」というローカルな問題を、アメリカが横から手を出したことによって世界を巻き込んだ「グローバルな問題」に発展させたのです。

つまり、ウクライナ戦争はすでに「世界戦争」ということです。

著者のエマニュエル氏は本書で下記のように述べています。

「世界は第三次世界大戦に向かっている」と話していますが、「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」と私は見ています。

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

価格が60倍に跳ね上がった本書

少し話は脱線しますが、ブレジンスキー氏が「ウクライナなしではロシアは帝国にはなれない」と語った著書、「地政学で世界を読む―21世紀のユーラシア覇権ゲーム (日経ビジネス人文庫)」はウクライナ戦争が起こる前後で価格が60倍に跳ね上がっています。

価格履歴のグラフ
価格履歴をみると高騰しているのがわかる

2021年2月では本書の価格は100円でしたが、ロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日以降は1,600円へと値上がりし、その後は乱高下を繰り返した後、現在(2022/07/06)は6,500円にまで高騰しているのです。

これほど本書が注目されているのは、やはりブレジンスキー氏の提言がウクライナ戦争につながっていたことが関係しているのでしょう。

ウクライナ戦争勃発で世界が驚いたワケとは

ウクライナ戦争が起こった当初、文字通り世界が驚きました。

しかし、その理由は国によって異なります。

「ロシアの侵攻」より「米英の裏切り」に驚いたウクライナ

まず最も大きな被害を受けている当事者のウクライナ人は、「アメリカやイギリスが守ってくれるはずだ」と信じていたのに、いざ戦争がはじまるとあてが外れたことに驚いています。

軍事的・財政的な支援はすれど、ともに血を流して戦ってくれるわけはなく、アメリカやイギリスの軍事顧問団はポーランドに逃げてしまいました。

つまり、アメリカとイギリスはウクライナ人兵士を「肉の盾」として使い、自国民の血は流さずに戦っているのです。

ロシアの大胆な行動に驚いたアメリカ

一方で、ロシアがまさかアメリカとイギリスが支援して実質的にNATO加盟国となっているウクライナに、ロシアが殴り込みをかけてくるとはアメリカは思ってもいなかったとしています。

そのため著者のエマニュエル氏は、アメリカはロシアのこの挑戦に驚いているはずだとしています。

アメリカとロシアはこれまで一進一退の腹の探り合いのような攻防を続けてきましたが、プーチン大統領がウクライナに大規模に攻め入るという思い切った行動をとってくるとは、アメリカは考えていなかったはずです。

この予想外のロシアの動きのせいで、アメリカの外交はカオス状態に陥っているとされています。

例えば、つい最近まで「最大の敵」としていた中国に協力を頼んだり、これまでベネズエラに科していた経済制裁を緩和して結びつきを強めようとしたり、アメリカの外交が混乱している兆候がみてとれます。

ヨーロッパの強烈な抵抗に驚いたロシア

一方で、侵攻を行った張本人であるロシアもまた、ヨーロッパが予想外にもウクライナを強く支援していることに驚いています。

なぜなら、ヨーロッパはロシアのエネルギー資源に依存しているため、ロシアに対して強くでられないと踏んでいたためです。しかし、ヨーロッパはロシアに対して厳しい経済制裁を科してきたことは予想外といえるでしょう。

ただ、それよりもロシアが大きく見誤ったのは、ウクライナの反応です。

「ウクライナの強い拒絶」というという誤算

「ロシアがウクライナの反応を見誤った」とは、どういうことでしょうか?

簡潔に述べると、「プーチン大統領は、ウクライナ社会をロシア社会と同じようなものだと考えていたため簡単に取り込めると予想していたが、ウクライナが予想以上に強く抵抗した」ということです。

ただ、これだけきいてもよくわかりませんよね。

ロシアの誤算を理解するためには、まずはロシアとウクライナの関係性について理解する必要があるため、その点からみていきましょう。

兄弟関係のウクライナとロシア

ウクライナはもともとソ連の構成する国でしたが、ソ連崩壊に伴ってウクライナは独立したため、ロシアとウクライナは兄弟のような関係にあるのです。

また、あくまでもジョークですが、兄弟のような関係にあるにもかかわらず、ロシア人はウクライナ人のことを「少し劣ったロシア人だ」と見ているフシがあります。

そのため、プーチン大統領は「歴史的にみてもロシアとウクライナは一体である」と考えています。しかし実際はロシア社会とウクライナ社会は異なっているため、プーチン大統領はここを見誤ったのです。

ロシアとウクライナは異なっている

著者のエマニュエル氏は、ロシアとウクライナの違いについて下記のように語っています。

人類学的な基盤からみると、ウクライナ社会は、ロシアとは異なる社会です。
私の専門の家族システムで言えば、ロシアは「共同体家族」(結婚後も親と同居、親子関係は権威主義的、兄弟関係は平等)の社会で、ウクライナは「核家族」(結婚後は親から独立)の社会です。

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

簡単にいうと、

  • ロシアは平等を重んじる権威主義的な社会

  • ウクライナは個人を重んじる自由民主主義的な社会

ということです。

よく西側諸国が「ウクライナに軍事侵攻をした独裁者」として、プーチン大統領を非難していますが、この非難の仕方は正確ではありません。なぜなら、権威的民主主義であるロシア社会が、大きな権力を振るうプーチン大統領のような指導者を求めているからです。

一方でウクライナは核家族社会ですが、核家族はイギリスやフランス、アメリカなどの自由民主主義的な国に多い家族システムであり、この観点からみるとウクライナは「西側諸国寄り」といえるでしょう。

このように、ロシアとウクライナとでは兄弟国とはいえ、社会や価値観が異なっているのです。この事実をプーチン大統領は軽く見積もっていたため、大きな抵抗をされずにウクライナを落とせると考えていました。

しかし実際は、この予想は外れることになります。

「国家」が存在しなかったウクライナ

ただ、何よりも大きな問題は、ウクライナには歴史的に「国家」と呼べるものが存在しなかったことです。

ソ連が成立する前、ウクライナは下記の3つの地域にわかれていました。

ウクライナの地図
3地域に分割できるウクライナ(出典:日経 4946
  • 西部(リビウを含む土地。ロシアは興味なし)

  • 中部(キエフを含む土地。ここが「真のウクライナ」であり核家族が多い)

  • 南部・東部(ドンバス・黒海沿岸。プーチン大統領が「親ロシア」と呼んでいる)

そして、この3つの地域は言語的・民族的・宗教的に大きく異なっているのです。しかし、ソ連崩壊を経て異なる3つの地域が1つの国になってしまいました。

これにより、ウクライナは「常に破綻状態の国家」となってしまったのです。こうしたウクライナの「破綻した国家」が生み出した問題の1つに、「ユーロマイダン革命」が挙げられます。

「ユーロマイダン革命」は革命?クーデター?

ユーロマイダン革命の画像
政府軍と広義者との騒乱
(出典:Wikipedia

ユーロマイダン革命とは、2014年に親ロシア派のウクライナ大統領のヴィクトル・ヤヌコビッチ大統領がデモ隊との衝突により失脚し、ロシアに亡命することになった政変です。

この政変は名前にあるとおり、西側諸国からいえば「革命」です。しかし、プーチン大統領からすると「違法な手段でヤヌコビッチ政権を倒したクーデター」ということになります。

また、国際基督教大学アーツ・サイエンス学科教授のソ・ジェジョン氏もユーロマイダン革命について、「まさにクーデターと言うに値する急激な政権交替が行われた」と語っています(参考:Yahoo!ニュース)。

このように、見方や立場によって「革命」とも「クーデター」ともいえる政変がユーロマイダン革命でした。

この政変以降、前述したように東ウクライナでロシア系住民の虐殺が続きました。

ちなみに「革命」と「クーデター」の違いは下記のとおりです。

※「革命」と「クーデター」の違いとは…
クーデターとは、軍部などの支配階級が、武力行使により政権を奪う政治的行動です。変わるのは政治のトップのみであり、政治システムは変更しません。
(中略)
民衆による現行の支配階級の征服が『革命』です。政治のトップが交代するだけのクーデターと異なり、革命では政治や社会そのものが根本から変化します。

@DIME(強調筆者)

独立後もまともな国家を再建できなかったウクライナ

このように、ウクライナには歴史的にまともな国家が存在していませんでした。

さらに、ソ連崩壊以降にウクライナとして独立して30年以上経っても、まともに機能する国家はついに生まれなかったのです。

一方のロシアは、ソ連崩壊後の国家の再建に成功しました。その理由を著書のエマニュエル氏は『「国家に依拠する秩序」という伝統があったから』としています。

ウクライナが独立後にまともな国家を再建できなかった理由は、2つあります。

1つは、「国家」という伝統がなかったからです。前述したように、ウクライナは歴史的にみて民族的・言語的・宗教的に異なる3つの地域から成り立っていました。

そして2つ目の理由は、ヨーロッパにあります。

ヨーロッパに優秀な人材を吸い取られた

独立後間もないウクライナは教育水準が高く、「安くて質がいい労働力」が豊富でした。

そして、ヨーロッパがその労働力を吸い寄せた結果、ウクライナの人口は5,200万人から15%も減り、4,500万人になってしまったのです。

つまり、ウクライナ戦争が始まる前からウクライナは「破綻していた」といえます。さらに、ヨーロッパに渡ったのは高等教育を受けた優秀な人材でした。

本来であれば自国の再建を担うべき優秀な人材が、より高い給与や生活を求めて外国に行ってしまったのです。もし、まともな国家であれば優秀な国民は国外に脱出するよりも、自国の再建にとりかかるモチベーションがあったのではないでしょうか。

プーチン大統領が見誤ったウクライナ人

プーチン大統領は、すでに破綻した国家であるウクライナをロシアに取り込むことで、「まともな国家」を再建しようとしたとされています。

しかし、プーチン大統領の目論見は外れ、ウクライナ人は予想以上に激しい抵抗をみせてきたのです。

国家としてのアイデンティティが存在しなかったウクライナですが、ロシアが侵攻したことによって「反ロシア」というアイデンティティがウクライナに与えられてしまったのです。

それでもロシアが得たものは大きい

日本を含む西側諸国のメディアでは、下記のような「ウクライナが粘り強く抵抗し、ロシアは追い詰められている」といった趣旨の報道がおおく見受けられます。

ウクライナのゼレンスキー大統領は同日夜のビデオ声明で「米欧が供与した兵器は強力に機能し、敵の重要拠点に打撃を与え、ロシア軍の攻撃の可能性を低下させている」と述べ、抵抗を続ける考えを強調。さらなる軍事支援に期待を示した。

東部州でロシア攻勢、抵抗続く ウクライナ大統領、軍事支援期待(強調筆者)

しかし、実際のところロシアは追い込まれているのでしょうか?

ここで、現時点(2022/07/08)までにロシアがすでに支配したウクライナの地域をみてみましょう。

ウクライナ情勢マップ
ウクライナ領土の25%ほどが支配されている
(出典:時事ドットコム

上図のようにロシアはすでに、

  • 黒海沿岸部

  • アゾフ海沿岸

  • ウクライナ東部・北部

を支配しており、その支配地域はウクライナ領土のおよそ20~25%に達しているのです。さらに、ウクライナの産業がこの地域に集中している点においても、ロシアはすでに大きな「戦果」を挙げているといえるでしょう。

ロシアに対するヨーロッパの対応

続いてはヨーロッパの対応についてみていきましょう。

ウクライナ戦争が勃発したことに対して、ヨーロッパのなかで最も驚いているのはドイツとフランスだといわれています。

なぜなら、両国はロシアが軍事侵攻する前まで「ロシアとはまだ交渉できる余地がある」と考えていたためです。両国はイギリスとアメリカがウクライナを「武装化」していることを、十分に把握していなかったとされています。

ロシアを叩きながら裏で手を結ぶヨーロッパ

ヨーロッパはロシアに対して厳しく非難をして制裁を科しつつ、ウクライナに対しては武器を供給しています。ただ、これと同時にヨーロッパはロシアから天然ガスを買い続けています。

EUの天然ガスの調達先
EUは天然ガスの4割をロシアから調達している
出典(日本経済新聞

このようにヨーロッパは、片手でウクライナを応援しつつロシアを叩いていますが、片手ではロシアと手を結び、ウクライナとロシアとの間でバランスをとっているのです。

戦地として「都合がよかった」ウクライナ

ウクライナ戦争が起きた要因は数多く考えられますが、そのなかの1つとして挙げられるのが「アメリカにとってウクライナは戦地として都合がよかったから」というものです。

これはどういうことでしょうか? その答えを知るには、冷戦終結後のアメリカの目論見を知っておかなければなりません。

冷戦が終わったあと、アメリカには下記の2つの目標がありました。

  • ロシアの解体

  • 冷戦の対立構造を長引かせ、ヨーロッパとロシアの関係改善を阻止すること

そして、この2つの目標を同時に叶えるために選ばれたのが、「ウクライナ」でした。

ロシアとヨーロッパのくさびとなったウクライナ
(出典:ダイヤモンド・オンライン

つまり、ウクライナはロシアとヨーロッパを分断させるために打ち込まれる「くさび」となったのです。

著者のエマニュエル氏が過去に出版した書籍「帝国以後」では、下記のように綴られています。

ウクライナを西欧の側に併合し、ウズベキスタンを利用して中央アジアをロシアの影響圏から離反させることによって、ロシアに止めをさし、ロシアの核心部の解体をもたらすこと

エマニュエル・トッド『帝国以後 〔アメリカ・システムの崩壊〕』

驚きべきは、この書籍が2002年に出版されているものだということです。

世界の富をコントロールしなければならないアメリカ

このように、アメリカはロシアとヨーロッパを離反させたがっているのですが、その理由はどこにあるのでしょうか?

それは、「アメリカは政治的・軍事的に最強でなければならないため」です。アメリカの豊かな暮らしに必要なお金やモノは、ユーラシアからの収奪・流入に頼る構造になっています。

つまり、アメリカ経済を維持するためは、世界の富をコントロールする力が必要であり、そのためにも政治的・軍事的能力が必要なのです。

アメリカは世界が平和だと困る

しかし、もしヨーロッパとロシア、日本とロシアが仲良くなってユーラシアが1つになり、平和的な関係が結ばれるとアメリカは「用済み」になってしまいます。

簡単にいうと、『世界が平和になると「世界最強のアメリカ軍」が不要になり、アメリカが困る』ということです。

こうなる前にアメリカは、ヨーロッパとロシアとの間に戦略的な緊張状態をつくりだして離反させることで、ヨーロッパにおけるアメリカ軍の必要性を高めなければなりません。

「世界の安定にアメリカが必要」というレトリックが真に言わんとするところは、「世界の不安定がアメリカには必要」ということなのです。

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

戦争はアメリカの「分化」であり「ビジネス」

兵士の画像
出典:まぐまぐニュース

アメリカという国が建国されてから、アメリカがかかわった戦争の数はなんと94にものぼります。

そして21世紀に入ってからも、

  • アフガニスタン紛争

  • イラク戦争

  • リビアへの軍事介入

  • シリア内線

などを次々と展開し、毎日のように世界各国で戦争に明け暮れています。

そして、2022年にはロシアのウクライナ侵攻を招き、ウクライナ人を盾に自国民の血を流すことなくロシアとの戦争を続けています。

なぜ、アメリカはこれほどまでに何度も戦争をするのでしょうか?

それは、アメリカは他国から攻撃される可能性がないため、好き勝手ができるためです。

アメリカは大きな島国のような国で、しかも世界最強の軍事大国なので、地政学的にも軍事的にも常に安全圏にいます。したがって、他国で戦争を起こして失敗したとしても、国が崩壊するということはありません。

つまり、どのような失敗をしてもアメリカにとっては致命傷にはならないため、何度も同じ間違いを繰り返すのです。

「戦争」はもはやアメリカの文化やビジネスの一部になっていると言っても過言ではありません。

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

日本は核を持つべきか?

最後に、日本の核保有についてのエマニュエル氏の考えを引用して終わりたいと思います。

核を持つことは、国家として"自律すること"です。
核を持たないことは、他国の思想やその時々の状況という"偶然に身を任せること"です。
アメリカの行動が"危うさ"を抱えている以上、日本が核を持つことで、アメリカに対して自律することは、世界にとっても望ましいはずです。

<中略>

日本には再軍備が必要となるでしょう。
そしてもし完全な安全を確保したいのであれば、核兵器を保有するしかありません。

<中略>

「核共有」という概念は完全にナンセンスです。「核の傘」も幻想です。
使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えないからです。
中国や北朝鮮にアメリカ本土を核攻撃できる能力があれば、アメリカが自国の核を使って日本を守ることは絶対にあり得ません。

エマニュエル・トッド(著)、大野 舞 (翻訳)『第三次世界大戦はもう始まっている』(強調筆者)

社会・政治の教養」では、下記の教養もよくみられています。

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